詰まらない将棋
「篠守を追う感覚に似てるな」
「馬垣くん、私語をするなんてとんだ不良ね。あなたはいっつもそうよ。今日の任務中だって私語ばかり」
「おい篠守、言うに事欠いて私語を指摘し始めたら終わりだろ。お前の立場でそれについて指摘することは不可能だ」
「いや、わたしは指摘する。不可能を可能にしてみせる」
「本当の怪物はすぐそばにいたのか」
何故この土壇場にきて、呑気にいつも通りのお喋りをしているのかって?それは、打つ手が無くて途方に暮れているからだよ。
「逃げ足はえー」
「うん、うまいね。武術家の俺から見ても良い逃げ方だ」
「え!?まさか隆谷寺さん、武術に逃げ方とかあるんですか!?教えて!教えてください!」
「食い付くな篠守。どんだけ逃げることに人生賭けてんだ」
とにかくあの『親玉』、逃げ足が速い。
速いし、逃げ方が巧妙だ。ただまっすぐ逃げるのではなく、こちらの気が抜けるタイミングで急に逆方向に逃げ出したりする……らしい。隆谷寺さん曰く。
それに、問題は親玉自体の動きだけではない。
「また来たよ……」
「うわー……」
親玉を追いかけ始めてから、ヒトガタがわたし達の追跡を邪魔するように、どこからともなくうじゃうじゃと集まって来るようになったのだ。
やはりこいつら、親玉の意志で動く駒のようなものなのか。
別にこの程度の相手なら、動きを見切ってしまえばそこから先は作業の如く蹴散らせるのだけれど、なにぶん数が多い。
物理的に肉の塊が沢山あるから、全て殺したとしても、こいつらの死骸が邪魔で道を通りにくいのだ。
何という妨害。
何という物量作戦か。
「しかし親玉は、なんでヒトガタをあんまり俺達の近くには産み出してこないんだ?」
馬垣くんが疑問を呈する。
確かに、さっきから足止めをしてくるヒトガタどもは、殆どが普通に廊下を走って集まってきた奴らだ。
『親玉』がヒトガタどもを産み出せるのなら、自分の近くに産み出して、わたし達の目の前の壁から這い出させれば良いじゃないか。
「完全な憶測だけれど、もしかして、各階でヒトガタを産み出せる頻度はそれぞれ決まっているのかしら?1階につき、1分間に1体までとか」
わたしは適当に言ってみる。
この期に及んで女の子ぶった口調で言ってみる。
「つまり、1分間に2体産み出そうと思ったら、2つの階で同時に産み出さなければならないし、1分に20体産み出そうと思ったら、20の階で同時に産み出さなければならないという風なことを言っているのですね?」
「そうそう、流石は梨乃ちゃん。一を聞いて十を理解してくれるなんて、本当にありがたいわー」
「相手の理解力に頼ろうとしないでください……、えーと、それだと親玉がそうなっている理由の部分に説明が付きませんが」
「あ、それそれ。これは皆さんに言いたいんですけれど、『親玉』っていう表現はちょっと良くないと思うんですよ。そういう一般名詞は、これから先もどっかで使うことになるかも知れないじゃないですか?そうなると紛らわしいですよね?なので、もうちょっとこう…横文字とかを使った、紛らわしくない言葉で……例えば、ヒトガタを呼び寄せるから、『コーラー』とかっていう言い方で呼んだほうが良いと思うんです」
「文章量で話を逸らす作戦だろうが、俺は忘れてねえぞ。『親玉』だか『コーラー』だかが、階ごとに召喚できるヒトガタの数に制限がある理由について話していたんだ」
「篠守さん、例えば『親玉は実はこの一体だけではなく、各階に一体ずついるんだ』と仮説を立てたとして、それでは親玉の気配を探れる隆谷寺さんが一階にいた時に気配を感じなかった理由に説明が付きませんし、そもそも一階でヒトガタに遭遇しなかったことにも説明が付きません」
「久凪、ぞんざいに仮説を立てて場を乱そうとしてんのか?まさか、お前が真犯人なのか?」
「…………」
こいつら……
この期に及んで、わたしの話題すり替え術を無効化してきやがった…!割と大事な話にすり替えたのに…!
馬垣くんは全然かかってくれないし、梨乃ちゃんはわたしがしようとしていた言い訳…じゃなくて主張を先読みしてくるし、国栖穴さんに至っては意味不明だし。
改めて考えたら、国栖穴さんはどうしてわたしを真犯人に仕立て上げようとするんだよ。何だよ真犯人って。
「さておき、『コーラー』って呼び方に統一するのは別に良いと思うよ。『親玉』は流石に、今後も登場する可能性が高すぎる単語だからね」
おお!隆谷寺さんが助け舟を出してくれた!優しい!
「隆谷寺さん、特別にわたしの靴を磨かせてあげます」
「あー、やっぱり久凪ちゃん、考えてみれば君の案は微妙だな。『親玉』を『コーラー』にしたところで、別に『コーラー』だって他に出てくる場面が無いとも限らない言葉なんだし、五十歩百歩みたいなものなんじゃないかな?この先どんな貪食獣が登場するかわからないよ?」
「や、やっぱり隆谷寺さんにはもっとちゃんとしたお礼が必要ですよね!そうだ、じゃあわたしの艶かしい肉体を……」
「久凪ちゃん、やっぱり君が真犯人だったんだね」
「もとい、わたしに武術を教えてください!いやあ、わたしってば武術に興味があるんですよねー!もうどんな打撃技でも投げ技でも実践しながら教えていただきたいです!」
「……よし、それで許そう」
とんだ意趣返しを食らってしまった。
一体何をしているんだわたし達は。
「それでまあ、じゃあ『コーラー』に呼び方を変更するとして、コーラーをどうやって追い詰めるんだい?普通に追いかけてもまず無理だよね」
社大路さんが話題を戻す。
おや?社大路さんが常識人ムーブをしているのは何故だ?
なに常識人ぶってんだよ。
「コーラーの逃げ方が上手いのもそうだけれど、ヒトガタの邪魔が厄介だ。というか……今は全然ヒトガタがここに来ないけれど、これってもしかして、コーラーがヒトガタを温存してるのかな?どうだろう隆谷寺さん」
「ん?なんで俺?」
「いや、貴方だけがコーラーの気配を探れるっていうことで、何となく、貴方が一番わかっていそうだからね」
「出雲くん、その言い方じゃあとうとう俺が黒幕だよ」
「あっはっは」
「温存。それはつまり、コーラーがヒトガタを操作して自分の守りを固めているから、あんまり俺達のほうにヒトガタが攻めてこないのではないかという意味かな?」
「その通り。隆谷寺さんは理解が早くて良いね」
「相手の理解力にばかり頼らないでよ」
おや?どこかで聞いたことのある会話だな……
「まあ順当に考えるなら、退路を塞いで挟み撃ちだろうけど」
また話が戻る。
何回話が戻るんだよ。
何回話が逸れたんだよ。
「そうやって合理的な追いかけ方をしたところで、やっぱりヒトガタが厄介過ぎるんだよ。もう本当に、いっそ今この場で全てのヒトガタがここに集まって来てくれたら、この後ガラ空きになったビル内を存分に走り回れるんだけどね……、奴は恐らく自分の近くにヒトガタを集めて、ボディガードのように使って守備を固めているんだろう。だから例えば、今ならこんな風に壁を殴っても……」
言いながら、隆谷寺さんは壁を殴った。
試しに、ここにヒトガタが集まって来てくれるかどうかを確かめてみようという意図だったのだと思うが。
「ヒトガタは来な……え?」
「え?これ、普通に来てね?」
「なんかめっちゃ来てる……え、なんかめっちゃ来てる!」
「……なんで?」
どうしたことか、『コーラー』の守りを固めていた筈だったヒトガタが、壁を殴ったら普通に集まって来た。
今はまだ姿が見えていないが、足音の数はかなり多い。
「迎撃準備……しとけ」
「しますけども……」
もしかして、別に守りを固めてはいなかったのか?
それとも、あるいは……
「いや数が多い!射撃用意!」
射撃用意。その言葉を聞いて、ヒトガタを迎撃しようとしていた接近戦担当の馬垣くんと隆谷寺さんが素早く後退する。
別方向からも来ているが、そっちは梨乃ちゃんがカバーしてくれているから大丈夫だ。後はひたすら、射撃と異能の遠距離攻撃で一掃していく流れだが……
ここで一つ、気付いたことがあった。
「気付いたこと?お前が今、戦いに参加していないってことか?」
「邪魔しないで馬垣くん。わたしは考える専門だから」
「突っ込む気にもなれねえ」
とにかく、気付いた。
悲しいくらいに単調だ。動きが単純すぎるんだ。
このヒトガタ達はやはり、動きがこれまでとほぼ同じで何の捻りも無い。全く知性も学習能力も無いのだろう。
考えることもなく、ただ目に映る外敵であるわたし達に襲いかかってくることしかしない。
斬撃の網を恐れることも、銃撃を避けようとすることも全く無く、さながらゲームのNPCのように……機械のように。
機械的に、動くだけだ。
「あのー、皆さん。突然なんですけれど」
「あん?」
「何」
もはや作業的なまでに、簡単にヒトガタを片付けた後、わたしは少し考えてから……いや、内心では相当悩んだ挙句の結論として、軽く挙手をしながら、わたしは周囲の全員に提案する。
わたしに振り向くなり、全員が怪訝な顔になる。
「わたしがヒトガタと一緒にリタイアするってのはどうですか?」
青ざめそうで、青白くなりそうな顔の、青だけを隠した白々しい度胸で、わたしは言った。




