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第四章 高層ビルと強化人間  作者: 池潮遺跡 - ikesioiseki -


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トンネル効果? (2)


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

当然、別に苦戦などする訳も無く、その一匹は梨乃ちゃんの斬撃の網に突っ込んで来てあっけなく切り刻まれたけれども、直後には沈黙が続いた。

困惑。動揺。混乱。猜疑(さいぎ)

各々が考え込む。

「壁を、通り抜けられるのか…?」

社大路さんが呟く。

それは壁を破壊したり歪ませたりすることなく、まるでそこに壁なんて存在しないかのように、ゲームのバグのように、壁からするりと這い出てきた。

何故……

いや、理屈はどうでも良い。

いや、やっぱりどうでも良くない。

まず理屈が知りたい。ここは地味に重要なポイントだ。


「あの……もしかして、貪食獣も抵抗者と同じように、異能を使うことができるんですか?」


その場にいた日倭さんを含む上官達に、わたしは質問する。

対して、日倭さんの答えは簡潔だった。

「使う。稀にそういう個体もいる」

「え?そうなの?」

「そうだったんですか!?」

社大路さんと畑田畑さんは驚愕したような反応だったし、かく言うわたしもかなり驚いたけれど、梨乃ちゃんとか馬垣くんとかの無反応の様子を見る限りだと……

あれ?この情報って、前に課業で習ったんだっけ?

あっ、思い出した。習ってたわ、ごめんごめん。

そうか、社大路さんとか畑田畑さんとかは入隊したてだから、まだ習ってないのかな?

で、わたしはシンプルに忘れていたと。

「相当重大な情報ですよ篠守さん。これくらいは、いつでもしっかり思い出せるようでなければ」

「あー……思い出した、確かあの課業の時は、ものすごい眠気がものすごい尿意に吹き飛ばされたんだった」

「そんなことを思い出さないでください」

「とにかく、じゃあこのヒトガタ達は異能を使っているっていうことで良いのかな?壁を通り抜ける異能を……」

と、社大路さん。

「そうだと思うけど、異能の内容が『壁を通り抜ける』なのかどうかはわからないかな。壁なんて見て()れだけで、最初から無いのかも知れないし」

「いえ、あります」

「あ、あるの」

隆谷寺さんの冗談混じりな物言いが、既に壁を触って調べていた梨乃ちゃんに素早く否定された。

この辺りの抜かりの無さが梨乃ちゃんの売りである。

「先程ヒトガタが出てきた壁はこの辺りだと思いますが、どこにもおかしなところはありません」

やっぱり、壁を通り抜ける異能をヒトガタが持っているってことなのか。ただでさえ数が多いっていうのに、これは厄介だ……


「そうなると、隆谷寺さんが壁を殴って物音を立てた時に限って、奴らが集まって襲いかかってくるということにも説明は付きそう……です、かね?」

わたしは何となく、思い付いたことを言ってみる。

実はここに来るまでの間、試したことがあるのだ。

最初は隆谷寺さんが壁を殴ることで物音を立てて、それを聴きつけたと(おぼ)しきヒトガタを(おび)き出していたのだけれど、ふと思い至ったらしい社大路さんが提案して、普通に大声を出した場合にはヒトガタが集まって来るのかどうか、試してみたのだが……

結果、ヒトガタは集まって来なかった。

そして、ただ周辺にいなかっただけなのか否かを確かめるため、()いで隆谷寺さんが壁を殴って音を立てたところ、今度はヒトガタが集まって来たのだった。


「壁を通り抜けられるということは、壁の中に入れるってことですけれど、壁が殴られて振動が伝わってきたことによって、中に入っていたヒトガタが驚いて出て来ちゃったってことなんじゃないですかね?さながら、鳥のダンスの振動に驚いて地上に出てきてしまうミミズのように」

わたしのこの考えは、それなりに的を射ているのではなかろうか?まあ、主張に対する批判に定評のある"反論者の紫野"が、何を言ってくるかはわからないけれど……

「鳥と言うのは、アメリカヤマシギのことですか?ただ、あれは驚かせて地上に誘き出しているのではなく、雨が降っていると勘違いさせて誘き出しているのだと言われていますよ。さておき、人の主張を批判することにかけてはむしろ貴方のほうに定評があります。『反論者の篠守』という言葉を、私は実際にどこかで聞きました」

……反論者め。


いや、議論していても埒が明かないので、とりあえず最上階まで一通りの索敵をしとこうという話になって、再びわたし達は歩き出した。

行ってみればわかるだろの精神で。

二十五階に上がり、二十六階に上がり、そこまでは何とも遭遇しなかったのだが、最上階たる二十七階に上がったところでラスボスの如く待ち構えていたのは、やはりただのヒトガタだった。

何の変哲も無い、それまで通りのヒトガタ。

例えば、最上階には親玉みたいなのが待ち構えていて、そいつを斃せば全てのヒトガタが消滅するなんていう展開になってくれたら、やり易かったのだけれど……変わったことは、特に何も無く。


……いや。

強いて言うなら、隆谷寺さんが妙なことを言い出したくらいで。

「何だろう?さっきから、なんか……」

「どうしたんですか?」

二十七階に上がってきて、その階のヒトガタを殲滅し終えた時点で、隆谷寺さんがこう言っていたんだっけ。


「なんか、泣きたい気分だ」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



歳をとると涙脆くなる。

なんていう問題ではないことは、しかし、すぐにわかった。

だって、実際には泣いていないのだから。


「……こっちだ」

最上階のヒトガタを全て殲滅し、念の為に屋上も確認した時から、もうかれこれ5分くらい経っているだろうか。

もう全27階と屋上の全てを索敵し終えた状況だ。

普通ならばもうヒトガタはいない筈であり、安全な場所となった筈であるこのビルだが、然るに下の階から相変わらず登ってくるヒトガタ達に度々困惑する。

そうして困惑しつつもそれを蹴散らしながら、わたし達は隆谷寺さんに先導されていた。

第二班のほうには、また一旦待機してもらっている。

「地下があるっていう話ではねえのかよ?隆谷寺」

「それは……あるかも知れないけど、ただ俺の直感みたいなものがね、それとは別のものを感じ取っているんだ」

ヒトガタの壁をすり抜ける能力は考慮しないものとすればの話だが、地上一階から上は全て制圧した筈なのに、それでも残党が下の階から上がって来るとなると、もちろん地下の存在を考慮しなければならないだろう。

しかし、つい先程『何かを感じる。俺について来て』と言い出した隆谷寺さんが言うには、そういう問題ではないらしい。

というか今まさに、そういう問題ではないことが証明された。

「うわっ…!」

「迎撃しろ!」

二十七階から降りて、二十五階を歩き回り、その後更に下の階に降りようと階段に差し掛かったところで、上の階から降りて来たヒトガタと遭遇した。

上の階からだ。言わずもがな、もう既にクリアリングを済ませた筈の上の階から来たのだが、これは下の階から来た場合とは訳が違う。


「上から来たってことは……地下室があるとかじゃないな。外から中に入ってきた訳でもなさそうだ」

地下室は関係ない。そして、屋上からビルの外壁を見下ろして確認した限りでは、ビルの外壁に残党が張り付いていた訳でもなかったから、外から中への侵入は考えにくい。

ならば……

「思えば、十階まで登った辺りからずっと、何かを感じていたんだよ。何かの気配…はそりゃヒトガタがいるから感じて当然かもしれないけどさ…それとは別に何かこう、憶えのある感覚をね」

「そうなんですか?因みに、他には誰か、その感覚を感じ取っている人っています?」

「……いないだろうな。いたら言ってる」

「だよね」

どうやら、隆谷寺さんだけが感じ取っているものがあるようだ。

馬垣くんも含めて、他の誰にも感じ取れないものであるならば、それは別にそこまで危険なものではないと思うのだけれど……


「……近い」

二十四階の廊下を歩きながら、隆谷寺さんが言う。

何が近いのだろう?

「何か……何かが、近くに……」

と、呟きながら、文字通り何かに呼び寄せられるかのように歩く隆谷寺さんだったが、その時不意に立ち止まって、

「……って、あれ?」

と、気の抜けたような声を出した。

「ん?どうした隆谷寺」


「逃げた」


「え?」

「気配が、俺達から逃げるように遠ざかって行った」

「それ、本当…あ、ちょっと!」

「おい、隆谷寺!」

そして、隆谷寺さんが突然、走り出した。

普段は冷静な隆谷寺さんが、何かに突き動かされるように、どういう訳か一人で駆け出した。

「待て!独断専行はよせ!」

自然、わたし達も後を追う。

曲がり角を曲がった隆谷寺さんを、一応は常に陣形の先頭を担うわたしが先んじて追いかけて、わたしも曲がり角を曲がったところ、その先で隆谷寺さんは立ち止まっていて。

壁を、注視していた。

「おい、どうしたよ隆谷寺?急に陣形を乱すようなことをするなんて、らしくねえことを」

追いついてきた馬垣くんの批判を、しかし遮るように、

「壁の中だ」

と、隆谷寺さんは神妙な顔で言う。


「壁の中に、ヒトガタとは違う何かがいる」

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