27話 惨劇の幕開け
ギルドの広間に沈黙が走った。
さっきまで笑い声や依頼のやり取りで満ちていた空気が、老人――暗殺剣聖シオンの一言で凍り付く。
その声音は、最初に出会ったときの柔らかさを完全に欠いていた。
微笑みの影に隠れていた何かが、牙を剥く。
直後、影が弾けた。
梁から、窓から、床下から。
漆黒の気配が広間を埋め尽くす。
――【暗殺者・カイ Lv45】
――【暗殺者・レン Lv46】
――【暗殺者・ハクロ Lv48】
――【暗殺者・ヨルン Lv50】
――【暗殺者・ゲルド Lv51】
――【暗殺者・ミラ Lv53】
――【暗殺者・オルス Lv55】
――【暗殺者・トゥバ Lv57】
――【暗殺者・レギン Lv60】
――【暗殺者・ザイエル Lv62】
十名の凶手が、広間を包囲した。
それぞれの気配は、ただの暗殺者の枠に収まらない。
カイとレンは双子のように背中を預け合い、二刀を構えて滑るように歩く。
ハクロは巨体に似合わず音もなく進み、棍棒を握る手は鉄のように太い。
ヨルンは長槍を構え、射程を制して突きを繰り出す。
ゲルドは鋼の籠手を纏い、拳を鳴らしただけで空気が震えた。
ミラの刃は女の姿に似合わず冷たく、無駄な動きが一つもない。
オルスは曲刀を振るい、獲物を嬲るように笑う。
トゥバは爆薬を投げ、広間を煙と炎で覆う。
レギンは黒衣に隠した細剣で、弱点だけを狙う冷徹さを見せた。
そしてザイエル。背に大剣を担ぎ、その歩みだけで床が軋む。
十人十色。だが、目的は同じ。
「囲め」
シオンの声が低く響く。
その瞬間、ギルドの空気が崩れ落ちた。
広間にいたハンターたちは二十人ほど。
いずれも【Lv20~40】程度の冒険者で、この支部の骨格を支える中堅たちだった。
だが、その差は絶望的だった。
「来るぞ!」
前衛のハンターが剣を抜き放つ。
最初に動いたのは、双子のカイとレンだった。
二人の刃は弧を描き、正面の槍兵の腕を寸分の狂いなく斬り裂く。
「ぐああっ!」
血が噴き、槍は床に転がった。
「数で押せ!」
別の男が叫び、三人がかりでザイエルに挑む。
だが、大剣が一閃。
重い鉄塊のような一撃が三人をまとめて薙ぎ払い、壁に叩きつける。
呻き声だけを残し、動けなくなった。
オルスの曲刀が踊る。
盾を掲げた若者が必死に防いだが、刃は盾の隙間を縫い、鎖骨を裂いた。
トゥバが投げた小瓶が破裂し、紫煙が立ちこめる。
吸った者は咳き込み、視界を奪われた。
「やめろッ!」
ドウマが踏み込む。
リムルードが膜を展開し、煙を押しのける。
ガルドが金眼を光らせ、敵の動きを一瞬止める。
だが、十の刃は多すぎた。
「がっ……!」
ゲルドの拳が一人を吹き飛ばす。
ヨルンの槍が別の者の腿を貫く。
ハクロの棍が床を砕き、その衝撃波で周囲が倒れ込む。
広間は、瞬く間に阿鼻叫喚と化した。
だが、不思議なことに――命は奪われていない。
腕を裂かれ、足を折られ、呻き声をあげる者は多い。
だが、止めは刺されない。
シオンは冷酷に言った。
「私は無益な殺生は好まない。……君だけは別だがね、ドウマ君」
刃は、ただ一人に向けられていた。
ドウマは歯を食いしばった。
自分だけを狙わせるわけにはいかない。
前に出て、斬撃を弾く。
リムルードが雷を放ち、敵の足を鈍らせる。
ガルドが仲間を庇って剣を振るい、必死に応戦する。
それでも――敵の波は止まらない。
「ドウマ!」
ミランダの声が響いた。
彼女はカウンターを飛び越え、紙束を蹴散らして駆け出してきた。
「下がってろ!」
「下がれるわけないでしょう!」
その瞬間だった。
シオンが動いた。
これまで一切動かなかった“老人”が、まるで時間を飛ばすかのような速度で間合いを詰める。
その刃は、ドウマの胸を真っ直ぐ狙っていた。
「――ッ!」
斬撃が走る。
だが、その軌道に割り込んだ影があった。
「ドウマッ!」
ミランダだった。
細い体で、ただ必死に盾になるように飛び込んできた。
刃が閃き、彼女の腹部を切り裂いた。
「――ああっ!」
赤が飛び散り、ミランダの体が床を転がった。
「ミランダァ!」
ドウマの叫びが広間を震わせる。
仲間の悲鳴が重なった。
血の匂いが鼻を刺す。
シオンは冷たく告げる。
「致命ではない。しかし、もう戦えまい。……君を庇った代償だ、ドウマ君」
ドウマの胸の奥で、何かが弾けた。
怒り。
憎悪。
炎にも似た感情が暴れ狂う。
耳鳴りが轟音になり、視界の端が紫に染まっていく。
「……お前は……絶対に許さないッ!」
次の瞬間。
紫のオーラがドウマから立ち上る。
金に灼けた瞳孔。
右腕はスライムのように脈打ち、異形へと変貌する。
広間の全員が、圧力に押し潰されるように息を詰めた。
恐怖の始まりだった。




