第15話 アヴェルネの影
始まりの罪
大陸に戦火が満ちていた時代があった。
数百年前、国も種族も秩序もなく、ただ奪い合いと殺し合いだけが繰り返される混沌の時代。
やがて戦いは一つの帰結を迎える。
戦乱を制した四人の英雄がそれぞれ国を築き、後に「列強四国」と呼ばれる支配体制を形作ったのだ。
彼らは国を安定させるために「敵」を必要とした。
敗残兵、罪人、異種族、そして流民――。
彼らは一か所にまとめられた。
大陸の辺境、深い谷と山脈に囲まれた土地。
資源に恵まれながらも外界との往来は難しいその場所に、列強は一つの烙印を押した。
――〈辺獄国アヴェルネ〉。
その名は「地獄の辺り」という意味を持ち、最初から「汚れ役」として定められた国だった。
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烙印の言葉
アヴェルネは鉱脈も、森も、川も、十分に国を支えるだけの恵みを備えていた。
だが列強はそれを「恩恵」ではなく「鎖」として利用した。
「穢れた血の地」「罪を背負う者たちの牢獄」――。
王たちは大陸中にそう触れ回り、宣伝した。
曰く、アヴェルネの血を持つ者は「祖先の罪」を受け継いでいる。
曰く、彼らは決して清らかな文明に溶け込むことはできない。
曰く、列強が見張らねば、大陸全土が再び乱れる。
それは徹底的な情報戦だった。
子どもが生まれる前から「穢れ」という呪いの言葉を背負わされる。
それは次の世代へ、また次の世代へと受け継がれ、消えることのない枷となっていった。
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差別の連鎖
だが、すべてが虚偽ではなかった。
飢えに追い詰められたアヴェルネの民の一部は、盗賊や山賊へ堕ちた。
列強の国々に流れた者の中には、裏社会の顔役や人身売買の元締めとなる者もいた。
「穢れた血だから犯罪に走るのだ」
「やはりアヴェルネは救いようがない」
列強はその一面だけを切り取り、差別を正当化する材料にした。
実際には、選択肢を奪われ、道を閉ざされ、生き延びるために仕方なく闇に堕ちただけだった。
だが権力者にとっては「言い訳」があれば十分だった。
秩序を保つための「見せしめ」。
繁栄を続けるための「陰の犠牲」。
アヴェルネは大陸にとって都合のいいスケープゴートであり続けた。
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列強の論理
列強はさらに狡猾な仕組みを整えた。
表向きには「アヴェルネの者にも権利はある」と謳いながら、実際にはありとあらゆる規則と検印を重ねた。
ギルド登録には特別な許可証が必要。
商売には高額な関所税が課せられ、領都に住むことはほぼ不可能。
徴兵や強制労役は常態化し、若者は使い潰されて戻らなかった。
こうして「平等の仮面」を被りながら、実質的には徹底的に差別する構造が作られた。
列強の民は安心した。
「我々は正義を行っている」「悪を抑え込んでいる」と。
その欺瞞を指摘できる者は、誰一人としていなかった。
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闇に生きる者たち
時代が下るにつれ、アヴェルネ出身の者たちは二つの道に分かれていった。
一つは、抑圧に耐え、細々と生きる道。
村に閉じこもり、収奪されるだけの生活を受け入れる道。
もう一つは、怒りと反抗に身を委ねる道。
列強の国々に潜り込み、裏社会を支配し、報復として人々を搾取する道。
彼らは「力」を持つことでしか自分を証明できなかった。
だが同時に、彼らこそが「アヴェルネは穢れている」という偏見を強化してしまった。
怒りの鎖は、皮肉にも自らを縛り付ける結果となったのだ。
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生まれ落ちた時から
いまやアヴェルネに生まれるということは、即ち「烙印を背負う」ということ。
他国の街では、アヴェルネ出身と知れただけで石を投げられる。
職は得られず、住む場所もなく、ただ「穢れた血」という言葉で人としての価値を否定される。
子どもたちは、生まれる前から未来を奪われていた。
どれほど才能があっても、努力しても、道は閉ざされる。
それが当たり前とされる社会。
それが数百年続いてきた現実だった。
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だからこそ
だが――。
その中で、一人の少年が生まれた。
名をドウマ。
アヴェルネの子として生まれ、外れ職と嘲られるモンスターテイマーとして歩み出した少年。
勇者パーティに連れられ、奴隷のように扱われ、捨てられた少年。
だが彼は、弱きスライムと出会い、契約した。
ただの最下級モンスター。誰もが見向きもしない存在。
しかしドウマは、その小さな命に「自分と同じだ」と感じた。
虐げられ、見下され、存在を否定されることの痛みを知っていたからこそ。
歴史に押し潰され、泥に沈められてきたアヴェルネの人々。
その果てに、初めて「抗う者」が現れたのである。
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次への胎動
過去数百年の差別と搾取の歴史。
列強が積み上げた虚偽と欺瞞の壁。
そのすべてを背負った上で、なおも前に進もうとする少年。
彼の背後にいるのは、弱き者の象徴であるスライム。
だがその絆は、やがて大陸全土を震わせる嵐を呼ぶ。
アヴェルネの影を断ち切るのは、誰か。
その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。




