4 好きな方がいるんだから
現在、騎士様と一緒に朝食を食べています。
だばだばと涙が出てきそうです。いえ出てきます。まるで滝のようとはまさにこのこと。魔法で必死に隠します。
ちょっとまだ心の準備ができていませんでした。流石に好きな人には好きな人がいるのに結婚して一緒にご飯食べるとかどんな拷問ですか何でも話しちゃうくらいにひどいです。辛いです。
魔法を使っているかどうかは、基本的にはその影響でしか分かりません。ある程度の魔法使いの中には魔力の流れが見える者もいるのですが、その魔力の流れをかき乱してしまえば、何かおかしいと思うことはあっても、誰によるものなのかは分かりません。だから大丈夫。そもそも魔力の流れが見える人なんてそうそういな
「……ん?」
居ました。さすが騎士様。
何か感じ取ってます。おかしいですね、私の魔法はそこそこ強いはずなのに。なぜでしょうか。私最近魔法使ってないから鈍ってる?
慌ててもっと丁寧に魔法を使いました。
「……その、お口に合ったでしょうか」
えぇ、と答えるか迷いましたが、ちょっとここでは偉そうです。やめておきましょう。
「……はい、とても美味しいです」
「なら良かったです」
清々しい朝。
窓からは鳥のさえずりや、美しい草花が伺えます。
そんな朝ですが、
この部屋ではピリピリとした空気が漂っています。
騎士様の目元には隈があり、元気がなく、少々不機嫌そう。大変心配です。回復魔法かけていいですか? ……ハンナにやめろと言う視線で見られます。バレるぞと。騎士様の具合が悪いというのに……!
従者であるアデルは、そんな騎士様の斜め後ろでプルプルと震えています。……これは笑ってますね。大方、騎士様をからかったのでしょう。アデルは、フィーネの時も思っていましたが、少々チャラっとしています。昨日私が騎士様と発言してしまった時も、まあまあと言ってくれ、優しいのですが。
騎士様とアデルは相変わらず仲が良いようですね……羨ましい限りです。あぁ、ここに騎士様の言う心に決めた人が、加わるんでしょうね。……あーやばいさらに涙が……
ハンナは、私の斜め後ろにいるのですが……
並々ならぬ雰囲気を感じます。怒っています、これは。騎士様も怒ると怖いですがハンナも同じくらい怖い。怖さのジャンルが違う感じです。ハンナも笑いながら怒る。これは後でご機嫌を取らないとまずいです。どうしよう。
ふぅ、と息を吐き、深呼吸します。
まずは騎士様です。騎士様と“お話”をしなければ。騎士様ともう少し居たい気持ちもなくはないですが、辛くなる前に話を終わらせて逃げましょう。今も辛いけど。もっと辛くなるだろうから。あー死んじゃいそう。
「昨日はお話の途中でしたのに申し訳ありませんでした。……私としてもありがたいです。よろしくお願いします」
「! 分かりました、ありがとうございます」
心なしかほっとしたような顔です。騎士様が嬉しいなら良かったです。嘘です、私は全く良くないです。私との離婚にそんな嬉しそうな顔しないでください。いえ、離婚も嬉しいでしょうが、好きな方のことを考えているんでしょうね。あぁ、そう考えるとますます辛い。痛い。苦しい。なみだとまらない。
ハンナのほうからガルルルと音がする気がしますが、気のせいですよね?
「……私はどうすれば良いのでしょうか。皇帝陛下の命ですが…」
「……皇女様が一度亡くなったことにし、逃げていただくか……もしくはもし皇女様に好きな方がいらっしゃるなら交渉するなどですが……」
あなたが好きな人です。
なんて、言えません。
「……では、前者でお願いします。逃げるルートと、ハンナと私の生活費をくだされば十分です」
「ありがとうございます」
ぶっちゃけ逃げるルートがなくても、魔法を使えばどうとでもなります。ですが、フィアーネが、それほどまでに魔法が使えることはバレてはなりません。騎士様に私がフィーネとバレるかもしれないから。他の方に、皇帝にバレたらまずいから。
朝食はそんなこんなで終わりました。
離婚計画は短くても半年かかるようです。
さすがにまだ入籍したばかりですからね。こんなにすぐでは不自然です。それに2回ほどパーティへも行かなくてはならないようです。騎士様とパーティに行けると言う嬉しさと騎士様には好きな人がいると言う事実に挟まれて苦しいです。
……ていうか、パーティ? 騎士様の礼服姿が見られるということですか!? 神じゃあないですか、パーティバンザイ!!
……でも、本当は好きな方と行きたいだろうなぁ。あーやっぱりつらい!! それでも騎士様の礼服姿は見たい!
「……お嬢様、パーティはダンスもあるのですよ。大丈夫なのですか?」
「何が?」
「踊れるのですか」
「失礼な。……全く、ハンナ。あなたと一緒に練習したじゃない」
「そうではなく、侯爵様と」
……騎士様と、ダンス。
ダンスって、手を取り合ってくっついて……
うわ、あぁあ、
今の私の顔は真っ赤らしいです。
「む、無理かもしれませんどうしましょうハンナ」
「これから特訓ですね」
……ハンナのスパルタな容赦ない日々が待ち受けていそうです。それが優しさだと分かってはいるのですが。はは、ダンスのレッスン代も稼がないとな。
「……まったく、侯爵様はこんなに可愛らしいお嬢様をさしおいて、どこの誰が好きだと言うのでしょう!」
「は、ハンナ?」
「お嬢様ほど素敵で美しくて可愛らしいレディはいません! 自信持ってください!」
昨日泣いて服を汚してしまったことを怒っているのかと思いましたが、そうでは無さそうです。ハンナは結構優しいです。ツンデレ? とはちょっと違うけどそんな感じです。
「……お嬢様は騎士様のことを諦めたのですか」
「……諦めてないと言えば嘘になるけれど……侯爵様には好きな方がいらっしゃるのだし……幸せになってほしいから……」
「……まだ諦めていないのなら、この半年間でやれることをやりましょう! 次のパーティ、私に任せてください!世の男性はみんなお嬢様に夢中です!!」
「あはは、ありがとうハンナ。けど、世の男性たちはどうでもいいのよ」
ハンナにやべぇスイッチが入ってしまった様です。やる気に燃えています。
……諦めたくはないですが、嫌われたくありません。私は大人しくしてようと思います。元々、パーティくらいでしか会えませんしね。
ちょっと気晴らしにギルドの依頼でもしましょうか。
……そういえば、なぜ騎士様は、“騎士様”と呼ばないでくれと言ったのでしょうか。……まさか、“騎士様”なんて呼び方は嫌だった……!? 気持ち悪かったでしょうか。ま、まずいですね、フィーネのときには何度も、というかいつもそう呼んでいました!! 今からでも呼び方を変えた方が……
……あ、そっか。
今さらそんなことを気にして気をつけても、もうダメなのか。大して変わらない。もう意味がない。……“お友達”にでもなるなら別だけど。私にたぶんそれは無理だ。
だから、もう遅い。早いか遅いかじゃ、ないかもしれないけど。
だって、
騎士様には……
もう、好きな方がいるんだから。