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「間違いないですね。」

テーブルの上には紫の林檎

赤みが強かったり、青みが強かったり、大きさの大小もあるが一概に紫に分類出来る色合いの艶々とした林檎

丸のままもあれば半分や四半分にされたものもある。

それを半ば睨みつけるようにして調べていたフォルセティは一つ息を吐くと傍らに座っていたこの部屋の主を見上げた。

「やはりわずかですが魔力が貯まっています。」

一部の林檎だけかと思えば午後には十を超える紫色の林檎が集められた。

「これまで気づきませんでしたが、確かにそうですね。」

「その環境が当たり前であれば気づかないものです。私もたまたま気づいただけですもの。」

一際大きな林檎をテーブルの上に戻したジークフリートは小ぶりなナイフを手に取ると四半分にされた林檎の芯をとってから口に放り込んだ。

「やはり食べても何も感じない。」

「私もいただいても?」

「あ、いや……」

言い淀むジークフリートにフォルセティは首を傾げた。

「あなたも民も食べているのでしょう?」

ならば問題ない、とフォルセティはジークフリートが食べた残りの四半分を手にすると噛りついた。

「少し酸っぱい?」

「そういう品種なのです。」

少しだけおかしそうに目尻を下げたジークフリートは齧られた林檎を取り上げると芯を取ってからやはり口に放り込んだ。

「ジークフリート様、こちらを王都で調べてもよろしい?」

「勿論ですが……調べるというと当てが?」

「ええ、少々伝手がありまして。」

ならば、とジークフリートは一つ頷いた。

「明日の朝に王都に遣いを出せるようにします。」

「ありがとうございます。ではそれまでに書面を準備いたします。」

「書面だけであれば先に届けることも出来ますがどうしますか?」

「先に?」

なんだろうかと疑問に思いながらも早いに越したことはないとフォルセティの勘が告げている。

「お願いします。」

早速、と隊舎の確認を早々に切り上げて屋敷に戻ったフォルセティは手紙を書いた。

届け先が複数ある上に届く順もあり、正式な依頼となるものもあるから全てを書き終える頃には常の夕餉の時刻などとっくに過ぎていた。

「お嬢様。夕食をお召し上がりください。」

付き合いが長いからこその匙加減で手紙を書き終えるまで口を出さずに控えていたシシーは主人にショールを羽織らせると返事を待つこともなく促した。

「もう遅いので軽めのものを用意するように伝えております。明日もお早いのでしょう?」

「そうね。」

欠伸を小さく、小さく噛み殺しながら頷きはしたがフォルセティは眠かった。

これが自邸であれば髪を解き、寝間着に着替えて渋々食事をしていただろうほどには眠かった。

だが、ここはそうではない。

いくらこの滞在が終わればもう会うことはないだろう相手とはいえ、家名も背負っているのだ。

迂闊なことは出来ない、と背筋を伸ばしたフォルセティだったが夕餉の席についてすぐに現れたジークフリートに目を丸くした。

「一緒によろしいですか?」

「ええ。まだ召し上がっていなかったのですか?」

「少し調べ物をしていました。フォルセティ様も?」

「手紙を少し。」

共にテーブルについたはいいが、ジークフリートはフォルセティの前に運ばれた食事に眉を寄せた。

「どうかなさいまして?」

「申し訳ありません。すぐに用意をさせますので。」

はて、と疑問符を浮かべたフォルセティだが、運ばれてきたジークフリートの皿に微笑んで首を振った。

「こちらはシシーが頼んでくれたものなのです。」

ジークフリートの前には具沢山のスープに大ぶりなパン、厚切りの肉が並んでいる。

それに比べてフォルセティの前にはスープの皿と僅かなサラダのみだ。

「口に合いませんでしたか?」

「いいえ。とても美味しいです。」

では何故、と眉間の皺が消えないジークフリートに失礼いたします、と声を上げたのはフォルセティの前にオーブンから出したてであろう熱々の皿を置いた年嵩のキッチンメイドをだった。

「女性はこの時刻にそのような量は重すぎます。」

「ええ、太ってしまいます。」

冗談めかして、しかし半分以上本気で続けたフォルセティにジークフリートはきょとんと首を傾げた。

「食事制限が必要とは思えませんが…」

「医学的見地の問題ばかりではないのです。」

困った人だと温かく微笑んだキッチンメイドのその言葉にジークフリートはそういうものなのかととりあえずは納得したらしい。

「こちらは林檎のカスタードです。器が熱いのでお気をつけください。」

「ありがとう。」

とろとろのカスタードの下には甘酸っぱい煮林檎

冷たいものも美味しかったけれど温かくしても美味しい

ベリーでも作れるが林檎のもののほうが好みだ

王都ではベリーがよく採れるからそういった菓子が多いが林檎でも作ってみてもいいかもしれない

そんなことを話しながらフォルセティがデザートまで食べ終える頃にはジークフリートの目の前の皿もすっかり空になっていた。

「明日は何時頃に皆様は出立なさるのですか?」

部屋まで送ってくれたジークフリートにフォルセティは尋ね、その返答にかすかに目を丸くした。

「お早いのですね。」

「討伐は夜を通すこともありますから、そう負担でもありません。」

そういうものだろうか?

軍の関係者とはあまり親しくなかったから普通がわからない

けれど、とフォルセティはとあるものを用意することにした。

その結果非常に寝不足ではあるがたまにはいいだろう

眠気覚ましの熱いお茶を飲み、玄関へ向かえば既にジークフリートは立っていた。

「おまたせいたしました。」

「いえ、まだ時間の前です。」

「それでもジークフリート様が待っていてくださったことに変わりはないでしょう?」

さ、行きましょう、と玄関を出れば案内されるまでもなく、目的の一行が目に入った。

素人目にも手練とわかる一行はジークフリートとフォルセティに気づくと礼をとった。

「おはようございます。いつでも出立可能です。」

隊長らしい男性は一歩前に進み出てそうジークフリートに報告をするとすかさず、フォルセティにも丁寧に礼をとった。

「フォルセティ・サファイアです。この度は急なお願いをしてしまってすみません。よろしければこちらをお持ちくださいな。」

まっすぐに自分を見る男性の目に敵意も害意もない。

例えあったとしてもフォルセティの何が変わるわけでもないのだが気は楽になる。

「これは魔水ですか?」

「ええ。こちらの青い瓶が結界、紫の瓶が増幅です。」

フォルセティの手ですらも片手で2本は持てる大きさのガラス瓶

「皆様には不要とは思いますけれど、少しでも負担が減れば嬉しいです。」

「ありがたくいただきます。」

「使わなければ王都の届け先に言えば換金してくれるはずなので。大した額にはならないかもしれませんけれど銅数枚程度にはなるはずです。」

「売るくらいなら僕がもらうから持って帰ってこい。」

シシーから籠を受け取った隊長にそんなことをいうジークフリートにフォルセティはころころと笑った。

「そんな勿体ないことしませんよ。」

「どういう意味だ。」

憮然とするジークフリートにもフォルセティの笑い声は途絶えなかった。





「おはようございます。」

「ジークフリート様?おはようございます。」

すっかり日課となった朝食前の散歩だったが、その日に最初に目にしたのは、朝から仕事に精を出す庭師ではなく、この屋敷の主だった。

シャツに軽いベストという軽い服装のジークフリートは少々所在なげな様子ではあったがフォルセティに近寄ってくると言い淀んだ後に口を開いた。

「遠目にあなたが出てくるのが見えたので……散歩ですか?」

「ええ。ジークフリート様は?」

「日課の鍛練を。」

そういえば武に優れる友人も鍛練を欠かすことはなかった。

「腕の立つ方というのはやはり努力をなさっているのですね。」

「いや、私はまだ未熟ですので鍛練が欠かせず……」

「そうなのですか?武官をしておりました友人から国で三本の指に入ると聞いております。」

王家からの縁談と聞いて親友2人は飛んできてくれた。

縁談相手と事情を聞き、華やかな美貌を面白くなさそうに歪めていた二人を思い起こして思わず笑ってしまった。

「フォルセティ様?」

「いえ……」

王都に戻ったら彼女たちにもジークフリートの花嫁候補を探してもらおう

諸々の事情を差し引いたとしても素敵な人だ

「あちらの茂みの薔薇がもう咲きそうで。」

「薔薇……そういえばありましたね。」

成り行きで散歩を共にすることとなったが自分の庭を散歩して楽しいだろうか?

そんなフォルセティの懸念も他所にジークフリートは穏やかな笑みを崩さない。

「もう少ししたらあちらの木の花が香り出すと思います。」

「あの木……工房の近くにもありますか?」

姿こそ控えめではあるが香り高い花を咲かせる常緑樹

春には白に近い桃色、秋には橙の花をつけるその木はよく育ったものがレース工房の近くに多く植わっているものと同じだろう。

「はい。魔物があの匂いを嫌うので領地中によく植わっています。」

「花が咲きだすのが楽しみです。」

「お好きですか?」

「ええ。毎年この時期が楽しみなのです。」

王都ではあくまでも嗜好の範囲であったからそんなに植えられていない。

それこそ低木と言える大きさのものばかりだから同じ種だと気づかなかったくらいだ。

「他には何がお好きですか?」

一拍おいた後にやけに力がこもって聞こえる問いかけにフォルセティは僅かに首を傾げた。

「私、ですか?」

自分でも、ジークフリートが自分の好みを訊ねているとはわかっている。

けれどもその意図がわからない

「その、庭師から新しく植える花が何がいいかと、その……」

「池の周りでしょうか?そういえばそんなお話もしました。」

暫く前に庭師とそんな話もした、とフォルセティは思い起こした。

「春に向けて今から準備をすると伺いました。」

「はい。冬が厳しいので……」

「雪も深いのでしょう?よくここまで育ってくれましたね。」

太い幹の木は決して少なくない。

この種がこの土地に合っているというのはあるだろうけれど、それでも丹念な手入れがあってこそだ。

「寒さは厳しいのですが土地の滋養はあるのです。雪で冷えることも土にはいいので。」

「そうなんですね。」

「土が凍った後の処理をしっかりすると作物の出来もかなり変わるのです。ただ、力がいるので軍も一緒にやっています。」

「春先は忙しいですね。」

「はい。でも、春が来た証ですし、祭りもあるので、皆、楽しみにしています。」

凍った土を耕し終えた後は皆でお祭りをするらしい

長い冬を乗り越えられたという祝と感謝の祭事

知識では知っていたけれど予想よりも盛大なようだ

孤児院でも何かできないだろうか?

ジョゼたちにも相談をしてみよう

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