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「冬までに子どもは全員孤児院にいれます。」

オニキス領に滞在を始めて5日

領主から言質はとったから好きに動ける、とフォルセティは計画を実行に移した。

許可がなくてもやることは変わらないが、やはり気兼ねなく動けるというのは気分もいい上に効率もよい。

シシーが何のために滞在しているのかと目で訴えているが気にしない。

「冬までに?」

目処が立ったら一応報告はしておくつもりではあったのだがそれよりも早く副官だと思われる青年から告げられたのは面会の申し出であった。

口ぶりからしても仕事の話だろうとそうフォルセティが予想をした通り、通されたのは前回と同じ部屋

前回と違い傍に控えたシシーの纏う温度が一度下がった気がした。

「こちらは王都よりも寒さが厳しく、冬の死亡率も高いと伺っております。」

ここに来る前に調べた情報と現状のすり合わせ

そこからの問題の抽出と原因の分析

そして対策立案

今回の滞在中に財源含め実現可能な政策の決定まで進めたい

そうなると時間がない

「おおよその孤児の数を調べましたが、予想の範囲内でした。」

だから相談がある、と先に話を切り出した。

「この範囲なら対応が可能です。」

じ、と初めて真っ直ぐに目があった。

やはり、綺麗な深緑

静かな森の色だ

「場所は西の軍隊舎ですか?」

「ええ。子どもの世話をする人手ですが、家のない大人を衣食住付きで雇い入れるのはいかがでしょう?」

こちらが企画書です、とフォルセティが出した書類にジークフリートは両手を伸ばした。

「机上の空論とならないように考えは致しましたが、現状を知るのはここに住まう方々です。少しでもご採用いただけますと嬉しく存じます。」

いつ話してもいいように、と書面は適宜纏めていた。

まあ、昨晩声がかかったから正直寝不足ではあるけれど……

「拝見いたします。」

早速、とページをめくり始めようとしたジークフリートの隣で咳払いがおきた。

そちらをみれば失礼いたしました、と深く金髪が下げられている。

「あ、いや、こちらは必ず拝見させていただきます。よろしければまたお時間をいただいてもよろしいですか?」

「ええ。私でお役に立てることがありましたら光栄です。」

本当に真面目な方だ

初対面に近い、こんな年増の女の言う事など歯牙にもかけない輩も多いというのに……

きっと彼は本当に読んでくれるのだろう

「お先に失礼いたしました。ジークフリート様のご用件をお伺いいたします。」

一つ肩の荷が下りた、と自然に力が抜けた。

何となくだが悪いようにはならない気がしたのだ

「その、大したことではないのです。不自由等があれば、と思いまして。」

「とてもよくしていただいております。ね、シシー。」

主人の促しに侍女は礼を一つ取ると淑やかに頷いた。

「何かありましたら遠慮なくお声掛けください。」

「ありがとうございます。」

丁寧なことだ

わざわざ時間を割いてくれるとは……

穿った見方をすれば、王家やサファイア家への心象だろう

断るにしろ努力はした、というポーズだ

けれど気遣われて嫌な気分にもならないのはシシーの言う通り、少し甘いのかもしれない

「よろしければ、この地域の工芸品を見に行きませんか?」

はて、これはどちらが本題なのだろうか?

社交辞令の一環とするには無骨な気もするけれど……

「工芸品……レースや木製品が見事と伺っております。」

冬が厳しいため、家の中で出来る工芸品が発達していると聞く。

残念ながら実物をみたことがないが楽しみだ

そう告げれば嬉しそうに笑うから話はとんとん拍子で進んだ。

「この地方のレースは糸を絡ませるようにして作るのだとか。」

昔遠目に見たことがあるがとても繊細で美しかった

よいものがあれば購入をしてもよいだろうか?

「手間がかかるので領外にはあまりでないのです。」

工房へと向かう道すがら窓の外を眺めていればやはり子どもの姿が目に付く。

「それを抜きにしても魔物が多いこの土地から、となると問題も多いので。」

「素敵な街だと思います。魔物が多くても生活が破綻しておりませんし、活気もあります。」

オニキス領は王都を挟んで真逆にある領と並んで魔物が多い。

それを制圧するのがオニキス家の責務なのだが、少し前から魔物の異常発生が起きている。

孤児が多くなったのは行商等で働く者たちが魔物に襲われ、子供だけでも、と逃がしたり、守った結果だ。

「民が勤勉なのです。土地はひどく豊かというわけではありませんが、民には恵まれています。」

「民だけでも貴族だけでも国は成り立ちません。ジークフリート様のご尽力は確かにございます。」

急死に近かったご父君の逝去

もう十年弱も前にはなるがどれほど苦労したのだろうか

彼が当主を継いだ時は私の周りも騒がしかった時期だからよく覚えているが、碌でもない者が群がらないようにと陛下もお父様も心を砕いていた。

その甲斐はあっただろう

「責務を立派に果たしていらっしゃいますのね。」

どこぞの馬鹿子息共から領地を取り上げたいくらいだ

彼ならばもう少し領地が増えても運営に問題はないだろう

王都に戻ったら陛下との茶会の際にでも口にしてもよいかもしれない

「ジークフリート様?」

「あ、いえ……その、よろしければ工房の後、散歩をしませんか?」

少しぼぅっとしているようだったが、はたと我に返ったようにそう誘うジークフリートは言葉を重ねた。

「工房で水を使うので川が近いのですが、今日は天気もよいので気持ちがよいと思います。」

「ええ。」

シシーが日傘も準備していたはずだ

要るだろうかと思っていたが、口にしなくて良かった

まあ、今朝のシシーはやたらと緊張感があったから余計なことはいえなかったけれど……

そんなことを話していれば着いた先は川辺の建物

門番が立つそこは古くはあるが、頑丈そうで清潔な、良い意味でよく使い込まれた場所だった。

「あら、若様。」

馬車を降りて足を進めれば、かちゃかちゃと軽やかな音がした。何の音だろうかとジークフリートの後ろから様子を伺えば、出てきた一人の夫人が大きく戸を開けて頭を下げた。

「若様、ようこそ。どのようなご用ですか?」

「急にすまない。少し見てもいいだろうか?」

「ええ、それは構いませんけれども……」

そちらは、と顔に書いてある夫人にフォルセティは軽くスカートを摘んだ。

「お邪魔してしまって申し訳ありません。フォルセティと申します。素敵なレースを作っていらっしゃると伺いましてよろしければ拝見してもよろしいですか?」

「え?あ!いや!こんな狭いところでよければいくらでも!」

一瞬固まった女性は慌てて頭を下げると身体を翻し、奥で一際かちゃかちゃと音を奏でていた女性に駆け寄った。

「ヘレンばあちゃん!お客様よ!ちょっとみせてくださいって。」

こちらへ、と促されるままに歩み寄ればヘレンと呼ばれた老夫人は糸が連なった何十本もの木の棒を目まぐるしく動かしているのがみえる。

「このボビンに糸を巻きつけて絡めあわせて模様を作るんです。この人が一番上手くて、みんなヘレンばあちゃんに習いました。」

見ている間にも細い糸が模様を形作っていき、あれよあれよと花のような絵が描かれた。

「領主の坊っちゃんかい?」

そこで一区切りついたのだろう

顔を上げた女性は皺を深くして微笑んだ。

「お久しぶりです、ヘレンさん。お元気そうで。」

「おかげさまでね。しかし、また大きくなったねぇ。」

「流石にもう伸びてはいませんよ。」

「あらそうかしらね。」

浮かべられた笑みは柔らかく深くなるばかりだった。

「そちらの可愛らしいお嬢様はお嫁さんかしら?」

素敵な方だな、と黙っていたフォルセティは向けられた言葉を理解するのに一瞬手間取った。

貴族の茶会であればこんな失態は犯さないのに、とフォルセティは後悔以上の驚きを隠して膝を折った。

「お仕事中にお邪魔をして申し訳ありません。フォルセティと申します。」

「なんて可愛らしいのかしら。お迎えの天使様かと思いましたよ。」

「そんなにお優しいことは初めて言っていただきました。」

「まあ、坊っちゃんは昔から恥ずかしがり屋でねぇ。でもとってもいい子だから気長に待ってあげてくださいねぇ。」

「え、と……」

「ヘレンさん!」

完全に誤解をされているがどう話したものか

「結婚式までにはベールを作りたいわねぇ。お嬢さん、いいかしら?」

「ヘレンさん!だから!」

「とても素敵なベールになると思いますけれど、私、恥ずかしながら、もうお嬢さんの年でもないのです。」

「そうなの?」

「嫁き遅れもよいところですもの。でもジークフリート様のお嫁さんへのベールならきっと作り始めてよいと思います。」

「実はね、もうずっと前から作り始めているのよ。」

「そうなのですか?」

「だからあとは坊っちゃんがプロポーズするだけなの。」

まあ、これだけの細工のレースであればいくら熟練しているといっても花嫁が見つかってからでは遅いだろう

「完成したら是非拝見したいです。」 

「あら気に入ってくれましたか?」

「ええ、繊細でとても美しいです。」

レースは高価だ

刺繍よりもずっと手がかかる上に技術の習得に時間がかかる。

「あらあら、じゃあいろいろ見せちゃおうかしら。」

茶目っ気たっぷりの笑顔と共にヘレンが過去の作品を広げだすといつの間にやら他の女性も自分の作品を広げて話しだした。

「どれも素敵ですね。」

作り方やモチーフについての話が一区切りついたところでフォルセティは気になっていたことを尋ねた。

「あの子は?」

工房の隅の方でかちゃかちゃとボビンを動かす女の子

まだ十にもなっていないだろうその子は小さな手でずっとボビンを動かし続け、顔も上げない。

「3カ月くらいかねぇ……魔物に襲われて親を亡くしてね、引き取っているんだけれど言葉がね……」

女性の一人が痛ましそうに眉を下げた。

聞けば亡くなったという母親の妹だという

「こんにちは。」

聞こえてはいるようのだが反応も乏しいのだというから近づいてフォルセティは膝を折った。

「とても上手に織るのね。お花かしら?」

一定の間隔で紡ぎ上げられたモチーフは一重の花

子どもという贔屓目を抜きにしても見事なレースだ。

だがその作り手は顔を上げるとぽかんと目も口も丸く開けた。

「こんにちは。お邪魔してごめんなさいね。あんまりにも素敵だったから。」

一拍ほどおいて子どもは叔母の姿を探し、探し人が穏やかに微笑んでいるからそこでようやく少し安心したらしい。

おずおず、と目が合った子どもにフォルセティは目尻を下げた。

「お花が好き?」

こくん、と頷いた子どもとフォルセティの間に木箱が差し出された。

「この子が作ったんですよ。見てやってくださいな。」

叔母の言葉に子どもはぱっと顔を赤くしたが、やはりこくんと頷いた。

「ありがとう。」

木箱の中の作品はモチーフが大半であったが細い帯状のレースもあった。

「素敵……どれも本当に素敵ね。こんなに素敵なものを作れるなんて魔法の手を持っているのね。」

細い細い糸だから小さめのモチーフでも作るのに時間も根気もいっただろう

「大切な作品とは思うのだけれど、こちらをいただきたいのだけれどどうかしら?」

作品のうち指を二本あわせた程の太さのレースをそっと持ち上げてフォルセティは問いかけた。

「作るのにとても時間がかかった素敵なものだから無理にとはとてもいえないけれど譲っていただけるととても嬉しいの。」

圧をかけることがないように、でも拒否を見逃さないように

言葉にできないならなおのこと

少しでも嫌がるなら引くまでだ

「断ってもお嬢様は怒りませんよ。」

笑いを含んだ声はシシーのものだ。

それまでフォルセティの瞳をじっと見つめていた子どもははたと我に返ったようにフォルセティとシシーを交互に見遣り、最後に伺うようにヘレンと叔母を見てから大きく首を縦に動かした。

「ありがとう。大切にするね。」

微笑んだフォルセティに子どもが笑顔を浮かべ和やかに見学は終わるかと思いきやシシーの差し出した金額に空気が凍った。

「お代はこちらほどでいかがでしょうか?」

「はい!?」

ヘレンが間に入らなければ話はまとまらなかっただろう

そう思い、川辺を散歩しながらジークフリートに問いかけたフォルセティはヘレンがジークフリートの母の側仕えであったことを知って納得した。

「素敵な方ですね。」

「祖母のように思っています。」

ジークフリートの母親の生家は侯爵だったはず

けれど財政的には豊かではなかったと記憶している。

いくら両親共に亡くなったといえど支援などできないだろう

「なんとなく、わかる気もします。ジークフリート様のお小さな頃もよくご存知だとか。」

「あ……それは、そうなのですが……」

あら、恥ずかしそう

可愛らしい

「小さな頃からとても良い子だったとおっしゃっておりました。」

「やんちゃなこともしましたよ。屋敷から抜け出したりもよくしていました。」

「あら、探検ですか?」

それは楽しそうだ

「馬車からみる景色を自分の足で歩いてみたくて……毎回すぐに捕まってしまいましたが、段々と逃げおおせるようになりました。」

「お気に入りの場所もありましたか?」

「はい。よろしければ今度一緒にいきませんか?」

「ええ。」

川の水は澄んでいて、緑も鮮やか

こんな気持ちのいい場所を知る彼だからきっと素敵な場所なのだろう

王都の庭も美しくはあるが、ここの自然は伸びやかで清々しい、また別の美しさがある。

魔物さえでなければもっと活性化もするだろうが、それは仕方がないのだろう

しかしこんなに気持ちのよい場所だというのに魔物が定期的に大量発生するのは何故だろうか?

「それに魔物が凶暴化するというのも気になるのです。」

「それは私たちも気になっています。本来ならば人を襲わない魔物も子育ての時期でもないのに気が立っている。」

凶暴な魔物は本来は空気の淀んだ場所や死者の多い場所といった陰の気が多い場所に発生する。

自然の多い場所には確かに魔物も多いが、そういった場所の魔物は基本的に自然の中で生活が完結するから人間には近寄らない。

それが原則である。

「他の地域ではこのような事態は発生していないようなのでこの地域特有の何かが関係はしているかと考えてはいるのですが……」

「そういえば確かに他の領では聞きませんね。」

この領の特徴と言ってしまえばそれまでではあるが、領民の生活が脅かされている以上対症療法以外の策をとりたい

そう眉を下げて難しい顔をするジークフリートにフォルセティは口元を緩めた。

「悩んで考えていることは無駄にはなりません。きっと解決策が見つかります。」

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