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第四章 高層ビルと強化人間  作者: 池潮遺跡 - ikesioiseki -


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16/19

知らなくていい事もある

「久凪ちゃん!死なないでよう!死なないでよう!」


あ、ああ……

あれ。声が聴こえる。


「あー、目品ちゃん?生き残ってた化け物は全部始末しといたんだけど」

「そんなことより久凪ちゃんが目を覚さないんだよう!どうしてそんなに冷静なの!?もう助からないの!?諦めちゃうの!?」


何だっけ。

聞き憶えのある声だ。

わたしは、何をしてたんだっけ……

わたしは……

確か、静岡県に向かって……


「いや、だってその子、不死身…」

「こうなったらもう、楽にしてあげるしか無い…!」

「ええ!?ちょっと!?待ちなさい待ちなさい待ちなさい!なんであんたが諦めちゃうのよ!判断が早すぎるって!」

「久凪ちゃん、安らかに眠ってね…!」


っ!?


「うわああっ!?」

「あ、起きた」

「久凪ちゃん!」

「な、何!?何!?」

何かただならぬ非倫理的な予感に、わたしは急に目を覚まし、がばっと上半身を起こした。

傍らには、再冉(ふたたしな)目品(めじな)ちゃんと荻原(おぎはら)萩原(しょうげん)さんがいた。

更に少しだけ距離を取った位置に、カジキ狼(長野市で遭遇した奴ら)が控えている。荻原さんの眷属だろう。

「うわあ!久凪ちゃんが目を覚ましたよう!」

見た目がロリすぎる目品ちゃんが抱き付いてきたことによるちょっとした興奮によって一瞬忘れそうになったが、しかし問題はわたしの周囲に漂っているにおいだ。

何だ?このにおいは。

いや、これ……まさか。

「……篠守ちゃん、一応、水を飲んどきな」

荻原さんが水筒を差し出してくる。

確かにわたしも、何だか変な気体を吸い込んでしまったかのような気持ち悪い感覚に襲われているので、言われるがままに水を飲む。


「あのねぇ目品ちゃん、何もいきなりトドメを刺しにかかることは無いでしょう?」

「今のは冗談なんだよ」

「その演技力じゃ紛らわしすぎるんだけど」

「え?あの、と、トドメ?」

「全く……焦ったわ。まさか(おもむろ)に、高純度のエタノールを篠守ちゃんの口の中に注ぎ込むような素振りを見せるなんてね」

「え?え?」

「いやぁ、96%の器物消毒用エタノールの出番が全然回ってこないから、おふざけに使っちゃおうかなって……」

「スピリタスでしょそれ!」

「ま、まさか……あの、目品ちゃん?わたしにスピリタス飲ませようとした?」

「うん。実際に飲ませるつもりは無かったけれど、においはちょっと嗅いじゃったかもね!」

「………」

いや、多分、ちょっとどころじゃないよ?

今結構、エタノールガスを吸引しちゃってるよ?気持ち悪いんだが?わたし未成年なんだが?目品ちゃん、未成年に96%のエタノールガスを吸わせたの?

えぇなにこの人怖い……

この二十歳の人怖い近寄りたくない……


「ありがとうございます、荻原さん」

「うん。……ん」

「……???」

「久凪ちゃん、どこか痛むところは無い?」

「……???」

水を飲み終えて、わたしがその水筒を荻原さんに返したところ、その水筒のわたしが口を付けた部分に、狙ったかのように口を付けて水を飲み始める荻原さん。

『どこか痛むところは無い?』とか言いながら、やたらとわたしの身体をべたべた触ってくる、不自然なくらいに色んなところを触ってくる目品ちゃん。

何だ…?何だこの状況は…?


「……あ」

なんか色々と怪しくて如何(いかが)わしい状況だったから忘れそうになったのだが、その直後に周囲を見渡して、辺り一帯に広がる死骸の絨毯(じゅうたん)を見て、今更思い出した。

「そうだ、ヒトガタ!じゃなくて、えーと、ヒトガタはわたしが今減らしたから、あとはアレ……親玉の、『コーラー』が……あの、皆は!?他の皆はどうなりました!?」

「オーケイ。慌ててはいても、記憶ははっきりしているわね」

わたしの焦りが見当違いであるかのように、わたしとは対称的に落ち着いて、荻原さんは言う。

「大丈夫。現在、交戦中よ」

「交戦中じゃねーか!」

「できる限り早くビルの中に行くわよ」

「火急じゃねーか!」

じゃあさっきののんびりした空気感は何だったんだよ!


「あれ?荻原さんって第三班ですよね?」

「そうよ。要請があったから助けに来た」

「でも、第三班の他の人達はどうしたんですか?」

「先にビルに入って行った。ここにいるのは私と篠守ちゃんと目品ちゃんと、そこにいる上官だけよ」

「え…?うおっと!」

『そこ』ってどこだよと思いながら後ろを振り返ると、わたしの背後に、普通に上官がいた。

こちらに背を向けてしゃがみ込み、じっとしているが……黙々と、何か作業でもしているのだろうか?

「まだかしら?もう全員、行けるわよ」

「ちょっと待て、もうちょっとで終わるから」

荻原さんの呼びかけに、しかし上官は動かない。

「……何してるんですか?」

わたしは上官に訊いてみる。

「精神統一よ」

上官の代わりに、荻原さんが答えた。

「精神統一?何のですか?」

「あー、その……鎮静のための」

鎮静?心を落ち着けるため?いや、精神統一っていうのは大抵そういうもんだと思うけれど。

「いや、ここに落ちてきた篠守ちゃんね、落下の衝撃で全身を脱臼してたのよ。この人はそれを見て、ちょっと気持ちが荒れちゃったらしくて」

「え……」

そんなことになっていたのかわたしは……あの高さから地面に叩き付けられたら、そりゃそうなんだけれども。

じゃあ、目品ちゃんの異能で治してくれたのか。

えー、めっちゃ助かる。うわーめっちゃ有り難い。

目品ちゃん大好き。愛してるよ。

「よく荻原さんは平気でいられましたね」

「いや、あたしにはそんな趣味無いから、そりゃ大丈夫よ」

「……はい?」

何を言ってるんだ…?『趣味』?

「……目品ちゃん、どういうこと?」

「え、えーと、あのー……あの上官のおじさんは久凪ちゃんの全身脱臼した身体を見て、こう…その…こ、こう」

「再冉ちゃん。言わなくて良いこともあるの」

「……そうだね」

「篠守ちゃん、知らなくて良いこともあるの」

「あ、ああ……はい……」

知らなくて良いことだったのか!オッケイオッケイ!了解了解、今の一連の会話は無かったことにしよう!


ともかくその三人と一緒に、わたしは再び高層ビルの中へ小走りで入った。

他の人はもう入っている。元々このビルの中にいた第一・第二班だけでなく、第三班の真鈴真鈴(ますずまれい)さんも髭根まいさんも谷貝居萱(やがいいがや)さんも、もうこのビルの中に入って戦っている。

最初に入った時と比べると、随分気楽な突入であった。それは、先程あんなことがあって高所恐怖症が麻痺しているからという理由だけではなく、一刻も早く戦いに戻って皆を守りたいという気持ちも手伝ってのことだったのだろう。

皆の盾に、進んでなりたがるなんてね。

わたしはおかしくなってしまったのだろう。

きっとそうだ。


「確認だけれど篠守ちゃん、今他の人達がいるのって、何階だっけ?」

「わたしが飛び降りる前は二十階にいたらしいんですど、今どこにいるのかはわかりません!でも多分、それより上の階だと思います!」

「ご明察。今は二十五階で戦ってるわ」

「知ってるんかい」

「だから確認だって言ったでしょ」

「わたしが確認される側だったんかい」

「相当、階段を上ることになるわ。脱臼を治したばかりのあんたの脚じゃ、ちょっとキツいかもね」

あ、そうだった。こりゃ大変だな。

あれ?

でも、力づくで関節を嵌め込んだとかじゃなくて、目品ちゃんの《倍速再生》で脱臼を治してもらったんだから、関節の状態は完全に元通りになっているのでは?

「あれ?わたしの異能って、完全に治しきれないんだっけ?」

「そうよ、再冉ちゃん」

待て待て!目品ちゃんが、自分の異能のことをわからなくなっちゃった!しかも荻原さんが、何故かそれについて断言したぞ!?

どういうことだ!?怪しいぞ!?

「荻原さん、冗談とかじゃないですかそれ…?」

「いやいや、本当本当」

この人は、何か、何かを……

わたしは、もしかして何か、騙されて……

あ。

まさか。

まさかこの人……


「だから篠守ちゃん、私があんたを抱き抱えて階段を上れば済む話よ。なるべく関節に負荷のかからない、例えば……お姫様抱っことかで」


走りながら、前を向いたままわたしに言った、さりげなさを装ったその提案を聞いて、確信を得て。

走りながら、前を向いたままわたしは答えた。


「結構でーす」


この場面について語ることは、これが全てだ。

言わなくて良いこともある。

知らなくて良いこともある。

さて、次の場面に移ろう。

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