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「本当にここの林檎は美味しいね。」

さくさくと歯応えがあるのに蜜を湛えて甘い林檎が今朝のテーブルに並べられている。

「昨日とは違う品種だそうです。」

剥いた先から変色してしまうから、とキッチンメイドがテーブルの端で剝きあげた林檎は確かに昨日食べた黄色いものとは違ってうっすらと黄色い班が散る赤林檎だ。

「昨日のは甘さがさっぱりしていて歯切れがよいのです。フォルセティ様はどちらがお好みでしたか?」

初日よりも大分打ち解けたキッチンメイドの問いにフォルセティは首を傾げた。

「難しいわね。一昨日の林檎も甘酸っぱくて美味しかったもの。」

「どちらかといえば歯応えがしっかりしたものがお好きでしょうか?」

「そう、ね。でも林檎のお菓子も好き。」

「でしたら明日の朝食には林檎のマフィンをご用意いたします。」

「楽しみにしているね。」

屋敷の使用人とも関係性は悪くない

滞在は予想よりもかなり快適だった

そう機嫌のよいフォルセティだったが、食後に主の外出支度を整えるシシーは大きなため息を吐いてみせた。

「お嬢様、ここにいらっしゃる目的は何でしょうか?」

「事業拡大。」

「縁談でございます。」

被せるようにいい切ったシシーは他に誰もいないということもあり、遠慮がない。それに外出の支度と言っても園遊会等ではないから手際の良いシシーは軽口を叩いていてもすぐに終わる。

「あら、このレース。」

「今日はシトロンにお会いになるのでしょう?」

繊細なレースを右耳の下あたりの襟元に結んだシシーは金のピンで固定した。

「よいものですから本当はもっと華やかにしてもよいのですけれどもね。」

濃い色のドレスに長く垂らすようにすればとても映えます、とそういいながらもコンパクトに纏めたのは子どもたちと触れ合う予定があるからだ。

「揃いのレースかモチーフで帽子と手袋を飾れないかしら?アメリア様とのお茶会で身につけたら気に留めていただけるかもしれない。」

「素敵ですわね。ヘレン様に相談をさせていただきます。」

「お願い。」

王室の目にとまれば箔が付く。

そうなれば高価であっても買い手はつくし、迂闊な商売の餌食にはならないだろう。

「工房によって、ジョゼのところにいって……時間があれば隊舎の改装も見に行きたいところだけれど。」

「そこまでの時間はございませんよ、お嬢様。今日は夕食前にジークフリート様とお会いになるのでしょう?」

「少し覗くだけでも?」

「なんのために滞在なさっていると?」

やたらと力が入っている

少なくともここに来た時よりもずっと気合が入っている

まあ、正論ではあるのだけれども……

お父様やお母様から圧でもかかったのかしら

「お嬢様?」

「わかった、わかりました。今日はジョゼに会ったら帰ります。」

「ええ、大変よろしいですわ。」

シシーのいうことは間違ってはいない。

縁談で来ているのに明らかに仕事の比率のほうが高い。

「でも、ねぇ……」

ふう、と思わず出たため息に手を繋いでいたシトロンの肩が軽くはねたからあなたのことではないの、とフォルセティは微笑んだ。

「今日はね、この前のお礼をしたくて。」

きょとんと首を傾げた子どもにフォルセティは小さな包みを取り出した。

「素敵なレースをありがとう、シトロン。」

小さな包みといえど子どもの手にはそれなりの大きさだが中身が中身だから軽い。

「あけていいのよ。」

おずおずと包みを開いた先にシトロンの目に入ったのは青い花をモチーフにした刺繍

花の下には淡い黄色で文字が描いてある。

「シトロンと書いてあるの。」

この子どもが読み書きができないことは知っている。

けれど学びの場も少なく、何より本人がレース以外に目を向けない。

だから少しでも取っ掛かりになれば、とそう思ってフォルセティは刺繍を指した。

飾り文字ではあるが、読み取りやすい図案を選んで、少し大きめに……

「うん、あなたのよ。」

両手の中のハンカチとフォルセティを交互に見たシトロンは口を開くが音は出ない。

「さ、お茶を準備したの。お菓子は好き?」

こく、と頷くからフォルセティの目尻も下がった。

「林檎のジャムのクッキーとレモンのケーキなの。」

お菓子に目を輝かせたシトロンは年相応に頬を染めて無邪気に笑った。

「ええ、ええ。シトロンがジョゼ様のところの子どもたちと遊べたのは大変よろしかったですわよ。」

シシーのその言葉に嘘はない

長い付き合いだからフォルセティもそれはよくわかっている。

そして同時にシシーが何に機嫌を損ねているかもわかる。

「支度の時間が短くなったのはごめんなさい。」

お茶の後、名残惜しそうに、寂しそうにするシトロンに孤児院に一緒に行くかと誘ったのだ。

元々ある孤児院の責任者であるジョゼはまだ数度しか会ったことはないが、愛情深く有能な女性だから嫌がりはしないだろうし、あわよくば孤児院の子どもたちと交流でもできた……、そこまで行かなくとも文字を学ぶときに他の子どもと一緒になった際にあまりストレスにならないようにリハビリにでもなれば、とそう思ったのだ。

「でも、ほらシシーならどうにかしてくれるかなって。」

「ええ、勿論ですわ。」

憮然とした表情のまま、シシーの手は先ほどから淀みない。

「それに中間報告をするだけなのだからそんなに支度も要らないでしょう?って着替えるの?」

「業務報告ではないのです。お嬢様の意識改革のためですわ。」

問答している時間も惜しいとばかりに、仕事着としている白のブラウスと濃紺のスカートから着替えさせられたのは灰色がかった青のドレスだ。

お気に入りでもあるそれを選ぶ辺りにシシーの本気をみたフォルセティは黙って昼とは違った型に結い上げられた髪に白銀の飾りを飾られるがままになった。

「お時間をくださり、ありがとうございます。」

結果としてシシーの選択がよかったのかはわからない。

けれど、仕事の報告だけで終わらずに夕飯を一緒に食べることになったというのは縁談相手らしいかもしれない。

いくら夕餉の場での会話の内容が仕事でも……

「では明日は隊舎の視察に?」

「ええ。ジョゼも来てくれるというので一緒に確認をしようかと思っております。」

「でしたら案内をさせてください。」

「よろしいのですか?」

多忙とはわかっているのに何も当主自ら、と軽く首を傾げたフォルセティの前に音もなく置かれたのはデザートの皿だ。

「焼きリンゴにシナモン風味とバニラのアイスを添えました。お早めにお召し上がりください。」

夜の給仕につくことの多い彼女の言葉にフォルセティは微笑んでスプーンを手繰った。

「甘酸っぱくて美味しい。焼きリンゴは初めて食べたけれど温まりますね。」

「お気に召していただけて嬉しゅうございます。冬の人気のデザートなのです。」

「作るのは難しいかしら?」

「簡単ですわ。領民もよく作りますし、おやつに出ることも多いのです。」

温かな林檎を楽しんでいたフォルセティだが、そういえば、とジークフリートに尋ねてみた。

「夜色の林檎というのはなんでしょう?」

孤児院で大人が歌っていた子守唄

王都でも聞いたことのないその唄はこの地域特有のものだろう

「子守唄で……」

ねんねんね ねんころり

ねんねんころころ

あかいりんごはあまい

きいろりんごはあまい

あおいりんごはまだはやい

よるいろりんごはゆめのなか

「たまに生る、というか出来るんです。品種というよりも突然変異に近いものですね。ちょうど隊舎の林檎の樹にも生っているので明日お見せしますよ。」

「嬉しいです。食べられるんですか?」

「ええ。味は特に変わらないので。皮を剥いてしまえば中身も同じです。」

夜色とはいっても元は林檎

深い赤だろうとフォルセティは考えていたのだが翌日ジークフリートに案内された林檎の樹に見えたのは林檎らしい林檎の色合いの中に深い紺

まさに夜色に相応しい色合いの林檎だった。

「不思議……でも綺麗な色ですね。」

「多少、差はありますが大体この色合いですね。もう少し紫がかった色のものもありますがその辺りは品種によるようです。」

近づいた先で腕を伸ばして枝をしならせると件の林檎をもぎ取ったジークフリートはフォルセティに差し出した。

「どうぞ。」

「ありがとうございます。」

色以外は普通の林檎だ

でも……とフォルセティは首を傾げた。

「どうかしましたか?」

「いえ……あの、あちらの林檎も採れますか?」

先程よりも少し高い位置にあるやはり夜色の林檎

フォルセティの意図を察したのだろうジークフリートは軽く跳ぶとやはり枝をしならせて件の林檎とその隣の赤く熟れた林檎をもぎ取った。

「この林檎は色以外は変わらないのですよね?」

「ええ。野生動物は食べませんが人間は普通に食べています。」

腰を下ろしてスカートの上に並べた三つの林檎

それを一つ一つ持ち上げて見比べてみてフォルセティはやはり膝をついたジークフリートを見上げた。

「ジークフリート様、ナイフか何かお持ちですか?」

「割ればいいのですか?」

「え、ええ。」

割る?

林檎に対して割るとは?

そう疑問符を浮かべながらも方言かもしれない、とフォルセティは頷いた。

「はい。」

だか方言でもなんでもなかった。

ジークフリートは事も無げに言葉通りに林檎を二つに割った。

「こちらも?」

「ええ、お願いします。」

軽い音をたてて割れた二つ目の林檎

思わず林檎とジークフリートの顔を見比べたフォルセティははたと我に返るとハンカチを取り出した。

「お手が汚れております。」

果汁が多いのだろう

ジークフリートの濡れた手をハンカチでぽんぽんと拭ったフォルセティは割られた林檎を目の高さまで持ち上げ、一呼吸置くと小さく頷いた。

「ジークフリート様、こちらの林檎は魔力がありますね。」

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