3 皇女としての再会
「ようこそお越しくださいました。お座りください」
「……えぇ、ありがとうございます」
ハンナが言っていました。最初に「えぇ」と言っておけばお嬢様っぽいと。えぇ。よっしゃ。
それより! 騎士様です!
2週間ぶりの騎士様は、それはそれはキラキラと輝いて見えます。あぁ、騎士様かっこいい。愛しすぎる。可愛い。しかも、魔物討伐の際は結んでいる髪を! 今は下ろしていて、貴重です。神です。髪触りたい、さらさらしてる。あー騎士様と同じ空間にいられて幸せ。空気が美味しい。
……というか、あれ? 少し顔色が悪いようです。片想い歴一年、騎士様大好き魔法使いフィーネなら分かります。少し憂いを帯びたその表情も素敵ですが、大丈夫でしょうか。何かあったのですかね? ……
「はじめまして、リオン・ライアーネと申します」
「フィアーネ・ルネティアです。これからどうぞよろしくお願いいたします、騎士様!」
シーン
とそんな音が聞こえました。しまった、久しぶりに騎士様に会えた喜びで感情が高ぶりすぎてしまいました。こんな早々に失態をおかすとは。いえ、もうフィーネなのだと騎士様にお話ししてしまいましょ……
はっ! 騎士様のお顔が驚きから冷めた目に変わっていきます。フィーネだと言うことを知ってがっかりされてる……? 幻滅されてる!? どうしましょうこれ以上嫌われたくないのに…!!
「……なぜ、そうやって、」
「え?」
「……そのように呼ばないでいただけますか」
ひょわわ〜怒ってる! 目がジトっとしてて、睨みつけてくるその感じ! いいねぇうわぁぁあかっこよ! しびれる!! ……ってそんなこと考えてる場合じゃない! 返事をしなさい私! 騎士様に返事を!!
「……はい、分かりました!」
しまった、騎士様の前だからついつい笑顔に。フィーネがでてきてる! 私の素が! 落ち着け私! つつましくいくんじゃなかったの!?
どうしようもう言っちゃったほうがいい!? 私隠し通せる!? この感じで!? 無理やろ即バレだよこんなん!!
「……ゴホン。突然ですが、お話があります」
「どうぞ?」
私が元気な返事をして場は静まり返りましたが、スルーされました。
それにしても、何でしょうお話とは。
まあ、急遽決まった結婚です。騎士様も思うところがあるはずです。私がフィーネでフィアーネということより先に騎士様のお話を聞こう。騎士様の話なら、なんだって受けとめてみせる!!
「準備が整い次第、離婚していただきたいのです」
「……え、」
……は、うん、え?
ちょっと待ってね? 待ってください展開が早すぎやしませんかね? 脳が思考を停止してる。死って言葉しか出てこない。頭が真っ白になるとかじゃないんだなアハハ。
おかしいな、何でも受け止められるとか言ってた人どこに行ったんだろう。なんで離婚したいの? 受け止められないんだけどそんなこと。
待って、ほんとに、
これはちょっとどころじゃなくほんとに、受け止められない。
辛い辛い。死ぬ。待って、待ってちょっと待って、今日何日? あ、命日? フィーネとして告白し続けてOKもらえてないのに離婚? あれれ? ちょっと脳がバグってんだけど……
「……あなたもご存知でしょうが、これはどちらも望んでいない、皇帝陛下によるものです。準備もその後の生活費用も全てこちらでご用意します。必要なこと、望むものがあればなんでも仰ってください。……大変無礼ではありますが、ご了承いただけませんか」
「……」
驚きと悲しみで何も言えない。フィーネであることがバレた? やっぱり私のこと嫌い? それとも、それほどまでにに“皇女である私”が騎士様に嫌われてるのかな? 離婚したくなるくらいに? まだ今初めて会ったばかりなのに……いや、それにしては騎士様の瞳に嫌悪は映っていないように見える。なら、どうして? なんでこんな早くに離婚の話なんて……
「……失礼ですが、発言をお許しください」
「どうぞ」
頭が真っ白で、いいや考えすぎて逆に何も答えられない私の代わりにアンナが言いました。……騎士様の瞳は空色でもあり、少し紫です。光が当たると、夜空の星のように、きらりと光ります。とても綺麗ですね……あぁ、現実逃避がすぎますね。どうしましょう私。今すぐにここで泣き叫んでいいですか?
「……なぜ、そこまでして離婚されたいのですか」
そうですね、ハンナ。
やっぱり理由を聞かないと、と思う気持ち分かります。大変わかる。わかるんだけど、ちょっと待ってほしい。急に頭が冴えて、一つの答えが浮かぶ。離婚したい理由なんて、それしか考えられない。
嫌だ、そんなの。
……だめだ、聞いちゃだめ。
聞いたら、きっと、辛くなる。
「……皇帝陛下の命を断るこのなんてできません。……できませんが……」
やめて。
お願いだから、
それ以上言わないで。
「私には心に決めた相手がいるのです」
ひゅっと息をのむ。ゴーンと、この世の終わりのように、時計台の音が鳴るような音が聞こえた。雷が自分に落ちてしまったら、このような感じなのだろうか。全身に衝撃が走り、目の前が真っ黒に、真っ暗になる。やだな、これ。びりびりと、心が痛い。
「……侯爵様、フィアーネ様は大変お疲れなのです。……お話の続きはまた後日でよろしいですか」
「……あぁ。……お疲れなのに申し訳ありませんでした、皇女様」
「……いえ、こちらこそ。……失礼いたします」
私は何とかそう言うと、ハンナに少しもたれながら部屋から出る。少ししか手をつけていないお茶は、冷えてちょこんと残っているのが見えた。
心配事の80%は起こらないと言いますが、起こることもあるようです。「不安だなぁ」と言っている時は起こらず、「ま、大丈夫か」と思ったら起こりますよね。わかってくれます? 油断は禁物ということでしょうか。
「こちらでお休みください。……何かあればお申しください」
「……えぇ、ありがとう」
案内された客室はとても綺麗で広いです。気を遣ってくれたことが伺えます。えぇ、客室です。当たり前ですね。あはは。あぁーー
「……お嬢様」
「……ハンナぁ」
もう泣いても大丈夫だと思ったら、涙が溢れて止まりません。ただ振られるのと、好きな方がいると言われるのではわけが違います。死にそう。あそこで泣いたり発狂しなかったのは我ながら偉いです。本当に偉いです。どうやって我慢したんだろう私。
「……私がついてます、お嬢様。よく頑張りましたね」
「……うぅ、ハンナ、やざじい〜」
「……全く、しょうがないですね」
そうです頑張ったんですよ、私。泣かないように必死に堪えてたんです。
私は珍しく優しいハンナに抱きついて泣きじゃくってしまいました。
……はは、やっぱり。やっぱり、私がフィーネだとは気づいてくれなかった。そりゃそうだよね、わからないよね。フィーネだと思い出せるわけないか。
当たり前なのに。ちょっとしか話してないのだから、気づかなくて、気づけなくて当たり前だ。期待なんて、しちゃダメだったのに。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ひとしきり泣いたら、少しだけすっきりしました。ちなみに、ハンナには服が汚れたのでと、お金をむしり取られました。いえ、まあいいんですが。
騎士様は素敵な方です。えぇ、ライバルは多いだろうなとは思ってました。うん。私のようなのには高すぎる望みだったのです。あぁ、今思えばフィーネとしてただ一緒に過ごせただけで運がよかったのです。しかも私が追いかけ回していただけですが!!
好きな方、ですか……
そりゃそうですよね……
なら、やはりあんなに付き纏っていた私、フィーネがフィアーネだとバレてしまったら……
騎士様にとって良くは思われませんよね。下手したらフィーネが居座るんじゃないかと思われそうです。
え? フィアーネとしてでも離婚なんてしなさそうって? 流石に私ももう大人です。辛くてもちゃんと出て行きますよ? 騎士様の幸せを願ってますから。
……それに、騎士様がその好きな方といるのとか、見ちゃったら耐えられないです。辛くて死んじゃいます。下手したら何か危害を加えかねません魔法の力って恐ろしいですよね。今でもその好きな人とやらを特定してやろうかとうずうずしています。私は危険です。自分でもそう思います。
現実じゃなければどれほど良かったでしょう。これが夢オチとかならどれだけ良いことか。
はぁ……騎士様に私がフィーネだと、気づかれないように、気づいてしまわないようにしないと。好きな方を傷つけてしまわないように。できるだけ早く、潔くここから離れないと。
あぁ、涙って止まらないんだな。
どんどん溢れてきてしまう。
……今は寝てしまいましょう。たくさん泣いて寝ればちょっとは良くなります。このまま起きていたら呪いの人形とか作ってそうです。作り方知らないですし、ハンナに引かれたくないので……作りません……けれど……