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第一話:毒入りの饅頭?そんなのは化学の目で見ればただの錯覚です

「お妃様が──っ、饅頭で……っ!」


西苑の廊下に、慌ただしい足音が響き渡る。

血相を変えて飛び込んできたのは、内膳ないぜん司の使いだった。


「高貴妃様が、おやつに出された饅頭を召し上がった直後、腹痛を訴えて倒れられました!口元には赤い泡……っ、毒の可能性が!」


その場にいた女官たちは悲鳴を上げ、動転する。


「また毒? この前の花の件もまだ終わってないのに……!」


煌璃は饅頭という単語を聞いた途端、視線を鋭くした。


「饅頭の残りは?」


「え? そ、それならこちらに……」


使いが差し出した漆塗りの菓子盆には、半分かじられた饅頭と、手つかずの饅頭がひとつ。


「ふぅん……白あんに、紅花の色素か?」


煌璃は饅頭をひょいと手に取り、割る。断面をじっと眺めたあと、あろうことか、ひと口ぱくりと口に含んだ。


「こ、煌璃っ!? な、何をっ!」


「落ち着いてください。……毒なんて、入っていませんよ。これはただの“錯覚”です」


「錯覚、ですって……!?」


煌璃は、口を動かしながら饅頭を指でつまんで示す。


「見てください。あんこが微妙に赤黒く見えるでしょ? でもこれ、赤い食紅が鉄分と反応して色が変わっただけなんです」


「鉄……?」


「そう。銀器じゃなくて“鉄製の箸”で食べたせい。鉄イオンが色素と反応して、こういう発色になることがあるんです」


煌璃は視線を横に向け、膳の脇に置かれた箸を指さす。


「お妃様が最近お使いの“黒漆の箸”……実は漆じゃなくて、外見だけ塗った鉄製。内膳司が経費削減でこっそり仕入れてたんでしょう」


「そ、そんな……! じゃあこの赤い泡は?」


「泡は泡。毒の泡じゃないありません。あれは胃の酸と空気が混ざって泡状になったもの。饅頭の発酵が進んでたせいで、胃が一時的にびっくりしただけです」


「……つまり、高貴妃様の倒れた原因は?」


「食中毒寸前の酸敗ですね。毒ではないけど、体には悪いです」


煌璃は淡々と、使いの者たちに指示を出す。


「膳はすぐ下げて、同じ饅頭を調べさせてください。あと、箸の仕入れ先も調べてもらえますか?」


「……は、はいっ!」


騒ぎは一時沈静化し、煌璃はひとり、膳の前でぽつりと呟く。


「発色の変化で毒と決めつけるなんて……ほんとに、この国の人たちには呆れる」


紅花の色素と鉄の反応。胃酸と酵母のガス。

どれも理館にいた頃なら、初歩中の初歩の知識。


「でもまぁ、あの高貴妃が死ぬほどの毒なら、こんな子供騙しじゃすまないな。……本命は、きっともっと別の場所」


青くなった蓮の花。泡を吹いた侍女。

そして今度は、色の変わった饅頭。


一見つながりのないそれらの事件が、どこかで一筋の線になる気配がした。


煌璃は膳の片隅に残された、奇妙な“香り袋”を拾い上げた。


それが、次なる“化学反応”の導火線になることを、その時の彼女はまだ知らなかった。

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