第1話:召喚の結果……
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こことは違う世界、『パッローナ』。その世界の一地方に存在する〝王国〟は広大な領土と人口を擁し、豊富な資源に恵まれ、長年に渡って繁栄を続けてきた。しかし、ある日突然、海の向こうにある〝帝国〟からの侵攻を受ける。帝国は巨大なモンスターを使役するだけには留まらず、『ロボット』と呼ばれる人形の大型機械兵器を大量に戦線に投入。未知なる兵器の攻撃に曝されて、王国はその広大な国土の3分の2を支配されてしまう……。
「大臣よ……」
「こ、国王陛下!」
立派な白髭をたくわえた男性が禿頭の男性に声をかける。大臣と呼ばれた禿頭の男性は慌てて跪こうとする。
「いやいや、そのようなことはせずとも良い……」
国王と呼ばれた男性は大臣に体勢を直すように促す。
「はっ……」
「ふむ、神殿の一角を使ったのだな……」
「も、申し訳ありません。なんとも恐れ多いことを……」
「国家の一大事である。そのような些細なことを気にしている場合ではない」
「はっ……」
「……これらが例のものだな?」
国王が見上げながら尋ねる。その視線の先には人よりもはるかに大きい人形の機械が数体、立った状態で並べられている。
「はい。各地に眠っていた古代の機械兵器でございます。帝国の侵攻が開始されたと同時に回収作業を進め、各主要都市が占領される前に王都へと運び込むことが出来ました……」
「名称はなんと言ったか?」
「各機にそれぞれ名はありますが……総称は『エレメンタルストライカー』でございます」
「……この機械兵器があれば、帝国のロボットやモンスターとも戦えるのだな?」
「分析の結果、性能を十二分に発揮することが出来れば、互角……いや、それ以上に戦うことが可能だということが判明しました」
「ふむ、それはなんとも頼もしいな……希望の光はまだ潰えてはおらなんだか……」
国王が笑みを浮かべながら白髭をさする。
「……ですが」
「なんだ?」
国王が首を傾げる。
「非常に申し上げにくいことなのですが……」
「かといって黙ったままでは困るだろう。申せ」
「このエレメンタルストライカー、この世界の者には満足に扱うことが出来ません……」
「なんだと? それはどういうことだ?」
「言うなれば、適性を満たす者がおりません」
「騎馬隊など、運動神経の良い者を集めて片っ端から乗せてみろ」
「優れた者はもはやほとんど敵方の捕虜になっております」
「くっ……な、ならば、致し方あるまい、若者を徴兵し……」
「若者でも恐らくは無理でしょう」
「無理だと?」
「ええ、可能性があるとすれば……女性が適しているという分析結果が出ております」
「お、女に戦わせるというのか?」
大臣の言葉に国王が戸惑う。
「たいへん心苦しい限りですが、そうなります……」
「で、では、若い女を集めて……」
「陛下、話を戻しますが、この世界には適性を満たす者はおりません」
「お、おらんと言っても……それではどうするのだ⁉」
「……古の伝承によりますと」
「古の伝承?」
「はい。このエレメンタルストライカーの性能を十二分に引き出すことが出来るのは……いわゆる〝異世界〟からの召喚者の女性がもっともふさわしいようです」
「い、異世界だと⁉」
「はい」
大臣が頷く。国王が腕を組んで顎をさすりながら思い出したように呟く。
「……確かにこの王国の長い歴史の中で、何度か召喚の儀を行い、その都度召喚された異世界からの民が国の発展に大いに寄与してきたという話があったな……」
「ええ、その通りでございます」
「で、では、大至急、召喚の儀を行え!」
「誠に勝手ながら、既にこの神殿の地下において儀式を行っております」
「な、なにっ⁉」
「儀式の作法を知っている老賢者たちを招集しました。明確な越権行為でございます。いかような処罰も受け入れます……」
「よ、良い、緊急事態であるからな……」
「ありがとうございます……もうすぐ儀式が終わるころです。ご案内いたします」
「あ、ああ……」
大臣が神殿の地下へと国王を案内する。
「こちらでございます。お足元にどうぞお気を付けください」
「神殿には何度か足を運んでいるが、このような地下の広間があったとはな……む?」
国王は地下の広間で召喚の儀を行っている年老いた賢者たちを見つける。賢者たちは羽織っている黒いローブのフードの部分を外して、ひと息つく。
「……どうやら儀式が終わったようですな」
「む! 床が光ったぞ⁉」
魔法陣が描かれた床が四度、青白く光る。大臣が老賢者たちと頷き合い、国王に告げる。
「……儀式は無事に成功したようです」
「四度光ったのは何か意味があるのか?」
「今、使えるエレメンタルストライカーは四体、よって、四人の女性を呼び寄せました」
「よ、四人もか⁉ ど、どのような者を呼び寄せたのだ?」
「そうですね……まずは『淑女』を」
「しゅ、淑女⁉ 戦えるのか⁉」
「マナーはしっかりしているかと……」
「マナーを守っている場合か! うん⁉」
「はっ、海賊を陸で捕らえようってか、汚い手を使いやがって……オレがお前らをまとめて地獄の業火に晒してやるぜ! ……ああん?」
赤髪ショートボブの、目つきの鋭い体格の良い女性が現れる。
「……大臣」
「続きまして、『賢女』を……」
「ちょ、ちょっと待って! 魔法の心得はあるけれど、私はごくごく普通の一般人だから! お願いだから魔女狩りとかやめてよ! ……あれ?」
大きなとんがり帽子を被った茶髪のセミロングで、小柄な女子が現れる。
「……大臣よ」
「次は『才女』を……」
「貴様ら、どういうつもりだ? そうか、自分の強さに危機感を覚えたか……傭兵の辛いところだな……だが、貴様らは何人か道連れにしてくれようぞ! ……む?」
短い銀髪で鎧に身を包んだやや長身の女性が現れる。
「……大臣?」
「最後は『聖女』を……」
「うわ~! ちょ、ちょっと待ってくれませんこと⁉ ギロチンはご勘弁ですわ! ……どこで間違えたのかしら? い、いや、こちらの話! それより一旦落ち着いて話し合いましょう! 皆様にはわたくしのことが悪政を働いただけの女に映ったかもしれませんが、これには実は深い深い理由がありまして! ……あら?」
真っ赤なドレス姿で金髪縦ロールの女性が現れる。
「……大臣よ、これはどういうことか?」
「……『淑女』、『賢女』、『才女』、『聖女』ではなく、見たところ、『鬼女』、『魔女』、『烈女』、さらには『悪女』を呼び寄せてしまったようですな」
「はああっ⁉」
国王の困惑した声が神殿中に響き渡る。
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「……以上です。誠に勝手ながら、貴女たちを召喚させて頂きました……我が王国、いえ、このパッローナの平穏を取り戻す為に、このエレメンタルストライカーに搭乗し、帝国と戦って頂きたい……どうぞお願いいたします!」
大臣がその禿頭を四人の女性に向かって恭しく下げる。
「よろしくてよ!」
「ええっ⁉」
金髪縦ロールの女性の即答ぶりに大臣は驚いた。
「? 何をそんなに驚くことが?」
「い、いや、この中では一番駄々をこねそうだなと思っておりましたので……」
「何故にしてそうお思いに?」
「派手なドレス……金髪縦ロール……極め付けは一人称がわたくし……」
「偏見が酷いですわね⁉」
「失礼いたしました……」
大臣が再び頭を下げる。
「ノブレス・オブリージュ……」
「はい?」
「高貴な地位にいる者にはそれなりの義務が伴うということですわ」
金髪縦ロールの女性が髪を優雅にかき上げてみせる。
「ふむ、世界は異なれど、人の上に立つ者の在り方というものは変わらんか……」
国王が白い顎髭をさすりながら呟く。
「そういうことですわ、白髭のおじさま!」
「お、おじさま⁉ 儂は国王なのだが……」
国王が面食らう。
「あらためて……その帝国とやらと戦えばよろしいのですわね?」
「あ、ああ……」
「ふむ……わたくしたちにどうぞお任せあれ!」
「き、危険を伴うぞ?」
「ご心配には及びません。ギロチンの刑からタイミング良く救ってくださった御礼はしっかりと返さなくてはいけませんわ」
「ギロチンの刑?」
「あ、い、いえ……こちらの話ですわ! お気になさらず!」
「はあ……」
「そ、それでは早速参りましょう!」
「待てよ、てめえ……」
「はい?」
金髪縦ロールに赤髪のショートボブが迫る。綺麗なドレスに対し、所々破れた衣服、細身の体つきに対し、がっしりとした体格。なにからなにまで対照的な二人である。
「はい?じゃねえよ、何をてめえが勝手に仕切ってやがんだ? ああん⁉」
「マリー……」
「あ?」
「てめえではなくて、わたくしはマリーと申します。貴女様のお名前は?」
「……ラ」
「え?」
マリーが耳を傾ける。
「……セイラだよ!」
「セイラさん! まあ、とっても可愛らしいお名前ですこと!」
「う、うるせえな!」
セイラと名乗った女性が顔を赤くする。
「セイラさん、今のお話は聞いたでしょう? この世界の方々はとても困っていらっしゃいます。皆様の為に力を尽くすべきです。それが召喚?されたわたくしたちに課せられた大事な責務だと思いますわ」
「召喚とかわけわかんねえし、責務とかそういう堅っ苦しいのは真っ平ごめんだ。オレは地中海の海賊として自由気ままに暴れ回ってきたんだぜ?」
「……この神殿は大変立派な建物ですわね」
マリーがセイラに囁く。
「あん?」
「ここから推測すると、この王国というのはなかなかの規模の国家なのでは?」
「!」
「御礼もそれなりのものが期待出来るでしょうね」
「……ひょ、ひょっとして、酒池肉林ってやつか⁉」
「女性がそういう言葉を使うのは初めて聞きましたが……大いにあり得るでしょうね」
マリーが頷く。セイラが笑顔を浮かべて国王たちの方を見て告げる。
「へへっ、このセイラ様が力を貸してやるぜ! ありがたく思いな!」
「えっと……」
「……ヒルデだ」
腕を組んで壁に寄りかかっていた銀髪の短髪の女性がマリーの疑問に答える。
「……見たところ、傭兵さんですわね?」
「ああ、金で動く。信用出来ないだろう?」
「いいえ、かえって信頼出来るというものですわ」
「‼」
ヒルデと名乗った女性の整えられた眉がピクっと動く。
「国を救う偉業を成すとならば、報酬はきっとたいへんなものでしょうね……」
マリーはわざとらしく両手を広げてみせる。
「ふむ、金はいくらあっても困らんからな……」
「ええ」
「分かった、自分の力を貸そう……」
ヒルデは壁から姿勢をただし、国王たちに告げる。
「お嬢さんは……」
「誰がお嬢さんよ! 私はメリッサ!」
とんがり帽子を被った女子がムッとした口調でマリーに応える。
「メリッサさん、この世界にはモンスターがいるそうですわよ?」
「ええ、それに強い魔力の流れも感じるわ……」
「なかなか興味深いのではありませんこと?」
「ふん、異世界に来たのですもの、好奇心を刺激されない方がどうかしているわ」
「それでは……」
「ええ、このメリッサが手助けしてあげるわ! ありがたく思いなさい!」
メリッサが両手を腰に当てて、胸を張って、国王たちに向かって声を上げる。
「きっと良いベッドも用意してくださいますわ」
「良いベッド?」
マリーの言葉にメリッサが首を傾げる。マリーが微笑む。
「寝る子は育つと言いますし……」
「こ、子ども扱いしないでよ!」
「これは失礼いたしましたわ……」
マリーが頭を下げる。
「まったく……でも、ふかふかのベッドは魅力的ね……豪華な寝室を所望するわ!」
「なっ……」
メリッサの遠慮の無い発言に国王が戸惑う。
「性欲、食欲、金銭欲、知識欲、睡眠欲……それに名誉欲ですか、やれやれ、欲求まみれのご婦人たちですな……」
国王の側に控えていた大臣が呆れたように首を左右に振る。
「だ、大臣……」
「大事な召喚者といえども、最初が大事。ここはビシっと言ってやります……」
「た、頼むぞ……」
大臣があらためて四人の前にゆっくりと進み出る。
「そなたたちの望み……叶えてやる! よって、帝国の軍勢を直ちに追い払え!」
「おおいっ⁉ 越権行為⁉」
勝手に命令を出す大臣に対して、国王が大いに困惑する。
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