第6話 押し付けられた依頼、報復の影
小屋の欠乏
革なめし場の脇、湿った風が抜ける街外れの小屋。
桶で雨漏りを受け止めながら木箱を覗くと、固くなったパンと干し肉がほんの少し。
「……今日のうちに稼がないと、もう何も残らない」
胸元でリムルードがぽよんと震える。ぬるい感触が、苦さを和らげた。
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市場と婆さまの噂
朝の市場へ出る。肉やパンの匂いに混じって、鼻を刺すような異臭が風に乗ってきた。
酸っぱいような、獣が腐ったような匂い。思わず顔をしかめる。
「……なんだ、この臭い」
振り向いた瞬間、裏通りの婆さまが肩を叩いた。
「それだよ、それ。下水道から上がってきてる瘴気さ。ギルドが依頼を出してるけど、誰も受けやしない。臭いし、危ないし、割に合わないからね」
「……誰も受けないのか」
普段なら、俺みたいな奴に依頼が回ってくることはない。けど――誰も手を挙げないなら、話は違う。
胸のリムルードを軽く叩き、顔を上げる。
「……確かめてみるか」
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冷たい声と優しい瞳
ギルドの扉を押すと、ざわめきが止まり、視線が突き刺さった。勇者に追放された外れ職。そういう色だ。
カウンターに立ち、口を開く。
「下水道の瘴気の依頼……誰も受けないって聞いた。俺でも受けられるか?」
受付の女性の指先が止まる。眉がわずかに揺れ、すぐ仕事の顔に戻った。
「……確認してまいります」
奥へ消える。紙をめくる音がしばし続き、低い男の声が聞こえた。
「下水瘴気の件か。誰も受けずに困っていた。……誰でもいい。受けさせろ。ただし自己責任だ」
彼女が戻ってくる。声は冷たく、事務的だ。
「依頼は許可されました。内容は下水瘴気調査兼害獣駆除。装備は自己責任で」
その瞳だけが一瞬、柔らかい色を帯びた。
(……気をつけろ、か)
ドウマは札を受け取り、背を向けた。胸のリムルードが小さく跳ねる。
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下水の闇
石段を下りた瞬間、腐臭が強烈に押し寄せた。鼻が焼けるようで思わず顔をしかめる。
湿った石壁、濁った水。空気は重く、呼吸が苦しい。
水面が割れ、ぬらりと姿を現す。
【バジリスク幼体 Lv4】
全長三メートル、太い蛇の胴。鱗は濁った緑で、濡れた石のように鈍く光る。
四肢は退化しかけて痕跡程度。尾は分厚く、棍棒のように振り回す。
丸く膨らんだ眼は黄緑色に濁り、視線が交わるだけで体が痺れる。牙は短いが、黒ずんで毒を帯びていた。
尾が唸りをあげ、水路の壁を叩き壊す。
「来い、リムルード!」
胸から飛び出したスライムが腕に絡み、被膜化が厚みを増す。尾の衝撃が膜に散り、骨に届かない。
痺れが走るが、鼓動がリズムを刻み意識を繋ぎ止めた。
バジリスクが首を伸ばし牙を剥く。ドウマは一歩踏み込み、尾の一撃を受け流す。
「今だ!」
リムルードが硬膜を刃へ変え、胴を切り裂く。
血と瘴気が水に混じり、幼体は痙攣して沈んだ。
【識別の瞳】
――リムルード Lv4(硬膜攻撃:安定)
――ドウマ Lv4(同調強化:反射速度+/麻痺耐性+)
「……やったな」
荒い息の隙間で笑う。リムルードが頬に冷たい感触を残した。
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報復の待ち伏せ
夕暮れ。依頼書は無言で受理され、銅貨が数枚渡された。
受付の彼女は冷たい声で「ご苦労様」と告げたが、その目はわずかに安堵を宿していた。
石畳の先、灰色の外套が五つ並ぶ。
「待ってたぜ、奴隷崩れ」
灰鷹の爪。以前の三人に二人が加わっていた。全員が口元を革面や濡れ布で覆っている。窒息対策。
【識別の瞳】が淡く光る。
――【ハンター:ガイル Lv4】(短剣)
――【ハンター:モーリス Lv3】(棍棒)
――【ハンター:ジェイク Lv3】(短槍)
――【ハンター:リド Lv2】(ナイフ)
――【ハンター:サム Lv2】(素手)
(……名前まで見える。前は魔物と知ってる相手だけだった。これもレベルが上がった恩恵か)
ガイルが短剣を掲げる。「前みたいにはいかねえぞ」
「……俺も前より強くなってる」
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石畳の戦い
短剣が喉を狙う。半歩前に出て膜で受け、滑らせる。火花が散り、刃が軌道を外れた。
「リムルード!」
硬膜が弾き、ガイルの手甲を痺れさせる。
モーリスの棍棒が肩に落ちる。痛むが骨は折れない。肘で脇腹を打ち返す。
ジェイクの槍が突き込まれる。膜が刃を逸らし、柄を掴んで捻る。槍が石畳に転がった。
リドのナイフも、サムの拳も膜に弾かれる。
鼓動が速まり、体が自然に動く。
「これで終わりだ!」
リムルードが腕を覆い、硬膜刃が閃く。
ガイルの革面が裂け、頬に赤い線が走った。短剣が落ち、彼の目から余裕が消える。
仲間たちが顔を引きつらせ、罵声を残して逃げ去った。
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雨漏りの夜
小屋に戻ると、屋根を叩く雨音が迎えてくれた。
桶は満ち、藁布は湿っている。だが胸のリムルードは温かい。
【識別の瞳】
――ドウマ Lv4(同調:強化安定)
雨音に溶けるように呟き、リムルードを抱きしめた。
受付の彼女の目を思い出す。冷たい声の奥に隠れた、あの一瞬。
「……行こう、リムルード。明日も、前へ」




