第20話 金の瞳、初陣
街門でのざわめき
夕暮れ、赤く染まる石畳を踏みしめながら街門へと近づくと、門兵たちの視線が俺たちの背後に吸い寄せられた。
ガルド――金色の瞳を持つゴブリンは、俯きながらも俺の隣を歩いていた。
「……おい、あれ見ろ」
「ゴブリンじゃねぇか。しかも金眼……」
ざわつきが走る。だが俺は腰のカードを掲げた。
「テイム済みだ。俺の眷属、害意はない」
門兵のひとりが眉をひそめる。だが隣の兵が肩を叩いた。
「規約にあるだろ。眷属と認められた魔物は街に入れる。ギルドが保証してる以上、止められねぇさ」
不安げに肩を強張らせるガルドへ、俺は低く囁いた。
「大丈夫だ。俺が保証する」
ゴブリンの喉が小さく鳴る。金の瞳がほんの一瞬だけ揺れた。
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ギルドでの沈黙
扉を押すと、喧噪が一斉に止まった。
依頼札を手にしたハンターも、酒をあおっていた男も、視線を揃えて俺の後ろを見つめる。
「……その子が」
カウンターに立っていたミランダの声が震えた。
「ガルド。俺の眷属になった」
一瞬の沈黙。次いで、ざわめき。
「金眼を連れ込んだのか」
「不吉だろう、縁起でもねぇ」
ミランダは長く息を吐き、鋭い眼差しで周囲を制した。
「規約上、問題はない。……ただし、ドウマ。あなたが証明してみせて。不吉なんて言葉じゃなく、結果でね」
「……ああ」
そのやり取りに、ガルドは不器用に俺を見上げた。金色の瞳に映るのは、もう孤独だけではなかった。
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新たな依頼
奥から上席係官ライネルが姿を現す。
「ちょうどいい。お前たちに依頼がある」
差し出された羊皮紙には、街道近くの旧運河の石橋の名が記されていた。
「最近、交易隊が橋を渡る際に“何か”に引きずられる被害が相次いでいる。調査と討伐、両方を兼ねた依頼だ」
「対象は?」
「目撃証言では、巨大な影が橋下から這い出したとある。恐らくは複数の魔物が絡んでいるだろう」
ミランダが補足する。
「報告書では最低三名推奨。……でも、あなたとリムルードなら“一組”で充分と判断されたわ」
俺は頷いた。
「引き受ける。やらせてくれ」
ガルドが小さく喉を鳴らす。まるで“自分も行く”と言いたげに。
「お前は人数に数えられないが、同行は許可する」ライネルが厳しい声で言った。
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運河の橋で
夜明け前に街を出て半日。苔むした古い石橋に辿り着いた。
水面は濁り、湿った臭気が漂っている。リムルードがぷるんと跳ね、緊張を告げた。
「出るぞ」
直後、影が舞い上がった。
――【擬態コウモリ Lv27】
――【影縫いワタリガラス Lv29】
両翼の群れが奇襲を仕掛ける。
「リムルード、風だ!」
スライムの核が光を放ち、旋風が生まれる。群れを散らした刹那、足元の石板が崩れた。
「下か!」
橋の下から、巨体が現れる。
――【沼穿ちサーペント Lv31】
長大な顎が石橋を噛み砕き、俺の体を飲み込まんと迫る。
リムルードが冷気を放ち、水面を凍らせる。蛇の動きが鈍るも、尾の一撃で氷は粉砕された。
「ちっ……!」受け流した衝撃が腕に痺れる。
その瞬間、背後からさらに大きな影が躍り出る。
――【橋下の主アーチモウス Lv34】
大顎が咆哮と共に石橋を震わせ、俺の体を引きずり込もうとした。
ガルドの金眼が光り、アーチモウスの動きが一瞬だけ止まる。
「……今だ!」
纏・斬進を叩き込み、リムルードの雷撃と重ねる。サーペントが痙攣し、アーチモウスの顎が悲鳴を上げた。
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激闘の渦
だが、敵はそれで終わらない。
コウモリとカラスの群れが再び襲いかかる。
「ガルド、下がれ!」
「おれ、も……たたかう!」
ガルドの金眼が閃く。数羽のカラスが空中で動きを止め、翼を硬直させて落下した。
完全に意識を奪ったわけではない。ほんの一瞬の硬直――だが、それで充分。
「リムルード、火だ!」
スライムが炎槍を吐き出し、群れを焼き払う。
残るは二体。
サーペントは水面に潜り直し、影を走らせて足元を狙う。
アーチモウスは橋を破壊しながら這い出し、全身をのしかからせるように迫る。
「まずはサーペント!」
俺は橋の縁に飛び降り、纏・穿突を繰り出す。鋭い突きが鱗の隙間を裂き、リムルードの雷がそれを貫いた。
痙攣する蛇の体が水面に沈む。
「残りは……お前だ!」
アーチモウスの顎が大きく開いた瞬間、ガルドが前に飛び出した。
「お、まえ……やめろ!」
金眼がさらに強く輝き、巨体の動きが一拍だけ鈍る。
俺は迷わず突き込んだ。
「纏・斬進――!」
刃が顎の合わせ目を裂き、リムルードの氷がその傷を凍結させる。
巨体が苦悶の咆哮をあげ、最後は橋の下に崩れ落ちた。
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戦後と進化
荒い息を吐き、剣を収める。
「……やったな」
背でリムルードが誇らしげに跳ねる。
【ドウマ Lv36】
【リムルード(マジックスライム) Lv36】
そして――
ガルドの体が光に包まれた。
【ガルド Lv10 → ゴブリン・スカウト】
背丈は人間の子どもほどに伸び、痩せた骨格が引き締まっていく。
金色の瞳がより鮮やかに輝き、言葉もわずかに滑らかになった。
「……ガルド。おまえたちとともに、いきる」
俺はその瞳を見返し、力強く頷いた。
「共に生きよう。もうひとりじゃねぇ」
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街の反応
街門に戻ると、門兵が息を呑んだ。
「……進化してやがる」
俺は腰のカードを掲げた。
「俺の眷属だ。ギルドが保証してる」
兵士はため息をつき、肩をすくめる。
「……ご苦労さん」
ギルドに戻れば、また視線が集まった。だが以前のように沈黙が支配することはなかった。
噂話が飛び交い、羨望と不安とが入り混じった空気。
ミランダが帳簿を閉じ、俺を見据える。
「不吉なんて言葉、吹き飛ばしてきたわね」
「これからも証明し続けるさ」
その時、ガルドが小さく呟いた。
「……ともに、あるく」
不器用ながらも確かに響いたその言葉に、俺は笑みをこぼした。




