新メンバー
おっと、言い忘れそうになったが、現在位置は長野県の南部、飯田市の町外れに展開された大規模なキャンプの中だ。他県の支部からお越しになったADFや通常部隊の人員と共に、さっきまで静岡県への大規模作戦に向けた準備をしていたところである。
今は出発に向けて、ヘリの中だ。
我々長野県支部だけでは心許ないことから、念のために他県に協力を仰いだ結果、福島県支部と山形県支部の皆さんが来てくれたのだ。福島県支部に属す隆谷寺さんや目品ちゃんが先程わたしと一緒にいたのは、そういう訳である。
これならばそうそう壊滅することは無いだろう、例え誰かさんが裏切ったとしても。
「もう裏切らないって。もうしないから、俺はもう大人しく作戦を遂行するから」
「わかってますよ隆谷寺さん。裏切ったとしても、流石に三つの支部の連合隊を相手にして勝てる訳が無いですからね」
「損得勘定でしか物を考えない奴みたいに言われても……」
ま、実際に彼が裏切ることは多分無さそうだし、むしろ隆谷寺さんは味方としては非常に心強い戦力である。
特に未来予知能力が強力だ。《武術》なんかよりもこっちのほうが強力だろう。ありとあらゆる危機を予め知覚して未然に防ぐことができるというのは、状況が一切不明の危険地帯であるところの静岡県を探索する上ではこれ以上無い程に便利な能力である。
「ああ、隆谷寺さんは裏切ったことがあったんですね」
と、わたしの右隣に座る社大路さんが、わたしの右斜向かいに座る隆谷寺さんに尋ねた。
社大路さん、本当にADFに入っていたんだな。
誰かさんの発言を疑ってた訳じゃないけれど。
「いやぁ、あはは、ちょっとあの時は若気の至りでね、やんちゃしてしまったものだよ」
「何を言っているんですか。昔の話みたいな言い方ですけれど、たったの2ヶ月前の出来事だし、隆谷寺さんはもう150歳を超えていたから全然若くなかったでしょ」
誤魔化そうとするな、年長者。
「ん?150?」
「150歳ってどういうことだい篠守さん…?」
あ、そっか。他のみんなには知らせていなかったか。
社大路さんも知らなかったらしい。
「じゃあ教えてあげるわよ、梨乃ちゃん。社大路さんもよく聞いていてください。隆谷寺さんは、わたしを拉致して縛って監禁して手籠めにするために…」
「ねえー!やめてよー!印象操作も甚だしいし、年齢と全く関係ない話じゃないかよお!」
嫌そうに言ってから、わたしに偏向した情報を吹聴して回られることの恐ろしさを理解して半ば諦めたかのように、隆谷寺さんは頭を抱えてぐったりと上体を屈ませた。
後悔しても遅い。わたしを一度でも敵に回すとこうだ。
わたしの左隣に座る梨乃ちゃんも、そんな変態な隆谷寺さんには冷ややかな眼を……
冷ややかな眼を……
「篠守さん。狼少年の童話、知っていますか?」
わたしに向けてんじゃねーか!
「ありがとう梨乃ちゃん、情報の真偽を疑ってくれて……」
と、隆谷寺さんは言うけども!くっ、何たる不覚…!
「まあ、貴方が裏切ったことには変わりはありませんが」
「わかってるよ。信用が無くても構わない」
「いい感じに話の落とし所を見つけるな」
「あっはっは……まあ、僕も嘘を吐くことはあるけれど、確かに毎回毎回嘘ばっかりだと駄目だよ……えーと、篠森さんだっけ、名前?」
「篠守です」
「……発音は同じじゃん」
「口答えしないでください」
「………」
「………」
「あー、篠守さん。嘘ばっかりだと警戒されてしまうだろう?殆ど真実しか言わないようにして、ここぞと言う時にだけ渾身の嘘を繰り出さないと」
「なるほどなるほど」
「いえ、社大路さん、悪知恵を与えないでください」
良いことを知った。
社大路さんとは馬が合いそうだ。
ところで今わたしが乗っているこのヘリだが、恐らく例によって、現地に着いた後はこのヘリに乗っているメンバーがそのまま、一つの小隊になるのだろう。
わたしが知っている抵抗者メンバーだけを言うなら、今このヘリに乗っているのは、わたし・梨乃ちゃん・御水見さん・隆谷寺さん・社大路さん…
「走れー。遅れてるぞー」
「わりぃわりぃ」
「あたしが先だッ」
「あ!?」
…おっと、馬垣くんと国栖穴さんも乗り込んで来た。
国栖穴さんが馬垣くんを押し退けてヘリに搭乗して、馬垣くんは「てめ…!」と苛立ちを露わにしながら後に続くように乗り込む。
国栖穴さんもいるのか……この人苦手なんだよなー。
やーなの。
どうでも良いが、彼女の今日の髪型はポニーテールだ。この人は大体、髪を縛らないかポニーテールにするかのどちらかである。
となると、わたしが知っている人だけで言えば、抵抗者の人数はこのヘリの中でも7人だけだということになる。見知らぬ顔も含めるなら9人だけれど、あれ?少なくないか?
「はい、えー、今から点呼をする!」
と、上官が言って、一人一人の名前を呼び始めた。
まだ全員揃っていないんじゃないかと思っていたのだけれど、上官は先に挙げた七名を呼んで、
「白銀!…いるな。畑田畑!…よし」
と、残りの二名も呼んで、そしてこれで全員だった。
ありゃ?少ないぞ?
荻原さんとか真鈴さんとか左門さんとか、髭根さんとか谷貝さんとか、あとあの……京都弁の人とか、目品ちゃんとかは?
日倭さんはここにいる(先程から黙っている)けれども……
と思っていると、上官がそれについて説明を始めてくれた。
「今回は長野県支部・福島県支部・山形県支部の三支部連合隊として任務を行う。それで、異能という扱いにくい武器を上手く運用するためには、本来は異なる支部の人員が一つの小隊に混ざり合うことは避けたいところだったんだけど、色々と協議した末に、こんな感じで細かく複数の班を作った。ここにいる9人の抵抗者と、それに随伴する我々無能力者5人の、合わせて14人の人員から成り立つのが第一班だ」
第一班?第一班だとぅ?
え、なんか嬉しい。
「班は第一班から第五班まである。それで、基本的には第一から第二班までの全員と、第三から第五班までの全員がそれぞれ固まって、大まかに二手に分かれて行動することになる。加えて、通常部隊も歩兵や戦闘ヘリや戦車を用いて行動し、ADFの連合隊を支援するというのが、今回の大まかな作戦概要だ」
ははあ、なるほど。
細かめに班を分けた上で、基本的には複数の班が一緒になって行動し、手分けする際にはそれぞれの班が別行動を取ろうっていう手筈にすることで、手分けする際に『メンバーはどう振り分けます?』という相談をする手間を省くっていうことなんだな、簡単に言うと。
「そしたら、一度全員が自己紹介をしてくれ!」
ん?
大まかな説明を終えて、次は細かな説明を始める流れだというところで、上官はそう言った。
自己紹介?おい、勘弁してくれよ……
「ほら、全員の名前と異能を把握していないと、作戦説明が理解できないだろ?」
あ、なるほど。そっかそっか、ただ親睦を深めるためにする自己紹介ではないってことか。もっとしっかりした意味がある自己紹介なのか。へえー、なるほど。
よし!ならば、わたしの不得意分野ではない!大丈夫だ!
……ちくしょうめ。
さておき、まずはわたし達長野県支部の抵抗者メンバーであるところの、わたし・梨乃ちゃん・馬垣くん・国栖穴さんがそれぞれ自己紹介をして、異能の説明をした。
御水見さんは全然喋らないので、彼女のことはその場にいた日倭さんが代わりに紹介した。
《不壊》、《固定斬撃》、《万物融解》、《硬化》、《船幽霊》。
次に福島県支部のメンバーの番になって、まずは隆谷寺さんが自己紹介をする。《武術》と《神眼》の二つの異能を併せ持つことや、前に福島県支部を裏切って一人で壊滅させかけた事実を聞いて、山形県支部の人の中には驚嘆する人もいた。いや、山形県支部の人、2人しかいないんだけれど。そのうちの片方が驚いてただけなんだけれど。
そして次は、社大路さんの異能の説明だ。
ここからが問題だった。
「僕の名前は社大路出雲と言います。どうぞ宜しく。……敬語は省略しても大丈夫なのかな?あ、大丈夫じゃない?わかった。でも、省略するね。僕の異能の名前は《霊魂置換法》で、手から貪食獣を無力化する効果のある弓矢を出現させるっていう能力だよ」
「無力化…?」
「敬語は…?」
「えーと……この矢に当たった貪食獣は、ダメージは受けない代わりに、攻撃の意志を失うんだ。だからその状態では楽に殺せるようになるっていう訳だよ」
へえー、結構便利な異能だ。これなら奇襲や不意打ちを考慮しなければ、大抵の敵には負けない。そして、ここには奇襲や不意打ちが全く効かない化け物になってしまった隆谷寺さんがいる。
敬語を使えるのに、何故か突然省略し始めるやばい人なのも判った。あんまり関わらないようにしとこう。
「あと、ショタコンだったね」
「え?」
「え?」
と、隆谷寺さんの何気ない発言に、ざわつく一同。
「いやいや隆谷寺さん、僕はショタコンじゃないよ。親友に男子小学生しかいないだけで」
すかさず社大路さんが釈明するが……
親友に男子小学生しかいない……?
男子小学生だけが親友……?
「えーと、アレですか?従兄弟ですか?」
「いや、他人だけど」
……んん?
あれ?もしかして、ガチモンのやばい人か?
「よくわかりました。変態なのだと」
「梨乃ちゃん、あんまり直球な言い方は良くないよ」
「いや篠守さん、否定をしてくれるかな?」
「何を言いますか。わたしは嘘を知らない実直で素直で善良な女の子なんですよ?」
全くもう。人に欺瞞を唆すなんて、悪い人だ。
「当の本人は、近所に男子小学生しかいなかったから仕方なく友達になったんだって言うけど、どうだかね。それで親友とまで言える間柄になるまでに、一体何をしたのか……」
「どうだかねも何もありませんって隆谷寺さん。はい、僕の自己紹介はこれでお終いです。次の方どうぞ」
そう言って、社大路さんは座る。
「……………」
「……………」
「……………」
「いやあの、早く次の人の自己紹介に移りましょうよ。ちょっと、いや、馬垣くん君、逃げようとしていないかい?怖がらなくても大丈夫だよ。ほら、もっとこっちに来なよ……」
「………」
別に、『こっちに来なよ』というのは自分のほうに来いという意味ではなく、馬垣くんがさっきまで座っていた元の位置へ来いという意味だったけれども、この状況でその台詞は、如何せん、如何にも如何わしいな。
馬垣くんに限らず、一同の疑念は拭いきれなかった。
で、次は山形県支部のメンバーだが。
「白銀ルイス。異能は《精密動作》。非常に精密で正確な動作が得意。射撃と格闘を専門とする。以上」
よもや、山形県支部にもこういう人がいたとは。
容姿に関して言えば、短い茶髪に、死んだ魚のような目…死んでいなくとも、とにかく魚のような目であることに変わりはなく、かっと大きく見開いたその目からは、冷徹そうな感じというか、機械的な雰囲気を感じなくもないという感じで、長野県支部にはいなかったタイプだけれど……
白銀さんという男性は、ぶっきらぼうに淡々と要点を言うだけ言って、もう話すことは無しとばかりに座って、それっきり何も言わなかった。
御水見さん程ではないにせよ、ディスコミュニケーションといった感じで、というか御水見さんが喋るようになったらこんな感じなんだろうなっていう風な、そんな人だった。
「あー、えーと……白銀は異能のおかげで銃の扱いが上手いからな、戦闘向きの異能を持っている中では例外的なことに、拳銃を使うんだ。力も強いから、戦闘以外でも相当優秀だし」
わたし達はその自己紹介の冷たい感じに眉を顰めたが、すぐに上官が代わって説明する。
「まあ消音器を着けても銃声は結構うるさいけれど、そこは我慢してくれ。鼓膜が破れる程ではないから」
何だそれ、わざわざそんな注釈を付けるくらいに銃声が大きいのか?一体、どんな銃を…?
って、白銀さんの腰に装着されているでっかいカバー、あれは……あの中にその銃が入っているってことか?
え?何あれ?拳銃にしては大きすぎるし、小銃にしては小さいぞ?本当にどんな銃なんだろう……いや、だったらもう小銃で良いじゃん。何故に拳銃?
というか、下の名前がルイスっていうことは、ハーフだよな?髪は茶髪だし、西洋系の人種と日本人のハーフだろうか?
「はい、それじゃあ次、畑田畑」
「はい」
あっという間に白銀さんの自己紹介が終わって、次は上官から呼ばれた畑田畑さんという女性が立ち上がる。
……こういう系の名前には、もう慣れた。
「畑田畑小畑と言います。元々は実家で両親の農業を手伝っていましたけれど、今はADFの一員として働いています」
「畑田畑、異能の説明を…」
「あっすみません!えーと、私の異能は、えー、何だったかな……そう、《乳海攪拌》って言います!」
……なんか可愛いな、この人。
今度は女性だが、初めて見た時は一瞬、この人も男性かと見紛うような、そんな短髪だった。
その点では白銀さんと同じような髪型だけれど、話し方とか所作とかは相当柔らかでとっつきやすそうな印象だ。外見の逞しそうな印象とは大違いである。
ADFに入りたてなのかな?ADFは今でも常に抵抗者を募っているから、設立からそれなりの期間が経過した今からでも入隊してくる人はいるらしい。
因みに、ここから難しい異能の説明の場面に移るので注意。
「それで、《乳海攪拌》っていう異能は、私から30m以内の距離にある全ての物体…というか全ての空間…あの、半径30m以内の空間の中から指定した範囲の、そこにある全ての物質や物体を、混ぜこぜにしちゃうっていう異能です」
異能の内容も難しいが、それとは別に彼女自体がちょっと口下手なのが、わたしのような根暗としては好印象である。親近感が湧くなあ。
「指定できる範囲は必ず立方体の形で、大きさは最大で一辺8mまでです。えーと、『混ぜこぜにする』っていうのは本当にそのままの意味で、例えば水を容れてしっかり蓋をした瓶と、油を容れてしっかり蓋をした瓶とを並べて、その二つがある範囲に私の異能を使うと、その範囲にある全ての物質が混ざり合いながらその範囲内に充満するので、瓶の素材であるガラスもその蓋も、もちろん水も油も、何なら周りの空気も、何もかもが一瞬で流体となって均一に混ざり合います。それで異能を解除すれば、それらが再び固まって、また分離するんです」
ほおう。
結構複雑な異能だな。
これはわたしでも、上手く要約できるかどうか……
つまり、自分の近くに立方体の形をした領域を発生させて、その領域内にある全ての物質を一瞬にして強引に混ぜ込んでしまうという異能だろう。科学用語で言うなら、エントロピーの増大って言うんだったっけ…それを引き起こすんだ。領域内で、全てがムラ無く均一に混ざり合った状態を、一瞬で、一時的に作り出してしまうという訳だ。
領域の形は立方体だが、大きさは最大で一辺8m、512m^3くらいまでらしい。
領域は、自分から半径30mの範囲内にすっぽり収まるような位置にしか出現させられないようだ。
ついでにこれも説明されたのだが、解除してから次の発動までには、5秒だけ時間を置く必要があるらしい。ゲームで言うところの、クールダウンタイムだろう。
「とすると、その領域は空中にも展開できるんですか?」
「あ、はい!そうです!それで、この異能の具体的な使い方なんですけれど、貪食獣を混ぜこぜに捏ね合わせてやっつけちゃうっていう感じですね」
「………」
「………」
「………」
あれ?なんか残虐じゃない?
想像したくないんだけど……、これなら一瞬で楽にしてあげられる《万物誘拐》や《固定斬撃》のほうがまだマシというものなのでは…?いや、違うな。一瞬で混ぜこぜになるんだったら、これも同じようなものなのか…?
「ちょっと待てやゴラ。誰が誘拐犯だボケ」
「相手をこの世からあの世へ誘拐するじゃないの」
「その言い方だと俺も一緒に死んでんじゃねーか!」
馬垣くん、ツッコミが的確で早いなー。
安心してボケられるわー。
「とにかく、畑田畑の異能はそういうもので、発動には注意が必要になるな。ってことで、お前らの異能はこれで一通り紹介した」
と、上官がそうまとめる。
これで全員の異能の内容がはっきりした訳だ。
既出の異能に加えて、社大路さんの《霊魂置換法》、白銀さんの《精密動作》、畑田畑さんの《乳海攪拌》。えげつなさはともかく、どれもそれなりに強そうな異能で結構である。
「篠守さん、大丈夫ですか劣等感のほうは」
と、梨乃ちゃんが言ってきた。
「どういうほうよ。劣等感?それを訊いてどうしようっていうの?」
「いや、ほら、皆さん面白みのある異能で、貴方の異能が霞んで見えますし……やめてくださいよ、任務中に劣等感から暴走し始めたりするのは」
「霞んで見えるって言うな。わたしの異能に面白みが無いみたいに言うな。いや、そんな風にはならないわよわたしは。仲間の強さはわたしの強さ、みんなの強さはわたしの強さなんだから、わたしより優秀な人が味方に沢山いるのは良いことじゃないの」
「わかりました、貴方だけは守らないことにします」
どうしてだよおおおおおおお!!!
「さて、そういう訳だ。それじゃあ次に、戦術に関する説明をする。よく聞けよ?」
と、わたし達全員の異能の内容がはっきりしたところで、上官が次の話を切り出した。
ここにいる抵抗者九人の異能をどのように組み合わせて戦うことを想定しようかという話である。
話が聞こえやすいように、また、何か作戦説明を通して足りない物を思い出すかも知れないから、ヘリのプロペラはまだ稼働していない。
その状態でわたし達は、10通り以上の状況を想定した多数の戦術について上官から聞き取り、時には意見を出し合って、作戦会議を進めた。
なんて言っても、これらの戦術は元から予習させられてたやつで、実際ここでは確認しているだけに過ぎないのだけれど。
そうして、わたし達が搭乗してからおよそ40分後、ヘリは離陸した。




