表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/45

31.知性の檻と、血の匂い

「……リリアンデ!」


レオナルドの絶叫が、鼓膜を突き刺した。


視界の端で、腐臭を撒き散らす『成り果て』の爪が、スローモーションのように、私の喉元に迫る。



(……ああ、ここまでか)


私が三十年ぶりに起動させた、古代のゴーレム「アダム」。


コルネリウスの『律』に縛られた聖騎士団は完璧に「敵」と認識し、粉砕した。


だが、『律』そのものが崩壊した今、その外側から溢れ出したこの「成り果て」は、アダムの命令には、存在しない。


私の「知性」の最高傑作は、目の前の「汚物」を認識できず、ただ、カタカタと紫電の目を明滅させている。



(……セルゲイ……ごめんなさい。

……)


死を覚悟した、その瞬間。


ドン、という重い衝撃。


私は、床に突き飛ばされていた。



「――がっ……あああああっ!!」


レオナルドだった。


彼は、私を突き飛ばし、身代わりになっていた。


『成り果て』の、鉤爪のような五指が、彼の左肩の肉を、鎧ごと、深く、抉り取っていた。



「……レオナルド……!」


「……ぐ……っ! 馬鹿が……! ぼさっと、するな……!」

レオナルドは、激痛に顔を歪めながらも、右手の剣で『成り果て』の胴体を貫き、蹴り飛ばした。


だが、一体倒しても、意味はなかった。


割れた窓から、廊下から、次々と『成り果て』が、血の匂いに惹かれて、この研究室になだれ込んでくる。



「……フフ……」

私は、床に尻餅をついたまま、笑い出した。



「……フフフ、アハハハハ! 最高じゃない!」

「リリアンデ!? 貴様、正気か!」

レオナルドが、血を流す肩を押さえ、私を睨む。



「正気よ! 当たり前じゃない!」

私は、狂的な速度で立ち上がった。


脳が、灼けるように回転する。


アドレナリンが、全身の神経を駆け巡る。



「……見てよ、殿下! あの『成り果て』の動き! 単純シンプルすぎる! 獲物わたしたちへの直線的な突進と、捕食! そこに『律』も、『戦略』も、何もない!」

「だから、何だ!」

「だから、『アダム』には認識できないのよ!」

私は、立ち尽くすゴーレムの、冷たい鉄の脚を、拳で殴りつけた。



「この子は、『律』という名の『檻』の中でしか、戦えないように設計されていた! この世界の『ルール』を破る者を罰するためだけに! ……なんて、非効率! なんて、美しい欠陥なの!」


セルゲイが、命を懸けて遺した『脈動コア』の力は、コルネリウスの『律』をハッキングするためのもの。


『律』そのものが消えた今、この「アダム」は、ただの鉄クズだ。



「……クソッ、キリがない……!」

レオナルドが、二体目の『成り果て』を斬り伏せるが、彼の左腕はもう、だらりと垂れ下がっている。


『成り果て』の群れが、彼と私を、扇状に包囲し始めた。



(……ここまでか)


(いや)

(まだだ)


「殿下!」

私は、研究室の、奥の棚に向かって走った。



「……私が、死体を解剖していた、あの棚よ!」

「はあ!?」


「ホルマリン! 高濃度の劇薬よ! あれを、奴らの『目』に、ぶちまける!」

私は、標本が浮かぶ巨大なガラス瓶を、数本、掴み取った。



「私が、道を作る! あなたは、その『脳』だけは、絶対に死なせないと、私に誓いなさい!」


「……リリアンデ……!」

レオナルドの目が、初めて、私を「狂気の天才」としてではなく、「共犯者」として、捉えた。



「……ああ、誓おう! お前のその、忌々しい『脳』が、この世界を救うと、俺が、この目で見届けてやる!」


「――上等!!」


私は、ガラス瓶を、迫り来る『成り果て』の群れの、ど真ん中へと、叩きつけた!

ガシャアアアンッ!

ガラスが砕け、ツンとした、強烈な刺激臭が、部屋に充満する。



「「ギイイイイイイイアアアアア!?」」


『成り果て』の、腐敗した感覚器が、高濃度の薬品に焼かれ、一斉に、苦悶の声を上げた。


視界を奪われた化け物たちが、その場で、のたうち回る。



「――今よ! 走れ、レオナルド!」

「おおっ!」

私とレオナルドは、薬品の煙幕を突き抜け、廊下へと飛び出した。


背後では、命令失った「アダム」が、ただ、立ち尽くしている。



だが、廊下に出た私たちを待っていたのは、さらなる絶望だった。


アカデミーが、地獄になっていた。


窓から見える王都のあちこちから、黒い煙が上がり、大聖堂の地下でコルネリウスが予言した、魂魄病のパンデミックが、現実のものとなっていた。


廊下は、逃げ遅れた学生と、彼らを貪る『成り果て』の、血と肉片で、埋め尽くされていた。



「……ひ……」

レオナルドが、息を呑む。



「……泣いてる暇はないわよ」

私は、彼の腕を引いた。



「行くわよ! あの地下書庫へ! あそこなら、隠し通路がある! 王宮へ戻れる!」

私たちは、血の海を、滑らないように、必死に走った。


地下書庫へと続く、あの重厚な、樫の扉。


ゴールは、目前だった。



だが、その扉は、開かなかった。


開かないどころか、内側から、何かが、ぶ厚い鉄板のように、塞がっていた。



「……嘘……」

私の声が、震えた。


扉が、ゆっくりと、動いた。


メキメキ、という、嫌な音を立てて。



扉を、こじ開けて、現れたのは。



「……聖騎士団の……残骸……?」

レオナルドが、絶望的な声を上げた。

それは、一体の『成り果て』だった。


だが、その体躯は、通常の三倍にも膨れ上がり、その皮膚には、私たちが「アダム」で破壊した、聖騎士団の、砕けた鎧の破片が、まるで鱗のように、融合していた。


それは、死骸を取り込み、異常進化した、このアカデミーの「王」だった。



「……ギ……ルルルル……」

化け物は、私とレオナルドという、新鮮な「餌」を認め、その顎を、ゆっくりと、裂いた。


背後の廊下からは、薬品の匂いから回復した『成り果て』の群れが、迫ってきていた。



「……は……」

私は、壁に、背中を押し付けられた。



「……あはは……」

乾いた笑いが、漏れた。



「……私の『ラボ』が……行き止まりに、なるなんて……!」


狂気の天才と、片腕を失った王子。


二人は、前後に「死」を挟まれ、絶望的な袋小路に、追い詰められた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ