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第四章 高層ビルと強化人間  作者: 池潮遺跡 - ikesioiseki -


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エピローグ


さて、その日はもう高層ビルの安全を確保した辺りで作戦を切り上げて、集合場所に皆で集まった後、迎えに来てくれたヘリに乗り込んでキャンプまで戻ることになった。

着陸していない状態のヘリにロープで引き上げられたのは、初めての体験だったけれど……これ降りる時よりも怖いぞ!?まさか、下降よりも上昇のほうが怖かったとは…!

あの高層ビルからの身投げによる落下体験を経たわたしに、尚も高所恐怖症を発症させてくるADFだった。

そうして一旦、長野県飯田市の外れにあるキャンプまで戻った訳だ。

その時点ではまだ静岡県の安全確保は終わっていない。あくまでも静岡県静岡市の安全を、大体確保しただけであって……だから次の日もその次の日もまた静岡県に向かって、その日みたいに各市町村を探索して、貪食獣を殲滅し続けた。

しかし当初の予想とは大きく違って、静岡県の安全確保にかかった時間は、ほんの1週間余りくらいで済んだのだ。

……いや、長いけれども。

でも当初の予想では、3週間くらいかかるんじゃないかって言われてたんだよ。それが1週間ちょっとしかかからなかったっていうのは、嬉しい誤算だ。

貪食獣があんまりいなかったんだよね。たまーに強いやつと遭遇したけれどわたし達の敵ではなかったし、あとはもうただ町中を見回るだけっていう、言ってしまえば観光みたいなものになっていたからね。

それは恐らく、あのヴリトラによる共喰いのおかげで……あ。

そうそう、ヴリトラ。あれはあれで、一体何だったんだ?

社大路さんの《霊魂置換法(サンサーラデーヴァ)》が発動した訳でもなかった筈なのに、無抵抗だった。不自然なまでの無抵抗で、大人しくやられてくれたという風にしか思えない。

一体、どういうことだったのだろう。

あの高層ビルの八階の壁に元から空いていた風穴だって、結局どうして出来た穴なのか判明しなかったけれども、ヴリトラは関係あったのだろうか?


「貪食獣はただでさえ謎の存在だというのに、更に謎は深まるばかりといった感じの展開になってしまって、これは君が悪いね、篠守さん」

「わたしのせいにしないでくださいよ」

「じゃなかった、そう……気味が悪いね、篠守さん」

「社大路さん、あなたもしかして、三沢さんっていう人と知り合いだったりします?」

「さあ?聞いたこと無いな。そんな黒いジャケットと青いシャツにジーパンを着用していそうな男の名前は」

「おいショタコン、絶対知ってんだろ」

「僕はショタコンじゃないよ。ただ親友に男子小学生しかいないっていうだけさ」


今はどういう状況なのかと言うと、静岡県の安全確保が完了して、さあ元いた駐屯地に帰るぞという感じで、身支度をしているところである。

身支度というよりも後始末か。具体的な内容は、弾薬の薬莢(やっきょう)の仕分けだ。県内の至る所で大量の弾薬を発砲して薬莢をばら撒いたのだから、それをある程度は片付けてから立ち去らないと、ここに帰ってくる予定の静岡県民に迷惑だろうということで、結局は薬莢の回収のために追加で3日間滞在することになってしまったのだったが、それももう終わりだ。

簡易的な入浴ができるとは言っても、隊服は2着を使い回しているし、洗濯もやはり簡易的だし、いい加減に臭くなってきた。早く帰してくれ。

とにかく、三支部の連合隊が解散するにあたって、回収した薬莢をバランスよく配分するために、現在は薬莢の簡単な仕分けを行なっているという訳だ。


「その親友とやらにも興奮してるんじゃないんですか?その供述は自分の無実を示すものにはなってませんよ?」

「いや『供述』て」

「社大路さん、一昔前に男子小学生を狙った誘拐事件が流行しましたけれど、どんな手口でしたっけ?」

「ああ、あれは酷かったね。よくある手口としては、男子小学生に対して『キャッチボールしてくれないかい?』とか言って、じゃあ安全な場所に移動しようかという話に持って行って、人目につかない場所に来たところでいきなり、すぐそばに仲間が運転するカーテン付きの自動車が停車してきて、一気に男の子を拉致するっていう感じだったんだよね。もうその時なんかはテクニカルな犯罪者が結構いてさ、男の子の口を塞ぐ時に、声を出しにくいように鼻を摘みながらその手で口を塞いだりとか、もう片方の腕で男の子の首を絞めたりとか、色々な工夫をする輩がいたもんだよ。首を絞める時もさ、全力で絞めるとすぐに落ちちゃって、デロンデロンに全身の力が抜けて持ち運びにくくなっちゃうから、微妙に加減して首を絞めるんだよね。男の子は意識が朦朧として力が出ないけど、それでも最小限の力は出てるから身体が強張(こわば)って、誘拐犯からしたら結構楽に持ち運べるようになるって訳だ。当時は活発だったり可愛らしかったりする男の子も多かったからね、中にはもう、運送中の車内で目隠しと拘束をされた状態の男の子の引き締まった太ももを、さわさわとまさぐるような特殊な輩もいたもんだよ。いやぁ酷かったなぁ」

「………………」

異常に具体的で詳細なことを話す、社大路さん……って。

待て待て待て……流石におかしいぞ……

え、こっこの人、なんっ、なんでこんなに詳しいの…?

まさかこの人、ガチで……


「…………」

まあそんな冗談はさておき、隣では馬垣くんも一緒に作業をしているのだが、今は何故だか寡黙である。いつでも誰かのボケにツッコミを入れてくれそうな、いつもの安心感のある気配がしない。

不思議に思って馬垣くんのほうを見てみると、彼はどうしてか、がたがたと震えていた。顔色も青ざめている。風邪でも引いているのだろうか?

「いやあ、でもあの頃の誘拐犯達も、結局は殆ど警察に捕まったんだから、この国の治安は元々相当良かった筈なんだけどね。街中の監視カメラの位置を常に把握して、顔が映らないようにしていたりとか、外出時は常に帽子とマスクと別の服を入れたリュックサックを装備していたりした輩もいたんだよねー。そう、最初から着用するのではなく、最初はリュックサックの中に入れておいて、いざとなったら監視カメラとかが無くて且つ鍵をかけられる個室とかに入って、その中で変装を済ませることで急場を凌ぐんだよね。本当に色々と工夫して、捕まるのを避けてた奴がいたもんだよ」

「その話、まだ続いていたんですか…?」

「あっはっは、そろそろお終いにしようかな。あ、馬垣くん」

「っ!?」

何故だろう。

馬垣くんが、びくっと身体を跳ねさせたのだが。

「箱が無くなったら、今度はこっちの(かご)に入れてね」

「あ、ああ……」

どういう訳かいつもとは打って変わって、堂々とした態度が微塵も感じられない、人見知りのような(しお)れた返事をする馬垣くんだった。


そんなこんなで、馬垣くんの面白い反応見たさにわたしはつい社大路さんから昔話を引き出してしまって、うっかりわたしも気持ち悪くなってしまいながら面倒臭い作業も全て終えて。

今度こそ自分達の諸々の荷物をまとめて、それが終わる頃にはもう既に、夜になっていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



皆、疲れているのが顔色に出ている。多分この中の過半数が、帰還中のヘリ内で寝落ちするのだろう。

最後に自衛隊?防衛省?のお偉いさんが壇上に立って、固定されたマイクで全ての隊員に労いの言葉をかけるみたいな、格式ばって行事めいたお決まりのそういう流れをやってから、三支部連合隊の解散を宣言したことで任務は終了となった。

さて、後は帰るだけだ。

「それぞれの各駐屯地への帰還は、30分後とする!」

と、特に準備することはもう無い筈なのに、それでもお別れまでの猶予を長めに作ってくれたのは、あるいは上層部の粋な計らいだったのかも知れない。

各隊の全員が集まることができるような広大な広場で、各自が自分の好きなように、他の支部の人と話したり同じ支部の人と話したりしているのも、そんな猶予があるからなのだろう。

そんな中を、わたしは独り、ぶらぶらと歩いていた。


「…………」

梨乃ちゃんは、畑田畑さんと話しているようだ。何だろう、後学(こうがく)のためとか言って、農業の理論でも教わっているのだろうか?

「…………」

荻原さんは、真鈴さんと一緒に……あれ?真鈴さんじゃなくて、目品ちゃんと一緒にいる。

……なんか抱き合ってる?ハグしてるんだが。

えーと、荻原さん、一体あの人はどういう……

いや、これは考えないようにしよう。

これはちょっと違う。考えちゃダメなやつだ。

「…………」

馬垣くんは……おや?


馬垣くんだけじゃない。隆谷寺さんも社大路さんも、あとは白銀さんとか左門さんとかも、一箇所に集まって何かをやっている。いや、上官の砂原さんとか枝倉さんとか、日倭さんとかもいるじゃん。

何してんだ?

「いけぇ!押し込めルイス!」

「いや、それは誘いだ!気を付けろ!」

「うおおお!?巧い…ッ」

「形成逆転!?あそこから!?」

……なんか、相撲みたいなことをやってた。

地面に引いた2本の直線の間で、隆谷寺さんと白銀さんが、手を出し胸を出し、押し合いをしていた。

体格差が相当あるが……

「いや、巻き替えた!?双差(もろざ)しになった!」

「双差しぃ!?いけるぞ!勝てるぞルイス!」

「……馬垣くん、何これ?」

「ああ篠守か!これは特別ルールの相撲だ。足の裏以外が地面に触れた場合と、自分の後ろに引かれている線を越えた場合にのみ敗北が成立するっていうルールで、ひたすら押し合いをしてんだよ。(まわ)しは無し、打撃技も無しだ!しかし、こんなに熱い格闘は久しぶりに見るぜ…!筋力最強の白銀ルイスと、技術力最強の隆谷寺愁弥が…おおっ!?」

不意に、場がどよめく。

「おおぉっ!?凄ええぇ!!!」

「まじかよ!?まじかよ!?」

「これが本物の武術家かぁ〜ッッッ」

隆谷寺さんが大技を決めたらしい。

まず、白銀さんが相撲で言うところの双差しを、隆谷寺さんが(かんぬき)をしている状態だった。

しかし隆谷寺さんの閂は決まりが悪く、そこで白銀さんが隆谷寺さんの胴体を抱き抱えるように両腕で締め付けて、そのまま強引に持ち上げようとした時、いつの間にか白銀さんの右足に隆谷寺さんの左足が内側から掛かっていた。

掛けられた足を外しながら体勢を立て直そうとする白銀さんだったが、その動きに合わせて隆谷寺さんは右腕を巻き替え、そこからさらに懐に素早く潜り込み、左腕で白銀さんの右腕を引っ張って体勢を崩したかと思えば、次の瞬間には右腕で白銀さんの左脚を(すく)い上げるように持ち上げていて、そのまま軽々と白銀さんを放り投げたのだった。

「何たる芸術的な攻めだ!相撲で言う舞○海のような華麗な内掛けからの切り替え技!」

「閂、左の内掛(うちが)け、右のおっつけからの右の巻き替えで頭をつけて、腕捻(かいなひね)り気味の内無双(うちむそう)を打つ振りをして呼び込んで、呼び戻しの要領で大股を打って決まり……っておい嘘だろ。どんな高等技術だよこれ、凄いなおい」

社大路さんや日倭さんもめっちゃ興奮して解説してる。

上官も一緒になって楽しんでるし。

あれ?隊員同士で(いたずら)に格闘するのって、規律違反じゃなかったっけ?なんで上官も一緒に観戦してるんだ?こういう押し合いしかしないのならば、これは例外ってことなのかな?

「もう一回やるか!?やるのか!?」

「どうする!?まだ時間はあるぞ!?」

アンコールのムードになってるね……

まあいいや。わたしはそんなに興味が無いし。


「…………」

「随分寂しそうにしてるなぁ、久凪ぃ」

「国栖穴さん」

結局、わたしが話す相手になったのが彼女だった。

よりによってだよ。こんな性悪(しょうわる)女に話しかけられちまったよ。

でも『いや、わたしは独りが良いんです』みたいなことを言うのも、なんか抵抗がある。仮に紛れもない本心だったとしても、あるいは嘘だったとしても、そういう発言ってちょっと人から馬鹿にされそうな感じだ。

ましてや、今目の前にいるのはADF屈指の性格悪い系キャラであるところの、国栖穴八束さんなのだから。

「おう何だ何だ?この状況に感慨でもあるのか?神妙な気分になってんのか?なんか変な気持ちになってきちゃったのか?ふぅ〜!かーわいーい!」

「クソうぜえ」

いやいや、ただ疲れてるだけですよ。

「その割には、随分と暗い雰囲気だけど?」

「わたしのト書(うらぶみ)と台詞を入れ替えるボケをスルーしないでもらえますか!?あと暗いのはいつも通りでしょ!根暗なんだから!」

「ぎゃはははは!そうだったそうだった!そもそもこの暗い感じが、久凪のデフォルトなんだった!かはははは!身も蓋も無え!」

「…………」

めっちゃ快活に笑うんだよな、この人。

わたしも性格は悪いのかも知れないけれど、わたしが暗くて性格の悪いタイプだとしたら、国栖穴さんは明るくて性格の悪いタイプである。

明るいだけ、国栖穴さんのほうがまだマシなのかも知れない。

ま、性格なんてどうでも良いけれどね。

どうせ変えられるもんでもないだろう。


「久凪、お前さ今さあ、性格は変えられるものではないとか思ってんじゃねーの?」


「え?」

え?国栖穴さんも読心術の使い手か?

「思ってません」

「そりゃ嘘だな」

「思ってませんって」

「嘘だろ?」

「嘘ですけども」

なんだこの人?

そういや国栖穴さんは医師免許を持ってるらしいけれど、医師免許っていうのは医学全般を一通り学んだ人間じゃなきゃ貰えないんだっけ?ならば精神医学の知識も国栖穴さんにはあるだろうし、その延長で心理学やメンタリズムを習得している可能性も……

いや、こじつけだなこれは。

普通に謎だわ、この人が心を読んできたのは。

「で、性格は変えられるって言うんですか?国栖穴さん。根暗が変わることがあるとでも?」

「一応、変わる可能性はあるってところだな。『性格』ってのは『気質』とは違って後天的に決まるもんだから、じゃあそんなにどうしようもねー問題という訳でもないってこった」

「いや、後天的に『決まる』んでしょう?一度決まってしまったら、そこから変えるのって難しくないです?」

「ま、難しいだろうな。でも不可能じゃない。特に若いうちは、自分の精神構造を改編する能力である心理的フレキシビリティが高いから、変わる可能性は相当ある。性格なんてのは結局、環境への適応に過ぎないんだからな」

「……『性格は環境への適応』っていうのがよくわからないんですけど」

じゃあわたしのこの性格は何に適応したんだよ。

「あん?だから、そういう性格じゃないと生きていけない環境で生きてたら、そういう性格になるだろっていうだけの話だよ。身を置く環境によって、生き残るために必要な行動基準ってのは違うだろ?そして人間は、自分の行動と気持ちの矛盾を嫌うように出来ている。だから、そういう風に行動せざるを得ないという状況が長く続けば、そういう風に行動することを正しいと感じるように、自分の中で感性や価値観が()じ曲がっていくんだよ。その結果として出来上がるのが『性格』だ。ま、『捻じ曲がっていく』なんていう表現は、違う環境で育った人間から見た時の主観に過ぎねえんだけどな。かははっ」

「でもでも、一定の環境内でも性格は多様だと思いますが」

「だからそれは、本来ある『気質』が、本来あるように性格として発露してるだけだろ。つまり、『そういう性格でも生きていけるし、そういう性格じゃなくても生きていける』っていう性格については、気質次第で自由に獲得したり獲得しなかったりできるんだよ。そこは多様性だな、多様性多様性。かかっ、我ながら、『多様性』とか言って……くっくっく。多様性に依存し、淘汰でしか進化できないという地球上生命体の不完全性を表しているのがこの言葉なんだってことを、理解した上で言っている人間はどれくらいいるんだろうなぁ」

「はあ」

この人はこの世の摂理について語る時、必ずと言っていいくらい、どこかにニヒルな言い草を挟むんだよな。

「まあ要はアレだ、若いうちは特にそうだし、若くなくてもそうだけど、とにかく『こんな性格じゃないと生きていけない』っていう環境で生きていれば、そのうちそんな性格になるんだよ。そうやって性格は変えられる」

「そう上手くいきますかね?」

「もしくは、生きていけなくて死ぬかだ」

「リスクを伴うじゃねーか!」

そんな気はしてた。そりゃあこの論調だったら、その環境に身を置くと、性格が変わるか死ぬかの二択だからね。

第一、その理論では性格が変わることの説明にはなっても、わたしの根暗が気質ではなく性格による特徴だということの説明にはならない。

「いや別に、生きられないことと死ぬことは、違うと思うけどな」

「まあ、うーん、それはまあ、そうかも知れませんが」

死ぬよりも辛い状態がずっと続くなら、それは確かに、生きているとは思い難いけれども。

まあいずれにせよ……こんな抽象的な話を聞いたところで、わたしの根暗が変わる見込みがどこかに生じる訳ではないね。

ただの無駄話でしたとさ。


そんな風に、結局は適当にその辺の人と無駄話をするくらいしかすることも無く、他支部の人達との別れの挨拶もそこそこに、そのまま30分が経過した。

だから、特にこれと言ってドラマチックな台詞を誰かと交わすような展開になる訳でもなく、何か大きな謎が明確に判明する訳でもなく、三支部はそれぞれの支部の大型ヘリに乗り込んで、それぞれが元いた駐屯地に向かって離陸したのだった。

特に、これと言って心境の変化も無く。人間関係の状況の変化も、新たにこれからの課題となったような事柄も、あんまり無く。

ただわたしやみんなが狂っていることが判ったくらいで。

でも実際、世の中そんなもんだ。

人生って、そんなもんだ。


いや、わたしだってタダで終わりたくはなかったんだよ?

実は最後の最後、解散の前にもう一度だけ隆谷寺さんに接触して、あの時のことを再び問い(ただ)してはいたのだ。

しかし収穫が無かったのだから仕方ない。

「あの、隆谷寺さん。そろそろはぐらかさないではっきり言って欲しいんですけれど、高層ビルでコーラーを仕留めたあの時、どうして涙を流していたんですか?」

「答えたくないから答えなーい」

「えー……」

うん……確かに、はぐらかしてはいないし、はっきり言ってはいるんだけれども。


そんな感じで、何一つ謎が解明されないままに終わってしまった訳であった。

ま、別にそれは良いよ。

どうしてもわからないことは、考えないべきだし。

どうしても知られたくないと誰かが思っていることを、強引に知ってやろうとも、考えないべきだ。

わからないことを、気になったとしても放置する勇気。

知らないことを、気になったとしても放置する覚悟。

隆谷寺さんが答えたくないと言うのなら、わたしはそれを知らなくて良いし、いつか彼が自分から話してくれる時が来たならば、わたしはそれを聞けば良い。

これはただ、それだけのことである。


「あとどれくらいで葉川駐屯地に着くのでしょうか」

「まだ長い筈。梨乃ちゃん、眠いなら寝ちゃっても良いのよ?着いたら起こすから」

「…………」

帰還中のヘリの中では案の定、寝ている人が多い。

しかしわたしの正面にいる梨乃ちゃんは、頑なに眠ろうとしない。さっきから(まぶた)が閉じかかってきているのに、全霊で我慢している。

まるで、もし自分が寝落ちしたらその無防備な自分に良からぬことをしてくる悪人が、目の前にいるかのような必死さだ。

「んぁぁぁ……なんだ、もう夜か」

「寝る前から夜だったでしょ、国栖穴さん」

国栖穴さんが起きてしまった。

もうずっと寝てろよ。面倒くさいよこの人と喋るのは。

「なあ、久凪ぃ。あたしは今のうたた寝で頭ん中が整理されて、一つの収穫を得たんだぜ」

「そうですか、よかったですね」


「まあ聞けよ。あたし、気付いちゃったんだけどさぁ、あの時隆谷寺の奴が泣いてた理由ってさぁ、あれ、多分コーラーが…」


「いやめろおおおおおおおお!!!」

「ぐっ!?んむー!ぶはぁ!何すんだよ久凪!?いきなり口を…んー!んー!?はぁ!?梨乃まで…!?何すんだお前ら!?やめろぉ!何すん…離せコラァ!!!」


……まあ、強いて言うなら。

空気を読まない人との過ごし方が、これからの課題である。

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