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第四章 高層ビルと強化人間  作者: 池潮遺跡 - ikesioiseki -


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あとがき

著者であるところの僕は、正直なところ、善悪などという概念をあまり重要視しておりません。というより、概念というもの全般を重要視していないのです。

裁判官や弁護士や学者でもない限り、それについて考えたり論じたりすることは趣味や遊びの領域だと思っています。

『刑法には、この犯罪をやればこの刑罰を受けるとは書かれていても、この犯罪が悪いことだとは書かれていない』とはよく言ったもので、考え方や解釈次第で変わってしまう概念なんかよりも、結局のところ現実が最重要なのです。

しかしこういう考え方は実際的には、『どちらが重要か』という問題ではなく、『何を概念とし、何を現実とするか』という区別方法の問題なのかも知れません。

というのも、SNSなどから世間の色々な言説を見ていると、『これが現実だ』とか『この現実は変わらない』とか言いつつも概念的なことを主張している人をよく見かけるんですよ。

「快楽犯が悪人だという現実に変わりはないよ」とかね。

『快楽犯』も『悪人』も、概念なんですけどね。


そもそも概念とは何かという話ですが、この言葉自体が概念的であって、抽象的な定義を説明されたところでよくわからないものでしょうから、具体的な例だけ説明しておきましょう。

例えば、色について。

「この紙は、赤い。」

これは概念についての主張です。『赤い』という事象は、概念世界にしか存在しません。『赤』ならまた別なんですけどね。

「この紙の色は、カラーコードでff0000の単色だ。」

これは現実についての主張です。白色光を受けた時にカラーコード:ff0000の色を作り出す色素、ないしはその色素以外に色素の定義に該当する物質を含まない物質という物が、現実世界には存在します。また、それが厳密にカラーコード:ff0000を意味する言葉なのであれば、『赤』も現実世界に存在すると言えるでしょう。


これは具体と抽象の違いについての説明に似ているんですよね。というかほぼ同じです。

現実世界にある物事を具体と呼び、概念世界にある物事を抽象と呼ぶのです。基本的には。


別の例えも出してみましょう。

「人を殺すのは悪いことだ、倫理的にも道徳的にも間違いだ。」

これは抽象であって、概念世界に存在する事象です。現実世界には存在しません。

「人を殺すと警察に捕まり、その際の抵抗次第では警察に射殺される場合もあり、その後は刑罰を受ける」

これは具体であって、現実世界に存在する事象です(これだけでは詳しい説明にならないということの理由は、この説明が抽象的だからではなく、この説明がただ大まかだからです)。

これは概念世界には存在しにくいのですが、場合によっては(主に哲学の分野で)概念世界に登場することもあります。『捕まるとはどういうことか?』『死ぬとはどういうことか?』みたいな哲学的なことを考え始めたら、概念世界に登場する訳ですね。

「非人道的なことをした」、これは概念です。

「妊婦の腹を殴った」、これは現実です。

「馬鹿は嫌いだ」、これは概念です。

「フォークを5本持って来いと言われて3本持ってきて、それが何故かと訊かれても『わからなかったから』としか言わない人間とは、自分はなるべく関わらないようにする」、これは現実です。


いや……国語的な話をすると、もしそういうことが実際に起こったのであればそれは『現実』なのですが、これは飽くまでも例え話ですからね、どちらかと言えばこの場合に適切な表現は、『事実』なのでしょうけれども。

『真実』とは明確に意味が違う言葉としての『事実』です。法律用語の『事実』と言えば伝わりますでしょうか。つまり真偽を問わず、具体的事象全般を意味する言葉としての、従来の意味合いでの『事実』のことを言っています。

余談ですけれどね。


さて、ですから何か申し訳ないのですが、今回作中で久凪さんが色々と想いを巡らせていた問題、即ち『自分は善人か、それとも悪人か』という問題を、あまり重要なことだとは思っていないまま僕はこの小説を書きました。

善人か悪人かなどという概念はどうでも良くて、具体的に何をするのか、逃げるのか立ち向かうのか、他者を犠牲にするのか自分を犠牲にするのか、そういう現実と具体こそに意味と価値があるのだという理念の上で、善悪という概念を軽んじながら書きました。

ですからこの問題には、『そんなの解釈次第だ』という身も蓋も無い結論が出てしまうというオチがついた訳ですね。

本書はつまり、そんな肩透かしなのでした。


さて、今回から有料もしくは広告付きで投稿し始めた強化人間シリーズですが、この回を最後まで通して閲覧してくださった方には心からの感謝を致します。例え概念であっても、こればかりは有り難いと言わざるを得ません。

この強化人間シリーズは、終わりに近づくにつれて見所が多くなっていくというスロースターターな作品であり、ここまで読んでくれた人、特に第一章や第二章を読んでくれた人には、恐らく相当な気力を消耗させてしまったのではないかと思います。申し訳ない。

我ながら、物語序盤から爆発的に面白い小説を書けよとは思うんですが、この強化人間シリーズだけはこのスロースタータースタイルで作ると決めたので、もう少し付き合って頂けると幸いです。

もう少しと言うか、この辺りがこのシリーズの折り返し地点なので、もう半分くらいあるんですけれどね。


それでは次回の第五章……と行きたかったんですが、第五章は色々あるのでいきなりは良くないなと思い、その前に番外編のような章を挟むことにしました。

改めて、次回の閑話休題章、『ADFの特別休暇』のほうも、どうぞ宜しくお願いします。

PageMekuだと、いつもより少し安くなっておりますので。


池潮遺跡


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