親
確証は無い。
所詮は、隆谷寺さん一人が言ってるだけのことだ。
しかし、そう考えれば辻褄は合う。
貪食獣『ヒトガタ』は、壁を通り抜けるように、透過するように現れた……と、当初は思っていた。壁を通り抜ける能力があるんだと思っていた。
それでもある程度は辻褄が合うからだ。ヒトガタが既に索敵し終えた場所から来るのも、上手いこと壁の中を通り抜けてわたし達に見つからないようにすれ違っただけだと考えられるからだ。
あるいは、壁の中に入り込んだままの状態を維持できるから、ヒトガタの一部は普段は壁の中に入り込んでいて、音を聴きつけると現れるっていう風に考えても良い。
しかし、それでは説明がつかないこともある。
壁を殴った時に、何故そのすぐ近くの壁の中からヒトガタが現れないのか?壁の中にいたヒトガタが驚いて這い出てくるのなら、何故その様子を確認できないのか?
もっと言うなら、遠くから音に反応して駆け付けて来るヒトガタ達は、何故わざわざ、律儀に廊下を通って来るのか?何故、壁の中を通り抜けて近道をしないのか?
その辺のことまで辻褄を合わせようと思ったら、自然と、こう考えることになるのだ。
即ち、どこかにヒトガタを生み出している元凶がいて、そいつが壁の中に潜んでいるだけなのだと。
ヒトガタは別に、壁を通り抜けたりなんかできないのだと。
「ふん!」
隆谷寺さんが、気配を感じたらしい壁の位置を殴り付ける。それはさっきまでとは違う、ただ音を鳴らすためだけの打撃ではなく、壁を破壊するための打撃だったようで、壁が思いっきり砕けた。
……壁が脆かったということにしておこう。きっとそうだ。
「私は壊すなと言った筈なんだが……」
「どんな正拳突きだ……って、は、はぁ!?」
と、やはり、そこへ十匹余りのヒトガタ達が駆け付けて来た。
ただし、物凄い早さと、物凄い速さで。
「やば…!」
そう、ここまでにおいて何度か試行してきた、壁を殴って音を立てるという行為の結果では、こんなにヒトガタが早く、そして速く駆け付けて来るようなことは無かったというのに。
壁を殴ってからヒトガタが来るまでの時間が短すぎるし、ヒトガタの走って来る速度も明らかに速くなっている。
そしてそのヒトガタ達が真っ先に狙ったのは、殴った張本人である隆谷寺さんだった。
無論、その程度の相手に遅れを取る隆谷寺さんではなかったが……
「……さて、と。これでもうわかったんじゃないかな?」
御水見さんの協力もあり、あっという間にヒトガタを斃し終えた後で、隆谷寺さんが言う。
「こいつらが駆け付けて来るのは、ただ音に反応しているからっていうだけじゃない。壁を守ろうとしているんだよ。親玉が中にいる、壁をね」
大声で叫んでもヒトガタは集まって来ないのに、壁を殴ったら凄い勢いで集まってくる理由。
それは、そもそもその場にヒトガタが集まるという現象が、ヒトガタの意志ではなく、壁の中にいる親玉の意志によって引き起こされていたとするならば、説明が付くだろう。
こうなれば、その親玉の存在を未だ目視して確認していない状況であろうと関係ない。
「親玉か。隆谷寺、そんな存在がいるというのは確かなのか?」
確認のためだろうか、日倭さんが問う。
「確か…なのかな?どうだろうね、俺の思い込みや幻覚かも知れないし、あるいは俺の嘘なのかも知れないけどね……」
なまじ宇都宮市での一件があったものだから、隆谷寺さんはこういう場面であまり信用されないのだが、本人もそれを自覚しているらしく、自虐的にそんなことを答えた。
しかし、わたしは。
「信じますよ。宇都宮の件であなたが犯人だと気付いたこのわたしでも、今回はあなたを信用できると思いますんで」
と言った。
他意は無い。言ったままの意味だ。
それに対して隆谷寺さんは、軽く笑いながら言う。
「あはは、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、でも久凪ちゃん、あの時の君は追い詰められてから今更のように推理をしていて、その内容もちょっとおざなりで……」
は?
「あ、やっぱり信じられなくなりました。きっとこれは隆谷寺さんの嘘です、わたしはもう騙されませんよ真犯人さん」
「凄い推理だった!もう究極的に論理を突き詰めたロジカルで、非の打ち所の無い完璧な証明だった!いやあ、流石は長野県支部でも随一とさえ言える頭脳の持ち主だ!」
「やっぱり信じます。隆谷寺さんにはこの期に及んで嘘を吐く理由もありませんし、筋も通っていますからね」
「バケモンだこいつ……」
馬垣くんが横で引いていた。
無視して、わたしは日倭さんに言う。
「御水見さんとかの異能で壁を破壊してしまえば、その親玉の存在を目視できるんじゃないですかね?それで確認はできる筈です」
「壁を破壊か……まあ仕方ないけど、柱だけはやめろよ」
あまり滅多やたらと民間人の建物を壊すものでもないと思ったらしく、少しの躊躇いを見せる日倭さんだったが、すぐに妥協して、
「じゃあ御水見。陣形の前のほうに移れ」
と、準備を始めた。
「で、隆谷寺。お前は引き続き、その親玉ってやつの気配を探って、位置を特定しろ」
「了解。しかし、本当に俺以外は気配を感じてないんだね」
「らしいな。150年も生きてる武術家じゃないと感じられない何かがあるのかな?知らないけど」
「あ、あの、私も一応、壁くらいは破壊できるのでは……」
と、ここで軽く挙手する畑田畑さん。
「私の異能で壁を巻き込んで撹拌することはできると思いますけれど……それですぐに異能を解除すれば、壁の中が見えるんじゃないですかね……」
「あー、じゃあ畑田畑も頼む」
「はい!」
「壁を壊した後はどう攻撃する?」
「御水見さんの異能とかで……いや、御水見さん一人にそこまで任せられないか。じゃあ銃で撃ったりするしかないんじゃないですか?なるべく強力な銃で」
「強力な銃…そうだな。白銀、陣形の前のほうにちょっとだけずれろ」
「了解」
とここで、あまり関係無いけれど、個人的にはそう返事をする白銀さんが印象的だった。
一応、白銀さんはそこまで無口という訳ではないんだね。まず御水見さん程ではないし、まあ、うちの無口なナイフ使いおじさん(そろそろいい加減に名前を知りたい)と同じくらいには喋るのか。
いや、何故こんなどうでも良いことを今になって語るのかと言ったら、それは白銀さんが手に持っている拳銃を見て頭がフリーズしそうになったのを、咄嗟に思考を逸らして回避したからだ。
白銀さんの拳銃を見て、頭がパンクしそうになったんだ。
拳銃だ。拳銃の筈だ。
しかし、銃身が異様に長い。超ロングバレルだ。短機関銃の長さを上回りそうなくらいに長い。意味不明なくらいに長い。
何故そんなものを使うんだ…?そんなんだったら普通にライフルとかの小銃を使えば良いじゃないか?
どうして拳銃なんだ。
マズルにはこれまた大きな消音器が装着されていて、その長さも含めて測るなら、銃の長さは70cmにも及びそうだ。
因みに、消音器が付いていようと銃声はうるさい。うるさいもんはうるさい。弾薬が、明らかに銃声を抑えようとしていない弾薬なのだろう。もう消音器付ける意味あんのかよと思ってしまう。
というか、そもそもピストルではなくリボルバーなのだ。リボルバーは故障しにくいという良さがあるのだが、そういう点でも高火力な弾薬を使う気満々のカスタマイズである。消音器の申し訳感がすごい。
でも、そんなの、反動はめちゃくちゃ大きくなる筈だよな…?拳銃の反動と呼ぶには、あまりにもあり得ない反動になるよな…?
どうして反動を制御できているんだ?
さっきなんて、連射していたぞ?
「白銀さんってもしかして、握力が強いんですか?」
こっそり小声で、畑田畑さんに対して訊いてみた。
「白銀さんですか?えーと、二百…何キロだったかな……」
「…………」
オッケイ。
聞かなかったことにしよう。
作戦会議も終えたところで、再び隆谷寺さんが先導する形で、わたし達はビル内を小走りで移動する。
二十四階から二十二階まで降りてきて、そこでまた、壁の中の『親玉』が上に逃げたと言われて、また二十三階に戻ってきて。
第二班とも協力してどうにか追い込もうとした結果として、ついにその姿を捉えることには成功した。
「そこだ!そこの壁を破壊してくれ!」
「《乳海攪拌》」
「いるか?何か見え…あっ!」
隆谷寺さんが指した位置の壁を、その周りの空気ごと畑田畑さんの異能が巻き込み、撹拌。空気と壁が均一に混ざり合った状態になった次の瞬間には異能が解除されて、壁だったものは粉末となって空気中に舞ったのだが……
その向こうに。
壁に空いた穴の中に、見えた。
「いた…!」
わたしだけでなく、その場にいた大半の人員が目撃した。
壁の中で、どす黒い人型の何かが慌てたように動き、隣の壁に液体のように染み込んで行くところを、ばっちり目の当たりにしたのである。




