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第四章 高層ビルと強化人間  作者: 池潮遺跡 - ikesioiseki -


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遅れて回想

あ。


いや、違う。

これは言い忘れた訳ではない。

わざと言わなかったのである。

決して言い忘れではない。

ないったらない。


「では、建物に沿って行きますか?」

「そうだね」

わたし達が福島県支部・山形県支部のそれぞれの面子(めんつ)とヘリの中で互いに自己紹介をした時点よりも、あれは1日前のことだった。

実はわたしは、静岡県の全面的攻略に先駆けて、偵察部隊として少数のメンバーと共に、既に静岡県に行っていた。

ごく少数の6人の隊…というより班で、静岡県の状況を確認しようと、様子を見に行ったのである。

その時の抵抗者のメンバーは、わたし、髭根(ひげね)まいさん、そして隆谷寺愁弥さんだった。

馬垣くんは『いつから隆谷寺と仲良くなったのか』なんて言っていたが、一応、それは偵察作戦の時からだと言って言えなくもない。

「曲がり角に注意しろ…」

「了解…」

上官は3人いて、いずれも体術に熟練した近接武器使いである(長野県支部でお馴染みの、無口なナイフ使いおじさんもいる……いや、だから誰なんだよこの人は)のだが、そのうちの一人が小声で言って、わたしはそれに応じた。


この偵察作戦、銃は使えなかった。できる限り隠密して、貪食獣と遭遇してもなるべく逃げて、とにかく情報を集めるだけに留めておく作戦だったのだ。銃声を鳴らす訳にはいかない。

ボウガンとかは(かさ)張るから、持ってこなかったらしい。映画の世界にあるような、超高性能のサイレンサーが実在したら良いのになあ。

貪食獣からは基本的に逃げるけれど、もしどうしても戦わなきゃいけなくなったらどうするのかと言えば、もちろんわたし達抵抗者の異能を駆使するのは前提として、なんと上官はナイフなどの近接武器で闘うのだ。

正確には、ナイフ使いが1人と、マシェット使いが1人、(やり)使いが1人である。まあ『槍』なんて言っても、それは木製の槍などではなく、ミリタリーっぽい感じの金属製のコンパクトな片手槍だ。中が空洞になっていて、刺されると体内の血液がその空洞を通って外に流れ出すため、効率的に相手を失血死させることができるという恐ろしい武器らしい。『ブラッディスピア』って言うんだとさ。

もちろん、そういった武器でも異能でも対処しきれないような相手と遭遇してしまったら、そりゃ逃げる。追いかけてくる相手の手前にある地面をツルツルにして、相手を転倒させて時間を稼ぐための、髭根まいさんだし。そもそもそういう状況になるのを回避することに特化した、予知能力持ちの隆谷寺さんもいるし。万が一犠牲になっても死にはしない、このわたしもいるし。

つまりはそういう班なのだ、この班は。

「なんか、わたしだけこの班にいる意味合いが…」

「篠守、喋るな」

「はい」

自分の扱いに()()()()()()()(この表現は誤用ではないらしい。梨乃ちゃんが指摘してきたら華麗に論破してやるために、積極的に用いるようにしている)けれども、上官がわたしの思考を封じたことで、有耶無耶になった。


そうして偵察を進めて行ったのだが、実際に貪食獣に見つかって戦ったり逃げたりするような羽目になることは、意外ながら一度も無かった。

思いの(ほか)、隆谷寺さんの予知能力たる《神眼》が強力で、見事にまあ貪食獣との遭遇を()ける避ける。

絶対の未来を予知してもどうしようもないが、『このままだとこうなる』という可変的な未来を予知することができる未来予知というのは、本当に便利なんだな。

歩いてたら、隆谷寺さんが『待って、ここは左に行こう』とか『ここに隠れてやり過ごそう』とか突然言い出して、全員がそれに従っているだけで危険を回避できるというのだから。

おまけに、やり過ごした貪食獣の強さすらも大まかになら把握してしまうというのだから、便利なものである。戦っている未来まで予知したということなのか知らないけれど、『今のは雑魚だった』とか、『今のは強敵だ』とか言うんだよね。

適当なこと言ってるだけじゃなきゃ良いんだけれど。

嘘じゃなければ良いのだけれど。

「俺の信用も、まだまだ弱いね……」

「わたしは基本、人を信じてませんからね」

「え、そうなの?」

「いや、適当に言いましたすいません」

「そこ、私語は慎む」


……と、わたし達が隠密行動に慣れてきて、油断もあってか小声で私語をしていた時のことだった。

「…っ!?やばいっ皆隠れて」

「っ?何が来る?」

突然、隆谷寺さんが『隠れて』と言い出した。

わたし達も慣れたもんで、すぐにその意味を理解して身構えたのだが、そこで隆谷寺さんは、

「あ、いや……えっと、どうしようかな、じゃあそこの洋服店の中に入って隠れよう」

と、やや迷いを露わにするような態度で、わたし達に指示するのだった。

そもそもこの偵察作戦、偵察してどんな情報を持ち帰るのが目的だったのかと言うと、それは強敵の情報である。

雑魚なんてどうでも良くて、強い貪食獣や厄介そうな貪食獣の存在を把握しておくことで、その位置や対策を事前にはっきりさせておこうというのが、この偵察作戦を決行するに至ったADFの動機だ。

つまり、ここでわたし達が遭遇した貪食獣の情報こそが、今回の偵察作戦において収穫とするべき情報だったという訳であるが。


「こう、窓際に服を集めて、その中に這入(はい)り込んで隠れながら、外の様子を見よう」

「服を集める?並べるのか?服を窓際に」

「そう。急いで」

洋服店の中に入った隆谷寺さんが、今度は服を集めろと言い出す。戸惑う一同だったが、ここまでにおいて隆谷寺さんの予知能力の優秀さは既に実証されていたため、わたし達は素早くそれに従い、店の窓際に洋服をラックごと並べ始めた。

「それで今、何かが近づいて来ているんですか?」

全員が、窓際にラックごと並べた洋服の中に這入り込んで隠れた状態で、わたしが隆谷寺さんに尋ねると、

「うん。今から20秒後くらいに、巨大な大蛇が来る」

と、彼は答えるのだった。

『巨大な大蛇』とな。

重複(ちょうふく)表現なんじゃないのか?それ。

『違和感を感じる』と違って、誤用では?

「しかし、隆谷寺さんは洋服店が好きですね。前に宇都宮でわたし達を壊滅させかけた時と言い、洋服の中にいると安心するんですか?洋服寺さん」

「誰が洋服寺か。変なあだ名を付けないでよ、俺をどういう生態の生き物だと思って…あ、もう来るから、静かにしなきゃ」

どうやら、もうすぐそこまで来ているらしいが……

音がしないな。まあ蛇なら足音がしないのは当然か。


……ん?


「…!」

音が聴こえてきた。

スルスルと…いやギチギチと。カサカサと…いやゴワゴワと。何かが這うような音が聴こえてきた。

蛇だから、蛇腹(じゃばら)が這う音か?

しかし、これは……

あまりにも。


(マジか〜ッッッ)


あまりにも、でかすぎる。

目に映った化け物に心の中で驚嘆しながら、今更にもわたしは、隆谷寺さんの意図を理解した。

『巨大な大蛇』とは、重複表現などではなかったのだ。

(長い……)

わたし達の目に映っている、今まさに店の外を通り過ぎている最中であるその大蛇の胴体は、尋常でなく太かった。

腹囲なのか胸囲なのか分からないけれど、とにかく身体の表面をぐるっと一周する長さで言えば、それは9mにも達するであろう、異常な太さだ。

何故、太さについてしか言わないのかって?

体長がわからないからだよ。

わたし達から見て右側から左側へと、最初に頭部が通り過ぎて行ったっきり、右側から来る筈の尻尾の先端が、全然来ないんだよ。ずーっと胴体なんだよ。

身体の全長はどれくらいになるんだ?この感じだと……いやいや、まさかまさか。流石に、100mにまで及んだりは……しないよな?

いやはや、どんなサイズだ。

誰が予想できた?金足大学を襲ったあの体長15mの大鴉(おおがらす)をも圧倒する大きさの貪食獣が現れるなんて。

成る程、確かにこれは『巨大な大蛇』である。

蛇を巨大にしたのが『大蛇』ならば、これは大蛇を更に巨大にした『巨大な大蛇』だ。

普通、大蛇なんて言っても体高は精々が1m程度だろうに、この大蛇は体高が3mもあると言うのだから。


「……行ったかな」

どれくらい待っただろう?

最初に大蛇の頭部が通り過ぎてから、尻尾が通り過ぎるまでに、どれくらいの時間が経過した?1分間も経っていなかったのだろうか?わたしの感覚としては、5分くらい経ったような気もするけれど。

「とんでもない化け物がいたもんだ」

上官が言った。

「流石に、あれ以上の化け物がいるとは想定しにくい。あんなのがいると判明しただけでも、収穫は十分だ。全員、帰還するぞ」

「そうだね……いやしかし、貪食獣って、あんなに巨大な奴もいるもんなの?異常だよあれは……」

みんな、驚きの余韻に呆然(ぼうぜん)としているようだ。

「あの……」

と、今度は髭根まいさんが言った。

この偵察作戦が開始してから、初めての私語だった。

(たお)せますかね?あれ」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



話は前後するが、作戦説明の時。


「相変わらず、大役を任せられてしまうもんだな」

作戦説明や戦術説明を聞いて、馬垣くんが呟く。

察しの良い読者はお気づきかも知れないが、何を隠そう、この第一班は先程の回想場面で登場した巨大な大蛇に対抗するために作られた班なのだ。

確かに、考えてもみればそうだ……、あんな大きすぎる相手、馬垣くんの《万物融解》くらいでしか、一撃ではまず斃せないだろう。あるいは、梨乃ちゃんの《固定斬撃(キャッツクレイドル)》で少しずつ奴の身体を切り刻んで削っていくか、御水見さんがめちゃくちゃ鋭利な水の刃とかでチマチマと斬っていくか……っていうくらいしか無いよな。


「因みに、例の超巨大な大蛇については、便宜的に『ヴリトラ』と呼称することになった。一応憶えておけよ。で、このヴリトラだが、貪食獣階級は二級から一級だと推定されている」

と、上官の説明。

まあ、そうだろうな。あんな規格外どころの話ですらない超巨大な貪食獣のことだから、そりゃあ弱くとも二級貪食獣だろう。

貪食獣には一級から四級まであって、基本的に三級以下は『その他』みたいな雑魚扱いだけれど、二級はADFじゃなきゃそうそう討伐できないレベルで、一級はもう災害級の、ADFでも討伐が非常に困難なレベルだ。

……今回、誰か死ぬんじゃないかこれ?

「どう戦えば勝てるってんだか……」

珍しく、わたしの隣にいる国栖穴さんも真剣だ。今回は流石に命の危険を感じているらしく、腕を組みながら険しい顔で、独り言を言っている。

わたしと同じ口だろうか?普段は不真面目そうに見えるけれど、自分の身の安全のためならば、いくらでも真面目になるというタイプ……

「そもそもあの大型ロボ、HPが高い癖に毎ターン防御力バフをかけやがる。明らかな過剰難易度だろ、運営は一体何を考えてんだよ……」

失礼、ただの不真面目な問題児だったようだ。

作戦会議中だっていうのに、つい最近やっていたゲームのことを考えてやがる。『何を考えてんだよ』はこちらの台詞だ。

「いやいや、作戦が終わった後のことまで考えねえとな。人は常に遠くを見るべきだと思うね、あたしは。特に、これから向かうのは静岡県。静岡県にゃ伊豆っていう地域があるけど、伊豆住まいの奴も遠くを見るからな」

「いい加減な言い訳をしないでください、近くも見なきゃ足を掬われますよ。ていうか、伊豆に住んでいる人が遠くを見るってどういうことですか?」

「ん?『伊豆住まいの奴は遠くを見る』。意味わかんねえか?」

「わかんねえよ」

何なんだよその(ことわざ)みたいなのは。

「わかんねえだろうな…そんな言葉は無えんだから!かっかっか」

「嘘に意味が無さすぎる……」

「まあでも、アレだろ。未来のことより今のことが大事だっていう話の一つでさぁ、よく『明日死ぬと思って生きろ』なんて言葉が出てくるじゃん?あたしはあんなの、何の意味も無いと思うんだよな。死ねば何もかも終わりなら、どんな状態で死のうが同じだってのに」

「どういう意味です?」

「あー、死後の世界とか、天国だの地獄だの来世だの、そういうのを信じている奴からしたら、別に良いのかも知れないけどさ。あたしは死後の世界なんか無いと思ってんだわ。あたしが死ねば、それで何もかもが終わる。世界が終わって無くなる。そう思ってんだ。哲学の世界では、独我論とかって言うんだっけか?だから、どう終わろうと同じなんだよなぁ」

「だからこそ、『もっとああすれば良かった』みたいな後悔の無いように終わらせたいんじゃないんですか?」

「いやぁ?悔いがあろうと無かろうと、終われば同じだろ。そもそも、終わるまでは後悔しないようにして、『まだ大丈夫だ、まだ取り返しがつくんだ』と、最期の瞬間まで信じていれば解決する問題なんだよな、それも。結局、死んだ後に後悔することはできねえんだから、じゃあ後悔する前に死ぬようにするか、死ぬまでは何も後悔しないようにして、この後も自分は生きていくんだと希望的観測を抱くようにするだけで、全ての問題は解決すると思うんだよ、あたしは」

「え、えぇ……なんか、物凄く後ろ向きな思想ですね」

「要は、『明日死ぬなら何やっても同じだけど、明日生きるならそのための準備をしとかなきゃまずいから、じゃあ明日生きると思って今日を生きるべきだろ』って話だ。ま、考え方が後ろ向きなのは認めるわ。あたしはニーチェだしな」

「ニーチェ……虚無主義者ですか」

「嘘だけど」

「は?」


……という、国栖穴さんとの無駄な会話はさておき。


「で、このヴリトラと遭遇した時のための戦術については、いくつか選択肢がある」

と、上官が話を進める。

わたしも、どう戦えば良いのかということについては今まさに考えていたので、ここが一番気になるところだが。

あー、なんか、嫌な予感がしてきた。

「殆どの選択肢に共通するのが、まず、篠守が囮になるという点で……」

うわーん!!!


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