7 会いたかった
「フィーネーー!!」
「やっと見つけたー!!」
「えぇっ!? みんなどうしてここに?」
身構えたが、大丈夫らしい。顔馴染みの冒険者たちだ。そういえば初めてこの街に来たころ、誰が多く依頼料を稼げるか勝負したこともあったっけ。みんな温かくて、優しくて、いい人たちなんだよなぁ。
「急に黙って去るなんて水くさいじゃねぇか!」
「そうだよひどいよー!」
「私だってフィーネちゃんが好きなのに!」
「みんな……!」
まさか追いかけてくれたのかな? やっぱりみんな優しい……ストーカーっぽいななんて、思ってないから。安心して?
「ほらフィーネ!! せめて、今から帰って送別会やろう!! 俺の奢りだ飲むぞー!!」
「「おー!!」」
「飲みたいだけでしょ」
「ほら他の奴らにも連絡して来い!」
ハハ、勝手に決まってる……まあ、今からなら遅くはならないか。私も急に去るって決めちゃったし。
「フィーネ!! あのおばちゃんとこの店でやるから飛ばしてくれ〜!」
「ふふ、はいはい!」
明るく賑やかな人たち。
最後くらい、ちょっと楽しんでもいいよね? 騎士様に会うこともないだろうし……。
「ほら、みんな行くよ〜!」
浄化魔法を使って全員を綺麗にしてから、転移魔法で移動する。
私は結構ここの人たちが好きみたい。
……ここまで私が去るということが広がってるなら、
やっぱり
もう、後戻りできないなぁ。
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「んで、そんときフィーネがよぉ」
「ちょっとおじさん、昼間っから飲み過ぎ!!」
「寂しくなるなぁ」
「行かないでぇ、フィーネちゃぁん。お姉さんとこおいでよぉ」
「あーあぁ、だめじゃこりゃ。そろそろお開きにするぞ〜! フィーネちゃん元気でな」
「うん、兄さんも頑張りなよ? ……まずは酔っ払いの介護だね?」
「ははっ! ……ほら起きろ〜! それじゃたまには帰って来いよ〜。……あと、ギルド行くの忘れんなよ、?」
「うん、ありがと〜」
ふぅ、楽しかったな。
お世話になったみんなにちゃんとお別れできたし。良かった。
それに、思ってたより早く終わった。けど、みんなの様子がなんかこう……にやにやしているというか? 変だったけど、なんだったんだろう? まぁ、いいか。あとはギルドにだけ行けば良いし。マリアにもう一回会えるかな、楽しみ……
ギルドが見える。
それはそこまで大きくはないにしても、しっかりとした建物で建っている。私が何回も通った思い出のある場所だ。いつも、ワクワクしながらあの扉をくぐったものだ。騎士様がいるかもしれないと、そう思って。う、今は思い出すだけで心に刺さる。涙腺崩壊しそう。……考えないように、しないと。
もう忘れるんだ。騎士様のことは。……早く、終わらせて、ここから離れよう。
心を整えながら、ギルドに近づいて……私は思わず目を見張る。まるで、時間が止まったかのように感じる。目を離せず、動けない。
あぁ。魔法を使っておけば良かった。私はギルドの前に立つ人物を見つけそう思った。長くて真っ黒な髪をなびかせ、やや下を向く、その彼の長いまつ毛がなぜか目に入った。遠くからでも分かってしまう。
今はもう、会いたくなかったのに。
目が、合った。
その人は、切れ長の目を大きく見開いてから、すっと細めた。
……目が合ってしまったからには、もう遅い。
いや、魔法を使って逃げれば良かったのかもしれない。けど、動けなかった。
なんで、ここにいるの?
……わざわざ、このタイミングで。
「……久しぶりだな、フィーネ」
騎士様の低くて綺麗で落ち着いた声が、ふっと少し笑って、私を呼んだ。ゆっくりと近づいてくる。歩き方まで綺麗でかっこいい。
ギルドの前だよ?
会うかもしれないって分かってたでしょ? 私。さっきも、ちょっと考えてたじゃん。魔法使って確認しなよ。……それとも、会いたかったのかなぁ。
そんなことを思い、私は笑ってしまった。馬鹿だなぁ、私は。傷つくだけなのに。傷つけてしまうかもしれないのに。
私は重い腰を上げるように、錆びたネジを回すように、何とか時間を、私の体を動かす。
ふっと、私の身体を凍らせていた魔法が弾けたような気がした。そんなの、ないんだろうけど。
「……侯爵様、こんにちは」
私の大好きだった人。いや、今でもまだ、好きなのだけど。我ながら本当に諦めが悪い。好きな人がいるなら、心に決めている人がいるなら、そう言ってくれたら良かったのに。そうしたら、ここには来なかったのに。ハンナを連れて逃げていたのに。……いや、今からでも逃げられる。帰ったら逃げようか。
……あぁ。ほんと、なんで今、私の前に現れるの? フィーネが騎士様のことを好きなのは知っているでしょ?
「侯爵?」
騎士様はそう言って軽く首を傾げた。
私は思わず目を逸らす。騎士様の目を見れない。……あ、そういえば、皇女フィアーネのときに騎士様と呼ぶなって言われてたから侯爵様って呼んじゃった。フィーネは、そんなのを知らないはずだ。だから、確かに、騎士様からしたら変に感じただろう。どうしよう、どうにもできない。
黙りこくって、俯く私をじっと騎士様は見つめた。ちらりと様子を伺えば、何か考え込むようにしている騎士様がいる。そして、
「……あぁ、そういうことか」
なんて言って笑う。……どういうこと? まさか、フィアーネだとバレた? ……いや、そんなはずない。きっと、バレてない。大丈夫。
「少し話せないか? フィーネ」
私は目を見張った。何かが溢れてくるような気がする。
……なんで、そんなに、優しい声で名前を呼ぶの、? なんで、嬉しそうで悲しそうに見えるの? なんであなたが、泣きそうなの? ……どうして、今まで言ってくれなかったの? そこまでする必要ないから?
ほんと、どうしてここにいるの? ……会いたくなんて、なかった。今は、会いたいなんて、思ってない。
……好きな人にでも、会ってきたの? 騎士様は社交界に出ることはほとんどないから、その“好きな人”って、やっぱり街の人? ねぇ、その人には想いは伝えてる? もっと優しい声でその人を呼ぶのかな? もっと嬉しそうに呼ぶの?
今から本当のことを言うとか? 好きな人がいるから諦めてほしいって? だから辛そうなの? ……あぁ、ひどく優しい騎士様。けど、耐えられそうにない。心が痛い。ぎゅうぎゅうと、締め付けられて苦しい。苦しくて辛くて、私の心が吐き出てしまいそう。
フィーネ……なら、まだ、“大丈夫”だ。きっと大丈夫。私なら、私は、大丈夫。
「……すみません侯爵様。急いでいますので」
「……っ待ってくれ、話を……!」
横を通りすぎて、ギルドへ入ろうとする私の前に立つ騎士様。
こんなところ、女の子と2人で喋ってるところなんて、見られたら困るのはあなたでしょう? 私なんて、どうでも良いでしょ?
……あぁ、まずい。涙が溢れてくる。感情を抑えられそうにない。
落ち着け、私。落ち着かないと、いけないのに。
早く落ち着かないとだめだってば。
「……私は、話すことなんてないと言ってるんです」
「待ってくれ、フィーネ。お願いだ。落ち着いて話を……」
逃げようとする私の、手首を騎士様にを掴まれる。キュンとしかけたその心と共に振り払う。
ざわざわと騒ぎ出す。それは街なのか私の心なのかも分からない。
まずいまずい。止まれと思っても止まらない。止まってくれない。溢れてしまう。聞きたくない、何も聞きたくない。酷いことも、言いたくないのに……!
黒い雲はもくもくと空を覆い、ギルドの前には人が集まる。
ぽつり、と雫が落ちる音がする。
騎士様は手を振り払われてもなお、諦めなかった。もう一度、優しくそっと握られる。それがひどく痛くて苦しかった。泣きそうになる。ていうかもう泣いてるんだけど。
お願いだからやめて。
優しくしないで。
思い出してよ。
忘れないって言ったでしょ?
必ず、姿が変わってでも、気づいて、思い出してくれるんじゃなかったの?
私はフィーネでフィアーネなんだよ。
気づいてよ、気づかないでよ。
何、考えてるんだろ、私。変だ。おかしい。意味わからない。
もう嫌だ。
来ないでよ、もう来ないで。
何も言わないで……!
近づかないで!!
行かないで
……行かないで?
ぐちゃぐちゃとした感情が沸々と湧き上がる。何も見えない。もう見たくない、知りたくない! 何も、考えたくない!!
「……離してっ!!」
その瞬間。
風が起こり、騎士様の手は離れる。いや、離れさせてしまった。
涙が止まらない。
騎士様が悪いわけじゃない。こんなことをしたいわけじゃない。
私が騒いでいるだけ。
振られて騒いで
自分で倒れて怪我するなんて。
カッコ悪い。馬鹿みたい。
私が悪いんだって、ちゃんと分かってる!
だから!!っ、
「フィーネ、怪我が……ほら、こっちに来て……」
「っ来ないで!!」
そんな風に名前を呼ばないで。
あぁ、今度は強めに騎士様の手を振り払っちゃった。手が腫れないといいんだけど。ごめんね。
「……もう放っておいて」
「フィーネ、私は」
「……私はもう、あなたのこと、なんか……っ! ……もう、“好き”だなんて、思ってない!!」
「……っ」
違う、違うの。こんなことが言いたいんじゃない。そんな顔させたくないのに。心の隅で確かにそう思うのに、
まだ私の心は止まりそうにない。
「わざとなんでしょ? わざとなにも言わなかった!」
「違う、俺は」
そうだね、騎士様はちゃんと断ってたんだから。私に話す必要なんてないよね。
好きな人にフィーネが何かしたら困るよね。それくらい私を信じられなかった? 何かしそうだと思った?
涙で前が見えない。
見えないのに、なんであなたはそんなに悲しそうにするの? あなたが、そんな顔、しないでよ。
やめてよ、
何で、あなたが……
「……大嫌い」
「っ!」
嘘。大好きなのに。あぁどうしよう。ひどいことを言ってしまった。顔を見れない。どうしよう、……私は。あぁ、最低だ。
「……さよなら、侯爵様」
好きな人と
「お幸せに」
「っ待て、フィーネ!!」
ふわっ
と気付けばあの邸宅の部屋の中だ。
ひどいことを言ってしまった。騎士様を傷つけるなんて。私は馬鹿だ。本当に馬鹿。何やってるの私は。やっぱり感情を抑えられなかった。
それでも騎士様は好きな人に慰めてもらえばいいしょ? というこれまた嫌な自分が顔を出す。
「……うぅ、……はぁ」
ぐすぐすと、声を殺して泣きまくる。叫んでしまいたい、逃げちゃいたい。
話くらい聞けたら良かったのだけど。
でも、好きな人がいるんだって話だったら、2回も聞かされるなんて耐えられない。
失恋の辛さと自己嫌悪と、涙でもうぐちゃぐちゃ。きっとひどい顔をしていただろう。あんな最後になっちゃった。
……もう、諦めないと。
自分の気持ちに区切りをつけないと。
きっと、騎士様は大丈夫だから。好きな方がそばにいてくれるんだよね?
はは、あぁ、辛い。
それなのにまた騎士様のことを考えている。
笑っちゃう。大嫌いだって、言ったくせに。
こんな風になっちゃったきっかけは、一年とちょっと前のこと。
それまではもっと、無気力に、ただただ生きてたんだけどね?
騎士様に会ってから変わっちゃったの。