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第29話 隠された王国の真実

ギルドの廊下は、戦いの後の冷えをまだ抱えていた。

 割れた灯、擦れた床、薬草の匂い。奥の寝台ではミランダが穏やかな寝息を立て、窓辺の最高級ポーションの瓶が夜更けの光を鈍く返している。


「……まずは非礼をお詫びいたします。わたくしは“組織”の命により、このギルドを襲撃いたしました」


 シオンが片膝をつき、深く頭を垂れた。黒装束の十名も壁際に膝をそろえ、誰ひとり声を出さない。礼が揃うほどに、空気が澄む。


「理由は後でいい。結論だけ言え」


「はい。いま、わたくしは命令系統を断ち、“誓約”に戻っております。……しかし最初からではございません。戦いの最中、あなた様が紫のオーラを立て、眷属の特徴を己に宿された、その瞬間まで——どなたが王の転生者か、確信できておりませんでした」


 胸の奥がわずかに疼く。あの紫は怖かった。けれど、守れると思った。

 肩口のリムルードが小さく震える。「……まもる」


「証を見せろ」


「承知しました。影にてご案内いたします」


 シオンが床へ右掌をかざす。黒が水面のように撓み、円形の門が開いた。底は見えない。冷えた風が頬を撫でる。

 ガルドが柄に指を添え、目だけで問う。


あるじ、用心を」


「行く」


 俺はリムルードを抱え直し、黒い門へ踏み込んだ。重力が一度裏返り、肺が鳴り、次の足裏は見知らぬ石だった。


      ◇


 そこは遺跡だった。

 根が天井を抱き、壁一面に羊皮紙と木簡が整然と並ぶ。埃は漂っているのに、空気は澄んでいる。長く守られてきた気配だけが、はっきり残っていた。

 シオンが灯を高く掲げ、最奥の大判に掛かった布を外す。現れたのは——肖像画。


 息が止まる。

 若い王が、まっすぐこちらを見ていた。額の生え際、目尻の癖、口角のわずかな上がり方。**俺に酷く似ている。**輪郭の一部は薄い紫の金泥で縁取られ、灯の揺れに合わせて微かに呼吸した。


「初代アヴェルネ国王、リムロード陛下にございます。古文では“リムルード”とも記されます。“リム”(始源)に“ロード/ロド”(王・導き手)。民の口では“友”にも転じます。——ゆえに**『最初の王』**、それが“リムルード”の意味です」


 胸元のリムルードが、こくりと揺れた。「とも。まもる」


「主。瓜二つでござるな」


 ガルドが目を細める。

 俺は返さず、肖像から目を外さないまま顎で促す。


「続けろ」


「畏まりました」


 シオンは羊皮紙の束を卓へ運び、上から順に開いた。乾いた文字列が灯で浮き上がる。


「列強四国は、アヴェルネを“罪の国”と書き換えました。しかし真は逆。アヴェルネは最強の軍事と、最も民に開かれた経済を誇った大国でした。徴税は軽く備蓄は厚い。運河は山を貫き海と結び、鍛冶場は昼夜に火を落とさず。戦は“勝つため”ではなく“終わらせるため”に行われたのです」


 別の綴じ——孤児院の設立記録、従軍者の帰還保証、身分を問わぬ学舎。条文は無機質だが、制度の骨が硬い。


「そして陛下は強く、何より弱き者に近い王でした。差別される者、小さな子、居場所を失った者。陛下は玉座を降り、視線を合わせ、負傷兵の寝台に腰を下ろして杯を分けることを恥とされない。徳を制度に変えた名君であらせられました」


 リムルードが、お腹の奥で小さく言う。「……やさしい」


 胸のざわめきが少し整う。だが、喉に熱が残った。


「なのに、どうして倒れた。最強だったはずだ」


 問いは短く。

 シオンの眼差しに陰が射す。


「四国は**『降る』ふり**を致しました。使節と楽人、杯と歌で和平を所望し、陛下は民の血を止めるためそれをお受けになった。——その宴の只中で、毒霧、呪弾、隠し刃が四方から同時に。それでも陛下は立っておられた。……ゆえに四国は、陛下の身内と、街で攫った民の子らを人質に取り、縄を首に、踏み台に靴先をかけさせたのです」


 十名の背筋が音もなく強張る。

シオンは目を伏せず、事実だけを置いた。


「陛下は迷われませんでした。『我ひとりで足りるか』と問われ、宰相——わたくしの先祖が『御命のみで』と答えたと伝わります。陛下は立ったまま三歩進まれ、刃と毒を受け入れ、その対価に子らの縄を解かせた。倒されたのではない。慈悲によってご自身を屈服させ、民を救われた。——これが“降るフリの暗殺”の真相です」


 喉が熱くなる。怒りは易い。だが、それだけでは届かない。

 俺はリムルードの体温に意識を結び直し、紫が視界に滲むのを押し返した。


「その時、我が祖は**『魂のはこ』**を刻みました。輪廻に沈む王の魂を縁に留め、時至れば呼び戻す術。そして陛下は遺言を残された。『我、よみがえる時、また弱き者の側に立つ。その時、お前らの子孫は我に仕えよ』」


 シオンは縁に朱印のある写本を開く。


「誓いは言葉だけでなく魂の契約として、宰相家の血に。そして——アヴェルネ十傑の家々に刻まれました。剣、槍、弓、術、影走り、盾、療、符、斥候、工兵。十の極。子孫と子孫が、いつの時代にもどこかで必ず交わるよう、縁が織り込まれております。……ここにいる十名は、すべて十傑の子孫。全員、アヴェルネの出にございます」


 顎の合図ひとつで、壁際の十名が同時に片膝をついた。礼は揃い、敬語の沈黙だけが落ちる。


「——次に、“しるし”の定義をお伝えします」


 シオンは言葉を慎重に置いた。


「この史における徴とは、王の転生を識別するために代々伝えられた二つの客観的兆候を指します。すなわち、一つ目が戦いの只中に立ちのぼるむらさき。二つ目が眷属同調——眷属の特徴を己の身に宿す現象。これら二つを合わせて、当家では**王徴おうしるし**と呼びます」


「定義は理解した」


 俺は短く返す。シオンはうなずき、別の葉をひらいた。


「その“同調”と切り離せない眷属の条件が、もともと王の制度設計として置かれておりました。——ここからが重要にございます」


 細長い木簡。欄外の素描には、泥に伏す子、耳を隠す亜人の娘、壊れた義手の兵。次の小さな絵では、皆が胸に手を当て、王と同じ高さで立っている。


『陛下、路地の泥に伏す子に問う、「名はあるか」。子、首を振る。

 陛下、「ならば今つけよう」。子、胸を張る、「ある。きょう、貰った」。』


『陛下、獣耳の女に問う、「おまえは何者にされたい」。

 女、「しなではなく、人でありたい」。陛下、頷き、「ならば、わたしの側に」。』


「眷属契約は、強さを足す鎖ではなく、名と居場所を与える誓いでした。ゆえに相手は『虐げられた者・弱い者』でなければならない——ここに明記がございます。儀では陛下が必ず膝を折り、相手と同じ高さで名を呼んだ。呼ばれた名は、その場で国の帳に記され、ちょう=役と権が与えられる。弱さは、役と保護の網の中で構えへと変わっていくのです」


「弱いからこそ、束ねられる。……そういう設計か」


「はい。戦を“終わらせる”ための設計でございます。刀の切れ味を増やすのではなく、折れない地盤を広げる。同調は、その網を“王の身体”にまで引き寄せる現象。だからこそ、王徴は紫と同調の二つに整理されているのです」


 胸の内側の何かが反応した。

 俺は右手の指をほどき、数拍だけ呼吸を合わせる。リムルードの生温い膜、ガルドの金眼の瞬視——意識の糸を細く結び、切らさないように、ただ触れる。


 手の甲の下で筋が狼のように締まる。皮膚に、ごく薄く膜の弾性。視界の縁に金の輪郭線。紫が高鳴り、静かに沈む。

 **切り上げた。**数拍で足りる。


「……畏れ入ります」


 シオンが深く礼をとる。「今の御身こそ、史の王徴です。——ですが、断言はわたくしではなく、あなた様が」


「断言は急がない。順番がある」


 俺は短く切る。「前置きは終わりだ。次は——お前たちの扱いと、規律の話をする」


「畏まりました」


 十の膝がそろい、石の床が微かに鳴った。

 紫は静かだ。暴れない。

 それは、ばらばらの弱さを束ねる導きの色。俺は呼吸を一度深くし、視線を上げた。


「——地上に戻る。規律はそこで下ろす。監視は続ける」


「拝命いたします」


 シオンが影の門を開く。冷えた風が流れ込み、灯が小さく揺れた。

 出立の前、俺はもう一度だけ肖像へ浅く礼をする。紫の金泥が、灯の呼吸に応えるように細く震えた

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