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第四章 高層ビルと強化人間  作者: 池潮遺跡 - ikesioiseki -


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孤軍苦闘 (2)

さて、既にちょっと後悔してるぞ。


「うぐっ!ぐっ…!」

無数のヒトガタがわたしを取り囲み、揉みくちゃにして、わたしの身体の至る所をがぶりと咬んでくる。

鋭い爪で、何度も何度もわたしを引っ掻いてくる。

もしわたしが着ているのが防刃・防弾仕様のわたし専用の特別な隊服でなければ、わたしの服は今頃跡形も無くなっていただろうし、わたしが《不壊(ミョルニル)》の異能を持たなければ、わたし自身は挽き肉だったろう。

あまりにもキリの無い痛み、あまりにも打開策の無い苦痛に、わたしは目を強く閉じずにはいられない。

今はただ壁際に立って、うずくまるようにガードを固めながら……

やはり、壁を殴り続けているだけだ。


「ーーー!ーーー!」

今更だが、このヒトガタ達は声を出さない。ただし、わたしを必死に攻撃し続ける強い意志は、その激しい息遣いから察せられる。

それもそうだ。

わたしが、壁を殴るのをやめないんだから。

「……へっ」

そんな必死になって、わたしを攻撃しちゃって。

そんなに、この壁が大事か?そんなに親玉を守りたいのか?この辺りにはもう、親玉であるところのコーラーはいないと言うのに。

そんなに、ルールに従うのが好きなのか?

壁を殴る人間を攻撃することが、何よりも優先なのか?

だったら好きなだけ、ルールに従うが良い。

わたしはここで、好きなだけ……

「ぐぁッッッ!」

ヒトガタの鋭い爪が、わたしの眼に入った。わたしの眼を思い切り引っ掻きやがった。わたしでなければ一発で失明するだろう。

「うっ!」

わたしはそのまま押し倒される。そのわたしの上にのしかかって、再び咬み付く引っ掻くの猛攻をわたしに浴びせ、一部には踏み付けてくる奴まで混ざっているヒトガタ共だ。

しかしてその動きには(まと)まりが無く、ヒトガタ同士の連係はまるで成ってない。お互いに邪魔になっている様子で、そもそも互いに協力しようという気持ちさえ感じられない。この程度の相手には、何ならわたし一人でも勝てるわ!

いやごめんそれは嘘。

でも、例えば今わたしの身体の上に乗っている、このヒトガタ。

さながらいつぞやの隆谷寺さんのように、わたしにこれから乱暴しようとしているが如くのしかかっているこいつは、しかしその状態をキープしようともせずに、衝動のままわたしに咬み付こうとしてきた。

そんな隙も見逃してしまう程に、わたしはもう素人ではない。

「ふんっ!」

「???」

ヒトガタが咬み付いてこようとして、わたしの下腹部から腰を上げたその瞬間を狙って、わたしは膝と手でヒトガタの股を押し上げるようにし、その反動で後ろ向きにヒトガタの股下をくぐり抜けた。

いや、流石にわたしも失礼過ぎたな。『さながらいつぞやの隆谷寺さんのように』って、いやいや、彼がこんなに弱い訳が無いじゃないか。

彼のマウントからは絶対に逃れられないこのわたしが、こんなに簡単に、容易に、あっさりと抜け出せるのだ。

やはり弱いんだよ、この烏合の衆どもは。

「だああぁ!」

「ーーー!」

格好が付かないのはどうでも良い。

どこか情けないような声を上げながら、わたしは必死に、わたしこそ必死に、またしても壁を殴る。

ヒトガタそっちのけで殴りまくって、拳はもう真っ赤だ。


「ー!ー!」

敵の増援が来た。

部屋の入り口から、またしても数匹のヒトガタが入ってきた。

……然るに、だ。

最初こそ大勢のヒトガタが一斉に這入り込んできて、更に追加でヒトガタの増援がちょくちょく駆け付けてくる状況がずっと続いていたが、今視界の端に映った増援どもの数は、たったの2匹だけだった。

最初は何十匹という数が押し寄せて来たのに、それがさっきから徐々に減っていて、今じゃ一度に来る増援どもは2〜3匹くらいだ。

やはり、こうなるか。

あまりの予定調和に、わたしは思わずにやけてしまう。

「んぐっ!?」

にやけ顔が、壁に押し込まれる。背後からヒトガタがのしかかって来て、わたしを壁に押し潰すようにして動きを封じてきた。

顔が痛い……とは感じないくらいに痛覚は麻痺してきているものの、寄りかかられて身動きが取れなくなってしまっているのも事実だ。

ちょっとまずいか?

使うか?

よし使おう。

「ーー!?」

「げほっ、げほっ」

煙幕弾…スモークグレネード。

身動きが取れなくなったら使えって言われたから使った。

「ごふっ…ぐふふっ!」

「ー!」

その状態で暴れてみたら抜け出せた。

ヒトガタによる押さえ込みから抜け出し、素早く立ち位置を入れ替えたわたしは、気持ち悪い笑い方をしてという訳では決してなく、ただ咳き込みながら、今度は逆にヒトガタを壁に押し込む。

当然、押し返してくるだろう。

こいつらは知性が無いから、反射的に、考え無しにね。

でも、それがわたしの目的である。こいつをわたしが壁に押し込んでいるとは言っても、更にわたしの後ろから別のヒトガタがわたしを押し込んできているのだ。

状況を考えず、ただ何となく、さっきまで押し込んでいたから今も押し込んでいるというような、さながらかの有名な思考実験『五匹の猿の実験』における猿達のような愚かさで、闇雲に押し込んできているのだ。

前からも押し返され、後ろからも押されて、だからこそわたしはバランスを維持できる。

安定した姿勢のまま、わたしが身体で当たっていくように目の前のヒトガタを押し込んでいく合間に、しれっとその向こうの壁を殴ることができるのだ。

これは予め考えた作戦という訳でも、戦いながら思い付いた案という訳でもなく、後から考えれば、そう言えばこの時のわたしはこんな合理的な動きをしていたんだなあという話であり、つまりは無意識でのことだったのだが……どうやらわたし、結構強くなっているみたいだ。

そう言えばもう、かなりの場数を踏んでいることになる。異能の性質上、生き延びていること自体は当たり前なのだけれど、『ADF所属の生存者』の肩書きは、いつからか伊達ではなくなっていたらしい。

実はADF、結成当初の人員の半分以上が既に殉職している。


ーーーと。その辺りで。


「!」

部屋の隅からだった。

わたしが今ヒトガタと悶着している場所とはかなり遠い位置の隅のところから、爆音が鳴った。

伴って、大きな光が一瞬だけ部屋を満たす。爆音であることは疑いようもないが、詳しい人ならお察しの通り、それは爆弾とは少し違う物だ。

壁を殴り始めてから起動しておいた、『タイマー』。

そんな呼び方は隠語みたいなもので、その実態は時限爆弾であった。いや……時限爆弾というより、時限閃光弾か。

そう、フラッシュバングレネードだ。即席で工作した、フラッシュバングレネードによる時限爆弾。

そうか、あれが起爆したということは、もう2分経ったのか。

長かったような短かったような……とは、今回は言うまい。

長かったよ。間違いなく。


「こんな下手くそで馬鹿で弱っちい貪食獣の相手なんて、退屈で退屈で気が遠くなってたわ!」


言いながら、わたしは走り出す。否、周りにいるヒトガタに揉みくちゃにされながらなので、走ると言うよりは()を掻くような(もが)くような力づくでの移動だったけれども、とにかくわたしは部屋の奥に全力で移動し始めた。

そう、部屋の奥の壁にぽっかりと空いた、大きな風穴に向かって。

「ぐぐ…!」

「ーーー!」

……いや、誤算だったか。

壁を背にして闘っていれば、少なくとも攻撃は180°の角度からしか受けないが、大穴に向かって動き出した今の状況だと、普通に360°どこからでも攻撃を受ける訳で、本当に動きにくい。

後ろからのしかかってくる奴もいるのだ。前に倒れそうになる身体を、何とか目の前にいるヒトガタに掴まることで立て直す。

あ!そうだ!余裕が無くて忘れるところだった。

こいつらは壁や天井に張り付くことができる。

だから、このタイミングでもう一つのスモークグレネードを使わなければならないんだった。二つ目は絶対にこのタイミングまで取っておけと言われていた、このスモークグレネードを。

「くぁっ!」

まずい。

スモークグレネードを懐から取り出そうとして、目の前にいるヒトガタから片手を離した瞬間に、背後からののしかかりに耐えられなくなって、わたしは床に崩れ落ちた。

しかし、大穴まではあと少し。あと数メートルだ。

この距離ならば、むしろここでうつ伏せに倒されたことは、好都合と言って言えなくもない。

わたしはスモークグレネードのピンを抜き、目の前にそっと置いた。外に転がり落ちないギリギリの位置であるこの位置に、そっと置いて、それが起爆して。

「ー!?」

「っ???」

やれやれだ!さっきもスモークグレネードは披露したのに、こいつらはさっきと同様に動揺してくれるから楽しいぜぃ!

わたしは立ち込める煙幕の中、のしかかりから抜け出して、今度は穴から遠ざかるように部屋の入り口のほうに移動する。

逃げるためではない。

勢いを付けるためである。


「ほら!こっちよこっちぃ!」

なんだか楽しくなってきたかのような錯覚を起こしている自分に危機感を持つ余裕も無く、わたしは壁をバンバン叩きながらヒトガタを呼ぶ。

わたしに襲いかかろうと、さっきまでは大穴付近にいたヒトガタ達は、その声と音に一切に振り返り、大穴の反対側にいるわたしに向かって襲いかかってくる。かなり広い部屋をチョイスしたとは言え、それでも部屋をギチギチに埋め尽くすようなこいつらをこうして一歩離れたところから見ると、この光景は圧巻と言う他ない。

今すぐにでも逃げ出したい。例えばそう、わたしのすぐ後ろにある出入り口から部屋の外に出て、そのまま部屋のドアを閉めて閉じ込めてしまうとかでも良いんじゃないかと思ってしまう。

でも駄目だ。鍵がある訳でもないこんなドアを、わたし一人の力で開けさせないように押さえ付けるのは無理がある。この数のヒトガタになら、すぐに力で押し切られるだろう。


だからわたしは、ヒトガタに向かって突進した。


いやごめん、それは半分嘘だ。真っ向からヒトガタに突撃したのではなく、一旦わたし自身がフェイントで左に動いてから急に右に走り出して、ヒトガタの集合体の右側をすり抜けて部屋の奥に行こうとしたのだ。

一度左に動いたわたしに反応して、全てのヒトガタがわたしから見て左に動いたことで生じた、右のほうの隙間に、わたしは全速力で突貫する。

「ー!」

「ぅ…!」

ヒトガタは急接近しながら引っ掻いてくるし、わたしもわたしで壁に身体をぶつけるし、散々な目に遭いながらも、何とかわたしはその隙間を通り抜けて、再び部屋の奥のフリーになった大穴へ向かって全力で走り込んだ。

1on100でバスケットボールの試合をしてる気分だ。

大穴、もしくは風穴。しかし『風穴』とは言っても、今に限っては風が無い。煙が風に乗って霧散することは殆ど無い。だからその大穴は、まだ煙幕がかかったままだ。

気分はバスケットボールの試合、とは言ったが。

しかし、わたしが投げるのはボールではなく自分自身の身体であって、投げる先はバスケットではなく……


「ああああぁぁ!」


追いかけてくるとんでもない数の足音に対する感情もあったが、わたしはそれとは別に抱いていた恐怖に声を上げた。

わたしの目の前には、未だ煙幕の晴れない、何も知らなければそこにも壁があるかのように思えてしまうような、しかし実際はビルの外まで開通している筈である、煙に隠された大穴が存在している。

何も知らなければ、そこに穴があるとは気付かない穴。

もしくは。

学習能力が無ければ、知っても忘れてしまうような穴。


満を持して、わたしはその穴に飛び込んだ。

二十一階、推定80m以上の高さから、飛び降りた。


「うああああああああああああああ!!!!!!」


思わず絶叫しながらも、わたしは抜け目なく後方を確認する。あるいはたまたま視界に映っただけかも知れなかったが、とにかく狙い通り、本来ならばビルの垂直な外壁を歩いて移動できた筈のヒトガタどもが、わたしを追って次々と、文字通り後追い自殺のように落下しているのが確認できた。


これが狙いだったのだ。

これぞわたしの真骨頂。

死なば諸共、共倒れ。

道連れの集団自殺。

ただし、わたしだけは死なない!


……って言ってもね。


「ぎゃああああああ!いやあああああ!うぎゃああああああああ!!!」

やばい!めっちゃ後悔してる!やるんじゃなかった!どうして!?どうしてこんなことにぃ!!!

「誰かぁ!梨乃ちゃん!御水見さん!誰か受け止めてよおお!!!どうして誰もいないんだよおおお!!!」

何を提案してんだわたしはぁ!!!

何を容認してんだあいつらはぁ!!!

「うああっ!!!うあっ!!!うっ!!!ああああああああっ!!!」

呼吸がままならないけれどそんなの些事だ!

なんでわたしはこんなことをしているんだ!?

なんで皆こんなことを許可したんだ!?

狂ってる!全員狂ってる!

ようやく目が醒めたよ!奴らはなんと憐れな子羊達か!そもそも今思い出したけれども!わたしが本当に飛び降り自殺をしても死なないかどうかなんてわからないじゃんか!やったこと無いんだから!

銃弾で撃たれても無傷だなんて言っても、ひょっとしたら全身が一度に大きな衝撃を受けた場合は何らかのダメージが残るかも知れないじゃないか!

ああっ!?そう言えばわたし、骨折することは無くとも脱臼することはあるんじゃなかったか!?前回の話では確かそれで膝の関節を……ひっ、ひいいいいいい!!!

「嫌だああああああああぁぁぁ!!!ひいいぃぃぃ!!!ひゃあっ!?うおおおおお!?」

下を見る恐怖に負けて、わたしは何とかじたばたと踠いて暴れ回り、偶然まぐれで何かしらの現象が起こったことによって、猫が空中で身体の向きを変えるが如く、身体を仰向けにして上を向くことには成功したのだけれども!

上を見ても、とんでもない数のヒトガタがわたしを追いかけて落下してくる光景しか見えない!しかもこいつら、空を覆い尽くしてしまって全く見えなくするレベルの膨大な量だ!

どっちを見ても地獄だあ!!!

「ぐわあああああ!!誰かっ!誰かあっ!!!」

普通誰かが助けてくれるじゃん!!!『わたしだけがやらないと意味が無いんですよ、だから一人で飛び降りるので、他の人はコーラーの処理に集中してください』とか言っただけで、本当に誰も助けてくれなくなるなんておかしいよこの組織は!!!

おかしいよあいつらまじで!!!


「ぎゃああああああ!!!ぎゃ…」


されども80m。

地面との衝突は、意外とすぐだ。

わたしはあまりの恐怖に時間の感覚を忘れ、上を見ていたということもあって、地面との衝突のタイミングが予測できなくなり。

気付けば、地面に叩き付けられていた。

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