33.調律師と、闇を抱く器
「――これは『進化』の可能性だ!」
私の叫びは、鋼鉄の扉を叩く『成り果て』の轟音にかき消された。
ドオオオオン!
鋼鉄の扉が、凄まじい音を立てて、内側に、ひしゃげた。
「……! 構えろ!」
ガリウスが、短剣を構え直す。
だが、扉を破って、雪崩れ込んできたのは、『成り果て』ではなかった。
「ヒャッハァ! 派手にやってやがるぜ!」
全身を血と泥で汚した、歴戦の傭兵たち。
その先頭に立つのは、黄金の歯を剥き出しにした、蘇生したばかりの強欲な商人――バルトロメオ・ガッツォだった。
「……ガッツォ!? なぜ、貴様がここに!」
ガリウスが、新たな敵意に、目を見開く。
「金の匂いがしたからに決まってんだろ、元総長様よぉ!」
バルトロメオは、私と、苦しむレオナルドを一瞥し、そして、面倒くさそうに、背後を顎でしゃくった。
「……それより、こっちの『お荷物』だ。
おい、ティオ! さっさと、その『聖女様』を、そこの女に渡しやがれ!」
傭兵たちをかき分け、一人の少年が、壊れた人形を必死に背負って、部屋に転がり込んできた。
「……頼む……! この人を、エルミナ様を、治してくれ……!」
私の頭脳が、回転する。
バルトロメオ。
南の聖女。
なぜ?
理解が追いつかない。
そして、彼らの、最後に。
すべての光を、背負うように。
「それ」は、入ってきた。
(……あ……)
私は、息を、呑んだ。
金色の髪。
光で編まれた、青白い、幻影の鎧。
三十年前の神話の中にだけ存在するはずの、「彼」が。
アラン・フォン・シルヴァード。
いや、違う。
私が、地下の禁書庫で、その存在を突き止めた、伝説の防衛プログラム。
「……『メフィア』……」
私の呟きに、光の青年が、反応した。
彼の、青白い光の瞳が、私を、まっすぐに、捉えた。
その声は、深く、優しく、そして、三十年の孤独に、疲れ果てていた。
「君が、リリアンデ・アシュフィールドか」
「……!」
「君の『知性』が必要だ。
この子の魂が、壊れてしまった。
……三十年前、僕をこの姿に変えた、ヴァルドの『機構』が、ここにあるはずだ。
彼女を、治してほしい」
ガリウスが、凍りついていた。
「……アラン……? 嘘だ……。
俺は、お前を、確かに、あの雪原で……」
アラン(メフィア)は、ガリウスに、悲しそうに、目を細めた。
「……久しぶりだな、ガリウス。
君が『律』を壊してくれたおかげで、僕は、やっと、あの土くれから、這い出せたよ」
その、瞬間だった。
私の、すべての思考が、一つの「解」に、収束した。
私は、狂喜に、打ち震えた。
私は、笑った。
腹の底から、この人生で、初めて、心の底から。
「……フフ……フフフ……アハハハハハハハハハ!!」
「リリアンデ!?」
「何がおかしい!」
「おかしいじゃない! 揃ってしまったのよ!」
私は、両腕を広げ、この奇跡を、祝福した。
私は、アラン(メフィア)を、指差した。
「そこにあるのは、神の『律』そのもの! ヴァルドが追い求めた、完璧に『調律』された、魂の『光』!」
そして、私は、床で、獣のように呻く、レオナルドを、指差した。
「そして、ここにあるのは、『律』から解放され、暴走する、魂の『奔流』!」
「『光』と、『闇』!」
「『秩序』と、『自由』!」
「『神』と、『進化』!」
「――これこそが、私が、求めていた、すべてよ!」
ドン! ドン! ドン!
バリケードを築いた鋼鉄の扉が、今度こそ、外側から、『成り果て』の大群によって、破られようとしていた。
アラン(メフィア)が、私に、鋭い視線を向けた。
「……リリアンデ。
取引だ。
彼女を治せ。
そうすれば、僕の、この『光』のすべてを、君の『研究』に、提供しよう」
「取引ですって? フフ、馬鹿ね!」
私は、彼の提案を、一蹴した。
「私は、そんな、ちっぽけな『修復』には、興味ないのよ!」
私は、アラン(メフィア)の、光でできた腕を、掴んだ。
実体はないはずなのに、確かな「熱」があった。
「――私は、これから、前代未聞の『実験』を行う!」
私は、彼を、無理やり、暴走するレオナルドの元へと、引きずっていく。
「ガリウス! バルトロメオ!」
私は、二人の、歴戦の「現実主義者」たちに、叫んだ。
「 私は、たった今、『神』を、造ることにしたから!」
「はあ!?」
「てめぇ、狂ったか!」
「うるさい! レオナルドの、その奔流する魂を!」
私は、アラン(メフィア)の、その光輝く手を、レオナルドの、黒く変色した胸に、無理やり、押し付けさせた。
「――この『聖性』を、『錨』として、この肉体に、結び付け直すのよ!」
ガリウスが、バルトロメオが、絶望的な顔で、崩れ落ちる扉と、私を見た。
「「「グアアアアアアアアアッ!!」」」
扉が、破られた。
『成り果て』の、黒い津波が、部屋になだれ込んでくる。
「アラン! 君の『光』を、彼に、注ぎ込め!」
「……! だめだ! それをすれば、僕の『聖性』が、彼の魂を、焼き切ってしまう……! あの時のように……!」
アラン(メフィア)が、三十年前のトラウマに、怯んだ。
「――うるさい、臆病者の勇者!」
私は、アランの背中を、蹴り飛ばした。
「あなたは『調律師』なんだろう! やってみせなさいよ!」
「ガリウス! バルトロメオ!」
私は、二人に、最後の命令を下した。
「――私が、この『新人類』を完成させるまでの、たった十分間! あの『ゴミ(なりはて)』どもを、足止めしろ!」
ガリウスとバルトロメオは、互いの顔を見合わせ、そして、最悪の笑みを浮かべた。
「……チッ。
どいつもこいつも、人使いが荒いぜ」
「……アランの『遺産』を、お前ら化け物に、好きにさせてたまるかよ」
老兵の「罪」と、商人の「金欲」。
二つの「旧人類」の最強戦力が、背中合わせになり、『成り果て』の津波へと、その刃を、向けた。
「……結合開始!」
私の叫びと共に、アランの青白い光と、レオナルドの黒い奔流が、ぶつかり合い、観測室を、混沌の光で、包み込んだ。




