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第32話 回収部隊との激突

 朝の空はうす白い。風は乾いて、音だけがよく通る。

 通りの向こうから、同じ歩幅の足音が近づいた。黒い外套、三列。盾、弓、縄。回収部隊だ。


「来たな」


 俺は入口の柱にもたれて言う。

 隣でダロスが短くあくびを飲み込んだ。


「人数二十ちょい。先頭は盾。中は弓。後ろは拘束だな」


「本気じゃない。様子見だ」


 列が止まり、先頭の男が巻紙を広げる。


「——シオン。命令だ。戻れ。拒むなら、連れていく」


 静かな声。氷みたいに冷たい。

 シオンは一歩進み、深く頭を下げた。十人の部下も同時に礼をそろえる。


「申し訳ございません。わたくしたちは離脱しました。戻りません」


「なら——回収する」


 手が振り下ろされる。

 盾列が前へ出る。地面が鳴った。


「——始めろ」


 シオンの声は低い。次の瞬間、十人の姿がふっと薄くなった。



一手目:列を崩す


 最初に飛び出したのは足の速い男だ。

 地面すれすれに滑り込み、盾兵の足首を横から払う。前列がそろって前のめりになる。

 間髪入れずに槍の男が一歩踏み込み、槍先ではなく柄で盾の端をコツンと叩く。

 バランスを失った盾が横に転がり、後ろの弓兵とぶつかって隊列がほどけた。


「くそっ!」


 弓が三本、同時に放たれる。

 こちらの弓の男は逆に跳び上がり、二本を空中ではたき落とす。残り一本は指でつまみ取り、そのまま投げ返す。

 矢は放った兵の肩に突き立ち、男がうめいた。肩だけだ。殺してはいない。


「手がきれいだな」


 ダロスが小さく言う。俺はうなずいた。



二手目:術は術で止める


 中列の術師が札をばらまく。地面に光の模様が走り、足が重くなる罠を作る。

 だがこちらの術の女が指を弾いた。風の層がすっと下がり、光は砂のように崩れて消える。


 その間に盾の女が前へ。相手の棍が振り下ろされる。

 彼女は盾ごと体を回して棍の角度を変え、肩で押し込む。相手は尻もち。

 すぐさま工兵が小さな金具を投げる。カチ、と音がして棍と盾が吸い合い、相手は自分の武器に絡め取られて動けなくなった。


「道具の使い方がうまい」


「うむ」



三手目:視界を奪って、落とす


 回収側の隊長が短剣を抜き、煙玉を投げた。灰色の煙が広がる。

 シオンが短く命じる。「下」

 術の女が地に手をつく。空気の流れが下へ沈み、煙はすぐに足元だけを這った。視界はそのまま。


 斥候の男が屋台の柱をするりと駆け上がり、上から合図を送る。

 符の男が足元にぬるい泥線を一本描いた。

 突っ込んできた兵の足がズルッと滑り、膝から落ちる。

 そこへ槍の柄が軽く当たる。呼吸が止まり、男は苦しそうにうずくまる。骨は折っていない。



四手目:鎖を網に、網を足場に


 後列がようやく鎖を投げた。四方から輪が飛んでくる。

 符の男が指で輪を描き、鎖のつなぎ目に札をペタッ。

 鎖はやわらかい紐みたいになり、自分の重さで勝手に結び目を作った。


 素早い二人が、その紐を足場にしてひょいひょい走る。

 弓は柱に紐付き矢を撃ち込み、上から網を張った。

 逃げ道が一つずつ消えていく。



五手目:広い封じを、逆さにする


 隊長が叫ぶ。「広域展開!」

 部下たちが大きな札を一斉に開き、地面に大きな輪を描く。

 術の女が指を二本立て、斥候へ合図。

 斥候が輪のつなぎ目に小さい札を差し込む。

 広い封じは裏返り、自分たちの足を重くした。


 中隊長が悪態をついた瞬間、符の男がにっこりして一画。

 中隊長の靴紐が勝手にほどけ、見事に前のめり。

 盾がそっと板をかぶせ、工兵が金具で固定。

 「申し訳ありません。少々そのままで」

 敬語で言いながら、仕事は早い。


「派手じゃないのに速い」


「一番厄介なタイプだ」



六手目:屋根からの奇襲


 合図も音もなく、屋根から黒い影がいくつも降りた。投げ刃が雨のように飛ぶ。

 ここで十人がはじめて本気の速度を出す。


 足の速い男は刃の間をすり抜け、槍は木の柄で刃の角度をポン、ポンと逸らす。

 弓の男は二本の矢を逆向きに持ち、叩き落とす。

 術の女が指を鳴らすと、投げ刃の回転が急に止まり、地面にコト、コトと落ちた。

 斥候は落ちてくる影の背中を軽く引き、体の軸をずらす。

 療の女は倒れる者の頭だけを柔らかく受け、大怪我を防ぐ。

 符は肘に一枚。手首が固まり、刃が落ちる。

 盾は最後に肩で押し、三点を固定。終わり。


 屋根からの奇襲は、十呼吸と持たなかった。

 石畳に血はない。息が荒いだけだ。



指揮の崩れ、退き時


 静けさが戻り、シオンが隊長の前に立つ。

 背筋は伸び、声は変わらず敬語。


「ここまでにしましょう。これ以上は、貴方がたの面子が傷つきます。わたくしたちは本来の力を隠して働いておりました。今日は、必要な分だけ出しました」


 隊長は歯を食いしばり、周りを見る。

 半数が拘束、残りは戦闘不能。

 小さく舌打ちし、印を切る。撤退の合図。

 後列が負傷者を抱え、前列が道を作る。

 シオンは追わない。十人も追わない。背中は撃たない。


 俺は息を吐いた。

 ダロスが肩をすくめる。


「十分だな」


「ああ」


「まだ半分は隠してる」


「だろうな」



後始末と見せ方


 倒れた兵の脈を療が確認し、痺れを術がゆっくり薄める。

 工兵が金具を回収し、符が時間で外れる札に印を追加する。

盾は石をどかし、頭の下に布を入れる。

 槍は一歩さがって周囲を見張る。突かない。近づけない線だけ引く。


 角の陰から、街の人が少しずつ顔を出した。

 囁きが変わる。


「見たか……」「速かった」「でも、血は流れてない」


 俺は視線でシオンを呼ぶ。

 シオンが走ってきて、深く礼。


「ご命令を」


「説明はしない。片づけろ。街の前で見せろ」


「承知いたしました。——皆さま、足元にお気をつけください」


 十人が破片を集め、鎖を束ね、通りを開ける。

 数字じゃない“仕事”が、そのまま説明になる。


 ミランダが入口に現れ、短く言う。


「水と布。すぐ。続けて」


 俺はうなずき、ダロスが顎で合図。

 「拝命いたします」

 敬語の声がそろい、動きがさらに速くなる。


 その時、路地の奥でカランと小さな音。

 弓が一本の矢を撃ち、転がる小瓶の前に先に突き立てて止める。

 瓶の口から白い煙——毒だ。

 術が湿りの印を落とし、煙はほとんど出ずにしぼんだ。


「置き土産が安い」


「うんざりだな」



次の手


 回収は去った。だが見ている。

 俺は通りの端の足跡を眺め、シオンに言う。


「回収の回収をやる。今夜、三か所。俺とダロスは動かない。お前らだけで」


「承知しました。夕刻に報告を」


「短く。数字で」


「はい」


 シオンが合図を飛ばす。言葉は少ないのに、全員がすぐ動く。

 やることが決まっている動きだ。


 そのとき、路地の端から小さな顔がのぞいた。タネだ。

 ダロスが気づき、低く言う。


「帰れ。今日は危ない」


「……分かった」


 タネは走って消えた。

 俺は深く息を吸う。


「ダロス」


「ん」


「今日は始まりだ。次は速い」


「迎える。ここは家だ」


「頼む」


「任せろ」


 それだけ言って、二人で通りを見張る。

 風が通り、紫は胸の奥で静かに沈んだ。

 弱い者を先に。刃は遅く。手は確かに。

 その順番で動けば、崩れない。


 夕日が釘の頭を赤く染めていく。

 シオンたちは影へ溶け、夜の仕事へ消えた。

 俺とダロスは動かない。見張る。

 それが、いまの役目だ。

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