邂逅一番、開口
「ひぃぃ…」
床から、壁から、天井から、次々と襲いかかってくるリッカー達を前に、わたしは身を竦める。
この状況だともう、わたしのような盾役が1人いるくらいじゃ意味が無いので、わたしは(あくまでも上官の命令によって)後ろに下がる。
こいつら、別に強くはないのだけれど、めちゃくちゃ怖い。ビジュアルからして不気味すぎるし、人型なのに四足歩行だし、何よりヤモリやイモリのように壁を這ってこちらに来るばかりか、天井すらもベタベタと這って向かってくるのだから、さながら狭くて暗い洞窟の中でふと照らした壁に無数のゲジゲジがいた時のような強烈な不快感が、わたしに襲いかかるのだ。
「《固定斬撃》」
とは言え、やはり強くはない。むしろ雑魚だ。
何人かの抵抗者や上官による遠距離攻撃でも多少はリッカーを斃せているが、それが失敗しても、梨乃ちゃんの斬撃の糸で編まれた網があれば、もうそれで解決してしまう。
バイオ○ザード風に言うならレーザーグリッドのようなものだけれど、その斬撃の網に対してリッカーどもは、何も気にせず突っ込んでくるのだ。
これが例えば、もしも長野市でわたし達と戦ったカジキのような頭の狼型の貪食獣だったならば、この斬撃の網を認識した時点で立ち止まり、それ以上サイコロステーキにされてしまわないように工夫して襲ってきたのだろうけれども、このリッカーどもにはどうやら知性が無いらしく、目の前で先陣を切った仲間が切り刻まれようがお構いなしに、次々と向かってきては斬撃の網に切り刻まれてあっと言う間に全滅した。
知性が無い相手というのはやはり、楽勝である。
ただ、何か妙だった。
「いやはや、何かこう……君が悪すぎるよね」
「言われてるぞ久凪」
社大路さんの発言に合わせる国栖穴さん。
「いや、それは誤字でしょう?気味が悪いっていうことでしょう?社大路さん、ちゃんと訂正してください」
「いや、篠守さん、君が悪すぎるよねって言ったんだ」
「誤字じゃない!?」
「黄身を割りすぎるよね」
「ど、どうしてわたしが目玉焼きを上手く作れないことを知っているんです!」
「冗談はさておき、この怪物…リッカーだっけ?この子ら、僕達がここに来るまで、どうしてあんなに静かだったんだろうね?これだけ沢山いて、一匹くらい物音を立ててもおかしくなかったのに」
「それは、確かに……」
そうだ。
わたしがああまで戦慄した原因の一つもそれだ。
あれだけおびただしい数の化け物が床にも壁にも天井にも密集していながら、わたし達と遭遇するまではほぼ無音だった。1つ下の階にいた時は、上から物音が聴こえたりはしなかった。
何も居ないと思っていたのに。
思いっきり、それ以上ないくらいに居まくっていた。
人気の無い場所の、何の気配も無い場所の暗闇に潜む、ゲジゲジの大群のように。
「休眠状態だった……という訳でもなさそうだよな。もしそうなら、俺達だって物音をなるべく立てなかったってのに、起こしちまった理由の説明が付かねえ」
と、馬垣くん。
「じゃあ何だ、人間を発見するまでは全く動かないタイプの貪食獣だってのか?」
「どうだろうね、馬垣くん……貪食獣っていうのはまだまだよくわからない部分が多いけれど、しかしそういう特性を持つ貪食獣がいるのであれば、それは中々人間を捕食できなくて、すぐに餓死してしまうのではないかと考えることもできるよね……」
社大路さんが言う。
ところで社大路さんは、男性陣に対しては苗字に『くん』付けで呼ぶんだな。いや、隆谷寺さんには『さん』付けだから、『くん』付けは歳下に対する呼び方に限るのか。社大路さんの年齢は知らないけれども。
「わかんねえぞそれも。そもそも、貪食獣は人間を食べなくても餓死しないっていう説だってあるんじゃねーの?ほら、進撃のアレみたいに……」
また国栖穴さんがアニメだか漫画だかの話をし始めたが、そんなの生物学に反するのでスルー……と思ったけれど、もう既に生物学を嘲笑うような貪食獣は沢山登場しているから、無理のある話という訳でもないのか…?
強ち、強いて、強引な牽強付会ではないのかも知れない。
「で、こいつらはまだ他にもいるかも知れないけど、さっきの調子で戦えば大丈夫そうか?」
協議してばかりもいられず、日倭さんが言う。
早めに行動しないと、任務が終わらない。
「とりあえず、この化け物が音に反応するかどうかだけ、検証しといたほうが良いんじゃないかな?もし反応するなら、適当に音を鳴らせば向こうから来てくれるでしょ?そのほうが対処しやすい筈だ」
と、隆谷寺さんがそう提案した。
「どうやって音を鳴らす?大声を出すのは、まあ……もう既にやっているようなものなんだが」
へ、へえー。
誰がやってるんだろうなー、心当たりが無いなー。
「まあ、適当にその辺の壁でも叩けば良いでしょ」
「隆谷寺がやるなら、それで良いか。……壊すなよ?」
「壊れないように叩くよ」
異論を唱える者はいない。
わたしもその辺については構わなかったけれど、わたしはそれとは別に、ちょっとさっきから思っていたことを言わせてもらうとした。
これは別の趣旨で、大切な話だ。
著作権の、一応の保全である。
「なんか面倒事になるかも知れないので、『リッカー』っていう呼び方はもうやめにしません?ここからは、例えば『ヒトガタ』とかって呼び方に統一しましょうよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おっと!?おっとー!?」
「嘘だろおい…!?」
数分後、わたし達は九階の通路で、リッカー…改め、『ヒトガタ』に囲まれていた。
双方向からだ。先程遭遇したように、床にも壁にも天井にもびっしりと張り付いたヒトガタの群れが、前方と後方から物凄い勢いで向かってきている。
「こんなにいるか!?」
「やばすぎるっ…!」
さっきの倍という、途轍もなくおびただしい数だったが、前から来たのはともかく後ろから来たのは意外だった。
そっちは既に、探索済みの筈なのに…!
恐らく、わたし達がこの階に上がってくる時に使った階段を使って、時間差で更に上の階から下りて来たのだろうけれども、クリアリングしたつもりでいた後方からこよ規模の襲撃を受けるというのは、一瞬パニックになるくらいの衝撃だった。
「紫野は前方だけ迎撃!篠守は紫野の盾!他は後方の迎撃!」
上官の指示に従って、わたしは慌てながらも臨戦態勢に入る。
どうしてこの状況になったのかという点を簡単に説明するなら、それはただ隆谷寺さんが壁を叩いただけで、いきなりこの状況になったとしか説明できない。
まず大きな音を立ててみようという話になって、適当な場所の壁を隆谷寺さんが叩いたり、殴ったりした。壁に、連続で打撃を入れた。
ADFに入隊した初日に角材を殴らせられたわたしにはわかるが、相当頑丈な壁だったのにかなりの強さで殴りつけていたのにも関わらず、涼しい顔で平然と壁を連打する隆谷寺さんの拳の強さは相当なものなのだろう……とか。
そんなことを思って感心していると、予想通りに遠くから忙しなく足音が近付いてくるのが聴こえて、やっぱりヒトガタは音に反応するのかしらと身構えていたところに、この状況である。
どこから湧いて出たのかと思うような尋常ではない数の怪物に、どうしようもなく挟み撃ちにされてしまった。
壁を強く殴ったとは言え、そこまで大きな音は鳴っていなかった筈だ。ならば音を聴いたこのヒトガタどもは、わたし達から相当近い位置にいたのではないかと推測できるのだが、全然物音も気配も無かった。
ぞっとする。恐らくこの近辺にいるヒトガタはこれで全部なのだろうけれど、もっと上の階に行けば、これ以上の数のヒトガタが静かに隠れ潜んでいるのかも知れないという可能性に思い至って、わたしはひどく、身を震わせた。
「私の盾が頼りない……」
「やかましいわ!」
身震いは止まった。




