戦の前の下準備
「えんやぁこーらーえんやぁこーらー」
「えんやーこーらーえんやーこーらー」
「……」
「えんやぁこーらーえんやぁこーらっと」
「えんやーこーらーえんやーこーらっと」
「……」
三人の男女が、物資を積んだ台車を推して歩く。
「木ぃのー船っこはーすっとー走る、はぁーえんやぁこーらーこらさのえー」
「泥の船っこはざっくり砕けろ、はぁーえんやこらえんやこらせぇー、ああえんやーこーらーえんやーこーら」
「えんやぁこーらーえんやぁこーらー」
「あのー、お二方、そろそろ歌うのをやめてくださる?もう現場に着くから。正直、わたしも一緒に歌ってたと思われたら恥ずかしいです」
「あ、うん」
「……よっこらせぇ」
一人目は、わたし。ADF長野県支部所属、《不壊》の篠守久凪。灰色がかった赤紫色の髪がチャームポイント。
二人目は、福島県支部所属、《倍速再生》の再冉目品ちゃん。まだらにピンク色が入った髪を短めに切り揃えた容姿と、幼なげで柔らかな口調がチャームポイント。
そして三人目は、同じく福島県支部所属、《武術》と《神眼》の隆谷寺愁弥さん。短髪気味の白髪、弛緩してしょぼくれたような目つきと、極限まで鍛えられた強靭かつ凶器的な鈍器のような両手、そして何よりも、女の子を捕まえて縛って乱暴するという趣…
「あだっ」
「おっと久凪ちゃん、ごめんごめん。間違えてつねっちゃった」
……とにかくそういう特徴がある男性だ。
わたし達は現在、静岡県の本格的な安全確保に向けて、静岡県と長野県の県境辺りに設えたキャンプの中で、せっせと下準備をしているところだ。
弾薬を運んだり、消毒液やら包帯やら糧食やら、まあ色々と台車で運んでいる状況であったが、それまでは『よっこらせぇ、よっこらせ』と、噂通りの掛け声と共に作業していた目品ちゃんが、急に「えんやーこーらー」と、歌い出した途端、何故か隆谷寺さんも一緒に歌い出したのであった。
「……目品ちゃん、何だったの?今の歌」
「え?あー、なんだっけな」
「久凪ちゃん、一応、目品ちゃんは久凪ちゃんより歳上だからね?20歳だからねこの子?タメ口で話しかけてるけど」
「まあ、それはそうですけれども」
「いいよ愁弥くん、わたしはぜんぜん構わないから」
「目品ちゃん、一応、隆谷寺さんは目品ちゃんよりずっと歳上だからね?151歳だからねこの人?タメ口だけれども」
「いいよ久凪ちゃん、俺は全然構わないから」
あれ?どれが誰の台詞なのかわからなくなってきた。
なんだこれ。
「ところでお二方、食品に含まれる添加物についてどう思います?」
「んー?まあ、適量なら大丈夫なんじゃないの?」
「それ単体をある程度の量摂取すれば毒性を示すけど、それが含まれる実際の食品をどれくらい摂取した時にどれくらいの健康被害が出るのかということに関しては、具体的なエビデンスが無い場合が多いからね」
「でも、データとかエビデンスとかそういう事実的な根拠とは別に、理論的な根拠であれば、添加物自体が有毒だという根拠はあるだろうから、なるべく避けたほうが無難なんじゃない?」
「んー、それもどうだろうね。避けよう避けようと気にしすぎることによるストレスだって、健康を損ねて寿命を縮める原因になるだろうし」
「まあ結論としては、添加物を含む加工食品を避けるのではなく、ただ添加物をあまり含まない生鮮食品や調味料を好んで使おうっていうだけの意識に留めておくのが一番良さそうだね」
「でもでも、添加物にだって存在意義はある訳で、例えば保存料不使用なら腐りやすいからね、その辺も考慮して選びたいよね」
あー、これはやばいわ。
本当にどれが誰の台詞なのかわからないわ。
長生きしている隆谷寺さんは博識でもおかしくないけれど、予想に反して目品ちゃんも割と見識が広いから、発言の内容から推測することもできねえ。
「さておき、さっきの歌はアレだね、カチカチ山だね」
と、隆谷寺さん。
「カチカチ山ってあの、北極とかにある?」
「氷山じゃないよ。何なんだその、子供向けに可愛く言い換えたみたいな言葉は。じゃなくて、テレビアニメ『まんが日本昔ばなし』の中の『カチカチ山』で、狸を懲らしめるために、兎が狸を泥舟に乗せた直後の場面だよ」
「あー、なんか思い出してきました。今時の女子高生じゃ知ってる人は少ないと思いますけれど、良かったですね、たまたまわたしが知っていて。ところであれ、『カチカチ鳥』っていう言葉が出てきますけれど、そんな生き物は本当にいるんですかね?隆谷寺さん」
「えー?知らないけど、それっぽい鳴き声の鳥だったらいるんじゃない?」
「というか、何故ここにきていきなり、カチカチ山の船乗り歌を歌い出したの?目品ちゃん」
「んー、なんだっけ。あ、そうだ、静岡県にそんな名前の活動団体があったから……だったっけな」
忘れるなよ、自分の行為の理由を。
まあいい、この話は置いとこう。
いつも通り、遅れて本題提起をしよう。
どうして今、静岡県の本格的な安全確保に向かっているのかというところから説明しようか。
全国に存在する『ADF』…対貪食獣戦闘部隊・Anti-Devourer Forceは、北海道、岩手県、山形県、福島県、長野県、島根県、高知県、宮崎県の八箇所にそれぞれの支部を置く。大体の支部は自衛隊駐屯地の中だ。
そして、地理の成績があまり良くなかったわたしは気が付かなかったのだけれど、どうやらこの八箇所はいずれも人口密度が低い都道府県であるらしい。
何故なのかと言うと、未だ謎多き怪生物である『貪食獣』達は、どうやら人口密度が高い地域に多く発生しているらしいからだ。狙ったかのように、人が沢山いる場所に限って大量発生していたらしい。そう、だから最も被害が大きかったのは東京で、政府でも皇室でもかなりの数の人員が亡くなってしまったらしい。かろうじて天皇陛下は生き残っているが……こうなってくるといよいよ、生物兵器による国家転覆を狙った大量虐殺説が浮上するかな?いや、この現象が起こったのは日本だけじゃないけれども。
まあ、とにかく。
人口密度が低い地域は貪食獣の被害が少ないため、現在までは長野県を含むそういった地域に、自衛隊やら警察やらその他諸々の武力や権力者が集まって過ごしていた。
が、流石にそれももう限界だし、長野県に関しては完全に安全が…かんぜんにあんぜんが確保されたのだから、そろそろ人口密度の高い都市地域の安全確保を始めようという方針が、ADFを含む最近の自衛隊組織では掲げられているのだ。
流石にいきなり最難関と予想されている東京の奪還をしようとは言わずとも、例えばここ長野県と隣接する中では最も人口密度の高い、静岡県辺りをそろそろ攻略しようという訳である。
単純に、その地域の元々の人口密度がそのまま現状の危険度を表していると考えた時に、静岡県は全国で危険度ランキング第13位である。まあまあな危険度だ。
長野県の隣にありながら、今まで一度もADF長野県支部が出向いたことが無かった理由もそれである。
「……篠守お前、いつからそんなに隆谷寺と仲良くなったんだ?」
物資を定められた場所まで運び、台車から下ろした直後に、その辺にいた馬垣熔巌くんが話しかけてきた。
わたしの心の中で密かに『ツンデレくん』と呼ばれている不良男子である。火山から噴出して少し経った溶岩みたいな、深みのある髪の色しやがって。わたしの髪がその色だったら良かったよ。こんな灰色がかったような淡くて暗い赤紫色じゃなくてさ。
「んー?馬垣くんったら、焼き餅焼いちゃったのかなー?」
「腹立つな……いや、でもなんか不自然じゃねえか?何で宇都宮のああいう出来事の後で、隆谷寺とそんな親しげにしてるんだよ」
「あー、まあ……それはぁ……」
「いやぁ馬垣くん、俺と久凪ちゃんは仲良さそうに見えてるだけだから。実際には敵意バチバチなのかも知れないよ?」
あの後こっそり会っていたからなんて言えず返答に困っているわたしだったが、隆谷寺さんが代わりにそう答えた。
助け舟を出したつもりなのかも知れないけれど、何なんだその微妙な助け舟は。『敵意バチバチ』って。船幽霊付属の助け舟かよ、御水見さんはここにはいないっていうのに。
まさか本心じゃないだろうな?
「ふーん?なるほど、確かに陰湿だからな」
「馬垣くん、主語をはっきりさせるべきじゃないかしら?」
「まあまあ久凪ちゃん、まだ誰のことを言ってるかわからないじゃん。俺のことかも知れないし、目品ちゃんのことかも知れない」
「よっこら…はぇっ?」
特に意味の無い飛び火が目品ちゃんを襲う。
ていうか隆谷寺さん、結局わたしのことを言われている前提で話しているよな。やっぱり敵意バチバチなのか…?
どこかで仕返しをしなくちゃ……
どこかで、このじじいに何かを……
「まあ良い。仲良くやってんならそれに越したことはねえよ」
そう言って、馬垣くんはまた作業に戻って行った。
強がりさんめ。
「あ、それ砲弾?砲弾はこっち」
と、物資を運んだ先にいた上官の声かけに、わたし達は振り向く。
「あと、そっちの君」
「ん?俺?」
と、今度は上官が隆谷寺さんを指して言って……
「……ああ、抵抗者か」
「うん、そうだけど」
「…えーと、あっちで糧食を運んでるのを手伝ってやってくれ」
「了解」
「………」
隆谷寺さんの最初の返事に対して一瞬困ったような態度の上官だったが、恐らく隆谷寺さんのタメ口に困惑しかけたのだろう。隆谷寺さんの着ている制服を見て、すぐに特別扱い(タメ口が実質許される特別扱い)をされている抵抗者隊員だということを把握して、困惑が解けたということだったのだと思う。
一人で糧食の運搬に向かった隆谷寺さんの背中をチラチラと気にするように見る上官。はあ、やれやれ、わたしが代わりに謝っといてやるか。
「すいません、あの人、敬語が喋れないらしくて」
「あ、ああ、そう……え?なんで?」
急に冷静になるな。
わたしに訊かれても困る。
一応わたしが代わりに謝っておくけれど、わたしの周りの人達はもう、敬語くらい喋れるようになって欲しいよ本当に。隆谷寺さんに関してはまあ、あまりにも長生きしすぎて現代語は常体や口語を覚えるだけで精一杯とかっていう事情があるのかも知れないけれど、馬垣くんとか荻原さんとかが上官に敬語を使わない理由には納得しかねるし、そういうのとは少し違うけれど、一般市民に敬語を使わない日倭さんに至っては公務員としてどうなんだと思わなくもない。
「あー、注目!注目ー!対貪隊の隊員は、各自の持ち場に戻って良し!対貪隊…ADFの隊員は、作業を他の部隊の隊員に引き継いで、各自の持ち場に戻れ!」
現場を取り仕切っていた上官が言った。
『対貪隊』とは、ADFのことである。
「お疲れ様です、篠守さん」
「ああ梨乃ちゃん、お疲れー」
大体の準備が済んだところで、わたし達ADFの人員は通常部隊の作戦準備の手伝いを中断し、解散して自分達が割り振られたヘリに向かった。
ちょうど近くにいた紫野梨乃ちゃんが声をかけてきたため、二人で連んでヘリまで歩き出した。
「あ、そうだ」
「どうしました?」
ふと、今日一度も目にしていない人物を思い出す。
いる筈なのに、まだ見ていない人物を。
「梨乃ちゃん、前に栃木県の宇都宮市に行った時にさ、デパートの中で社大路さんっていう人に会ったじゃん?あの人が実は抵抗者で、福島県支部に入ったっていうのは聞いてる?」
「え?そうだったんですか?聞いていませんよ、そんなこと。そもそも他県のADF支部の事情ですし……その話は本人から聞いたんですか?」
「いやー、あはは。たまたま他の人から聞いてて。でもでも、今日は福島県支部の人達が来ているのに、まだ見ないなーって思ってね。梨乃ちゃんは見た?」
「いえ、見ていませんが……今日会ったんじゃないのであれば、どうして篠守さんは、社大路さんがADFに入ったことを知っているのですか?」
「ま、まあ、ちょっとした偶然があったのよ、あんまり口外するようなことじゃないよって言われているから、詳しくは言えないけれど」
隆谷寺さんがこっそり福島県支部の駐屯地から抜け出して長野県支部の葉川駐屯地まで来ていたなんて言えない。言ったら隆谷寺さんの首が飛ぶ。貴重な戦力が失われてしまう。
「…………」
「……あっ」
やばい!そう言えばこの子、読心術の達人だ!
ともかく、わたしは梨乃ちゃんと一緒にキャンプの中を歩いて、静岡県への出発のために、指定された大型ヘリに搭乗した。
さて、わたしは自分のことしか話を聞いていなかったので、わたしと同じヘリに乗り込む他のメンバーが誰なのかを把握していなかったのだけれど……
「あ、いた」
ヘリに搭乗するなり目に付いたのは、社大路さんの姿だった。




