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第三話 :刺客が使った『溶ける刃』と、王子の秘密

「皇太子様が襲われたらしいって、ほんとうなの?」


昼下がりの西苑。女官たちの間に広がったのは、驚きと興奮、そして不安だった。


「ええ、さっき東の書院で──。右腕を刺されたらしいけど、お付きの従者がすぐに刺客を取り押さえて、皇太子に命の別状はなかったらしいの。ただ、刺客が使った武器が……ちょっと、おかしいらしいのよ」


「おかしいって?」


「刃刺客えたって……どういうこと?」


──煌璃は、そんな噂話を横目に、東書院へと足を運んでいた。


書院の中はすでに役人や兵に囲まれていたが、煌璃が顔を見せると、一人の文官が声をかけた。


「煌璃、お前を呼ぶよう命があった。陛下の勅命である」


「ふーん……じゃあ、見せてもらいましょうか?消えた“刃ってやらを」



書院の奥、立ち入りが制限された部屋の中に、その現場はあった。


床には焦げ跡があり、傍らには皇太子──黎苑れいえんが座していた。

繊細な顔立ちに青白い顔色。腕には包帯が巻かれているが、深手ではなさそうだった。


「お前が、化学屋の娘か。……変わった奴だと聞いている」


「そう言われるのも、もう慣れていました」


煌璃は皇太子の傷を一瞥し、すぐに床に目を落とした。焦げ跡の中心には、短剣の柄だけが落ちている。


「刃の部分が、なかったんだ。確かに光ったんだ。だが……気づけば消えていた」


「へぇ……これはおもしろいですね」


煌璃は懐から小瓶を取り出し、柄の周囲に薬液を垂らす。


「……銀も鉄も反応しない。ってことは、これは金属じゃないですね。たぶん、使われたのは──ガリウムでしょうか?」


「がり……?」


「ガリウム。銀白色の金属。でも融点が30度くらいしかなくて、人の手でも溶けるんです。体温で」


煌璃は言うなり、自分の掌に銀の刃のような何かを載せた。

数秒後──ぬるりと、それが形を失って溶けはじめる。


「……まさか。そんな金属があるのか」


「あります。たとえば刃の部分だけガリウムで作って、柄にくっつけておけば、突き刺した瞬間──溶けて消える。だから証拠は残らない。しかも人体に残留しても、毒性は低くて見つかりづらい。完璧な暗器になる」


「だが……なぜ、そんな回りくどいことを?」


「おそらく誰にも気づかれずに殺すのが目的だった。毒じゃ目立つし、刺した証拠も残したくない。

 皇太子を殺したいけれど、死因はぼかしたい。……誰か、心当たりはありますか?」


黎苑は黙っていた。


その沈黙の中で、煌璃は何かに気づいたように顔を上げる。


「ふーん。でも皇太子様、刺されたとされる右腕じゃなくて、左腕をかばってるんですね」


「っ……」


「当たったみたいですね。つまり本当は傷を負っていない。これは襲撃じゃなく──自作自演だったというわけです」


「……やめろ。これ以上、言うな」


黎苑は目を伏せた。


煌璃はそれ以上は詰めなかった。ただ、やれやれと肩をすくめて言った。


「じゃあ、これだけ言っておく。

 誰かの死を偽装するってのは、立派な化学反応よ。しかも、それが思った以上に早く広がるガスだってこと─ちゃんと知っておいた方がいいわね、皇太子様」


彼女は振り返らずに書院を出る。


──その背中を、黎苑は静かに見送っていた。



そして数日後。

また、後宮の一角で“爆発騒ぎ”が起こる。


燃えたのは香炉。見た目は何の変哲もない器だったが──


煌璃は、その跡を見て笑う。


「ねえ。これ……誰か、化学を少し、かじった人間の仕業じゃないか?」


──風に乗って運ばれる“目に見えない炎”。

次の事件は、もっと“危険”で、“派手”になる予感がしていた。

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