第30話 裏切りを許さぬ誓約と、ダロスの試練
影の門を抜けると、湿った夜気が肌に触れた。
ギルドの廊下は、さっきより片づいている。割れた木片は束にされ、血の筋は水と灰で拭われ、草の匂いがかすかに残っていた。ミランダは奥で眠っている。呼吸は安定していた。
「戻った。——持ち場につけ。声は出すな」
俺が短く言うと、シオンと十名は礼をして散った。二人が窓枠を直し、三人は床の目地を詰め、あとの者は壊れた備品をまとめる。手は速い。無駄口はない。
「シオン」
「はい、ドウマ様」
「二つ、確認する。ひとつ、これからお前たちはどう動く」
「御身の監視下で、定められた規律に従って動きます。許可なき離脱はいたしません。報告は朝と夕の一日二度。内容は事実のみ——数字、時刻、氏名、行動。解釈は添えません」
「いい。——もうひとつ。お前たちを捨てた“組織”は、どんな制裁を加える」
シオンは一拍だけ間を置き、簡潔に答えた。
「第一に資金と連絡の遮断。第二に回収部隊の投入。生け捕りが第一選択、不能なら無力化。第三に見せしめ。関係を疑われた者へ静かな圧を。……わたくしたちは先に線を切りました。次は回収が来るはずです」
「家族は」
「関わらせません。全員、戸籍上は家を捨てた者になっております。代わりに“使い中の駒”に刃が回るでしょう。救える者がいれば救います」
嘘の温度はない。僕は頷く。
「じゃあ逆に、組織で何をしてきた」
「潜入、連絡線の敷設、記録の改竄阻止……人の行方の線をつなぐ仕事です。命を奪う任務は、与えられず、受けませんでした」
「与えられず、受けなかった。両方か」
「はい。従順ではないため、組織運営の権限はありませんでした。ただ、腕は惜しまれ、ある程度の役職は与えられておりました。本心は分かりません」
「人身売買の子どもは」
「見つければ、経路ごと潰しました。帳面上は“荷の損失”です。実際は救出です」
「わかった」
それ以上は掘らない。掘れば、夜が崩れる。
俺はリムルードを胸に抱え直す。温かい。小さく「まもる」と鳴いた。
その時だ。外扉の金具がギリと鳴った。冷気がすっと廊下を走る。
「……ただいま戻った。って、なんだこれは」
低い声が闇を割った。扉のところに立っていたのはダロスだ。外套の裾に泥。腰の剣はすでに鞘走りしている。目に笑いはない。
「床は抉れ、窓は割れ、血の匂い。で、膝をついてるのは“敵”か。ふざけてるのか」
鋭い視線が十名を突き刺す。空気が一段冷えた。
「動くな」
ダロスはゆっくり剣を抜いた。金属の音が細く震える。
シオンが一歩出て、額を床にすりつけた。
「わたくしどもは、すでに——」
「黙れ」
刃が閃き——あと半歩で首が飛ぶところで止まった。僕が割って入り、剣で受け止めた。剣がきしみ、刃先で火花が散る。
「待て、ダロス」
ダロスは剣先を下げず、僕を睨む。
「……説明。今すぐだ」
「わかった。短く話す」
俺は、ここに至る経緯を順に伝えた。
シオンは“組織”の命令でギルドを襲ったこと。だが戦いの最中、俺の紫のオーラと眷属同調を見て、確信したこと。影の門で案内された遺跡に、アヴェルネの真実が保管されていたこと。
アヴェルネは四国により悪評で書き換えられたが、本当は最強の軍事と開かれた経済を持つ国だったこと。
初代王リムロードは弱い者に近い名君で、弱者しか眷属にできない“縛り”をあえて選び、弱さを束ねて強さに変えたこと。
四国は降伏のふりで宴を開き、最後は人質で王を縛った。王は民の命と引き換えに自分の命を差し出したこと。
宰相の家系——つまりシオンの先祖が魂の匣で王の魂を保ち、遺言と魂の契約を宰相家と十傑の家に刻んだこと。
十名は十傑の末裔で、いまは誓約に従い僕に仕えると申し出ていること。
彼らは今まで不要な殺しをしていない事
そこまで一気に話して、俺は息を吐いた。
ダロスは黙って聞いていた。目線は冷たい。だが言葉を遮らなかった。
「……なるほどな。話は分かった。で?」
「彼らは魂の制約を口にした。裏切れば、魂ごと壊れると」
「言葉は軽い」
ダロスは鼻で笑い、袋から小箱を取り出した。黒檀の箱。古い術式が蓋に刻まれている。開くと、中に水晶球。中心に黒いひびが螺旋を描いている。
「なら、これを使え。《制約の誓い》。古いアヴェルネの魔宝具だ。誓えば裏切りは許されない。破れば、魂から燃える。死ぬ。跡は残らない」
「使う」
俺が頷くより早く、シオンが前に進み出た。「どうぞ」
十名も、胸に手を当てて頷く。迷いはなかった。
ダロスは水晶を両手で支え、淡々と言う。
「ひとりずつ。文言は俺に合わせろ。誓う先はドウマだ。——始める」
ひとり目が水晶に触れる。
ダロスが短く刻む。
「我は誓う。ドウマ様に仇なさず。命尽きるまで命を預ける。裏切る時は、魂も血も絶つ。」
「我は誓う。ドウマ様に仇なさず。命尽きるまで命を預ける。裏切る時は、魂も血も絶つ。」
同じ言葉が、同じ息の長さで重なる。触れた指先から赤い光が吸い込まれ、亀裂が赤く染まる。
二人、三人、四人……十人。
最後に、シオン。
「わたくしシオン、この命、この魂、この血脈すべてを以って、転生せしリムロード陛下——ドウマ様に忠誠を誓います。裏切る時は、この身ごと焼き尽くされましょう。」
光が一閃。水晶は音もなく砕け、破片は紫の火花になって消えた。
廊下に、重い静けさが落ちる。
ダロスは剣を鞘に戻した。金属音がひとつ響く。
「……いいだろ。これで“証拠”は立った」
彼は俺を見た。言葉は短い。
「監視は俺が持つ。お前は前を見ろ」
「ああ。頼む」
ダロスは場を一瞥して、低く言い放つ。
「おい、**十傑の末裔とやら。**顔を上げろ。ここはギルドだ。規律が先で、感情は後だ。勝手は許さない。命令は短い。飲み込め」
「拝命いたします」
十の声が重なり、空気が引き締まる。
俺はシオンへ向く。
「次の話だ。組織は回収に来る。来る前に、線を潰す。やり方は分かるな」
「はい。通信の中継点を三つ、物資の仮置きを二つ、今夜のうちに動かします。痕跡は残しません。回収が“見せしめ”に切り替わったら、無理に戦いません。避難線を先に通し、弱者から順に外します」
「子どもと非戦闘が先。忘れるな」
「承知しました」
そこでダロスが口を挟む。
「確認だ。お前ら、今まで本当に殺してないな」
「ございません」
シオンの答えは速い。「もし死が出たなら、それは向こうが選んだ時。こちらが選んだことはありません」
「嘘ならすぐ分かる」
それ以上は言わず、ダロスは袖をまくった。
俺は呼吸を整え、次の指示へ移る。
「ギルドへの償いだ。三日。夜明けから働け。外壁、窓、床、荷。ミランダへの謝罪は言葉より手で示す」
「必ず」
礼が深い。ミランダが寝返りを打ち、小さく咳をした。目はまだ閉じたまま。
空がわずかに白みはじめる。
「最後にひとつ」
全員の目が向いた。
「裏切らない確証は今日で終わりじゃない。毎日、結果で積み直せ。——その上で、弱い者を先に守れ。いいな。」
「拝命いたします」
ダロスが外套を脱ぎ捨て、釘袋を腰に回す。
「木枠、持て。釘は俺が打つ。遅い手は下がれ」
「はい!」
短い号令で場が動く。
影走りは屋根へ、療は薬棚の点検へ。符と術は床の割れに印を描き、工兵は梁の歪みを測る。槍は荷車を引き、盾は担ぎ手に回る。斥候は外回りの見張りについた。動線は交差せず、声は要所だけ。乱れがない。
俺はその背中を見届け、要点だけ重ねる。
「シオン、夕刻に報告書。数字で出せ」
「はい」
「ダロス、外回りをお願いしたい」
「任された」
「ガルド、内側の監視を続けてくれ。」
「御意」
屋根の輪郭が朝の色で縁取られていく。鳥の声が遠くで鳴いた。
紫は静かだ。暴れない。
導きの色は、ばらばらの弱さを束ね、面を作るためにある。
書き換えられた歴史は一夜では戻らない。
けれど、戻す手順はもうここに並んだ。
俺はミランダの寝顔を確かめ、扉の錠を点検し、深く息を吸う。
「——動け」
返事が重なり、釘の音が朝の空気を刻みはじめた。




