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第19話 金の瞳、名を得る日

ギルドの扉を押すと、昼下がりのざわめきがどっと耳を打った。

革と鉄の匂い、酒場から漂う芳ばしい香り、依頼札を奪い合う視線の応酬。

あの頃の俺なら、すぐに背を丸めて視線を避けていた。けれど今は違う。胸を張って歩く。腰には鋳鉄の剣。背にはリムルードの柔らかな重み。

半年間積み重ねてきた成果が、確かに形になっていた。


カウンターで帳簿を繰っていたミランダが顔を上げ、声をかけてきた。

「ドウマ。……ちょうどよかった。確認依頼が一件入ってる」


「確認依頼?」


「二週間前、森の外縁で“金色の目をしたゴブリン”を見たって報告があったの。討伐じゃなく“確認と状況把握”。対象が本当に存在するか、脅威かどうかを見極める必要がある。……あなたに回ってきた」


彼女の声音は淡々としていたが、瞳の奥には迷いが宿っていた。

「……金眼は不吉とされてる。何が起こるか分からない。気をつけて」


俺は小さくうなずく。背でリムルードがぽんと跳ね、心臓を軽く叩かれたような気がした。

(……いこう)


「今回は同行が二人。ギルド推薦よ」


柱にもたれていた二人が前に出た。

ひとりは大斧を背負った屈強な戦士。もうひとりは灰色の外套をまとった女性で、目が印象的に澄んでいる。


「この前は世話になったな」大斧の男が手を差し出す。

「俺はガレス、前衛の斧戦士。【ハンター:ガレス Lv28】。……あのゴブリン・シールドファイターの時、助けられた借りがある」


俺は思わず笑みを浮かべる。「覚えてたか」


隣の女が口を開いた。

「ラナ。感応士。【ハンター:ラナ Lv27】。……あなたは魔物の言葉や感情の断片は拾えるけど、敵対の“意志”までははっきり読めない。だから私が推薦されたの」


「助かる。頼りにしてる」


「ええ。こちらも」


ミランダが台帳を閉じる。

「報告を待ってる。無茶は……しないで」


俺は軽く手を振り、扉を後ろ手に閉じた。



森での再会


森の外縁。湿った風が草を揺らす。

ラナが足を止め、低く告げた。「……いる」


木陰に立つ影。二週間前と同じ、金の目。

だが、あの時よりわずかに肉が戻り、立つ足取りもしっかりしている。必死に生きようとした証だ。


俺は両手を開き、一歩前に出た。

「……覚えてるか。俺だ」


金色の瞳がわずかに揺れる。喉が震え、かすかな音が漏れた。

(……ひと)


ガレスが斧を握る。

「ゴブリンに変わりはねぇ」


ラナが目を細めた。

「恐れの反応が強い。敵意は……まだ読み切れない」


ガレスはしばらく斧を構えたまま、苦い顔をしていた。

「……だが、ドウマには前に助けられた恩もある。ドウマが斬らないなら、俺も様子を見させてもらう。」


俺は一歩進み、金眼の前に立つ。

「約束じゃない。ただの願いだ。お前の“やり残したこと”、見届けさせてくれ」


金眼の視線が森の奥へ向く。喉が鳴り、足が動いた。

「ついてきてほしい」――そう訴えているのが分かった。



小さな墓


木立を抜けた先、小丘の上に土を盛った小さな墓があった。

大小の石が不格好に積まれ、その前に粗末な骨片の飾りが置かれている。

金眼はそこに膝を折り、長く動かなかった。

風が吹き、沈黙が重く流れる。俺もガレスも、ただ見守るしかなかった。


やがて金眼が立ち上がり、振り返った。

「……おわった」


その言葉は震えていたが、確かに前を向いていた。



焚き火の夜


森の片隅で火を起こし、簡単な煮込みを作った。茸と乾燥肉を煮込んだだけの粗末な料理だが、金眼は夢中で口にした。

その肩がわずかに落ち、息が和らぐ。食べる――ただそれだけで充分だったのだ。


火が小さくなった頃、金眼がかすかに呟いた。

「……なまえ」


「欲しいのか?」


頷き。

俺は火の赤に照らされた瞳を見て告げた。

「――ガルド。アヴェルネの古語で、“強く生きる者”って意味だ」


「……ガルド」

舌が震えながらも、名を形にした。


リムルードがぽんと跳ねる。

(ぼくの なまえの意味は?)


「リムルードは“最初の友”って意味だ」


リムルードの核が明るく揺れた。

ガレスが感心したように呟く。「言葉は刃にもなるが……橋にもなるんだな」


俺はガルドに向き直った。

「これからはお前が選ぶ番だ。俺は守る。でも歩むかどうかは、お前次第だ」


金眼――いや、ガルドは頷いた。

次の瞬間、淡い光が結ばれた。


――【契約:ガルド(ゴブリン) Lv1 成立】


リムルードが喜びに跳ねる。(ともだち ふえた!)


「……そうだな。仲間だ。」

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