《番外編》思い出して ④
「お湯しかないが。ホットミルクとかを作れたら良かったんだが」
なんて騎士様が言うので、慌ててブンブン首を振った。お湯だけで嬉しい。温かい。何より騎士様が側にいてくれる。それだけで、じゅうぶん。
「ごめんなさい、騎士様。起こしちゃいましたよね」
「……気にしなくていい」
なるほど、つまり起こしちゃったんだね。申し訳ないな。
「うなされていたが、怖い夢でも見たのか」
目の前に広がる闇。みんなの冷たい声。誰も覚えていない、ひとりぼっちの世界。そして、騎士様が……そんな最悪な夢だった。けど、そんなこと言えない。騎士様に、そんな暗い話をしたくなかった。
「……へへっ、そうでしたっけ? 忘れちゃいました」
コロコロといつも通りに笑ったつもりなのに、騎士様は辛そうに顔を顰めてしまった。そのあと悲しそうにして、洞窟の外から見える星を眺めた。
「……俺も、よく悪夢を見るんだ」
意外だった。悪夢を見るのもそれを話すのも。騎士様が悪夢を見るなんて、そんなこと聞いたことないし、全然知らなかった。……きっと、慰めようと、してくれてる。ほんとに、騎士様は優しいな。
「魔物討伐で俺以外、皆死んでしまう夢とかな。あれは酷かった」
みんなが死んじゃうなんて、そんなの辛すぎる。それも自分だけ残して。本当にひどい。……ちょっとだけ、似てるな。置いてかれてしまうのは。私の夢と。
そういう夢を見た後で、どうやって魔物討伐とかしているんだろう。私は夢を見た後、いつも怖いのに。今回もあんなに取り乱しちゃったのに。あんなに頼もしくて、いつも冷静だなんて、強いなぁ。……庇っちゃうのって、夢が怖いのかな。
「その後はいつも辛くてな、具合が悪くなって、魔物討伐も怖くなる」
「……そんなの、全然分かりませんでした」
……私は、騎士様の様子を見てきたつもりだったのになぁ。騎士様が苦しんでるのに気づかなかった。大丈夫だったかな、1人で抱え込んでなかったかな。
「そうか?」
騎士様はそれまで見ていた夜空から目を離すと、私の方を見た。優しい、大好きな瞳は、いつだって、綺麗で、私を照らしてくれる。
「いつも君が魔法をかけてくれたが」
「え?」
騎士様の目は優しく細められた。
「頭が痛い時も、胃が痛い時も。ずっと治らなかったのに、君と会うと、すっと消えて無くなる。君がなおしてくれたんだろう?」
……そうなんだ。なんとなく、少し具合が悪そうで、不安でかけていただけなのだけれど。
「魔物討伐が怖くなっても、そんな時に君はなぜか一緒に来てくれた」
「……ただの偶然ですよ」
そう、偶然。
私は気づいてなかったのだし。だいたい、最近は全部一緒に討伐に行ってるじゃないか。
「偶然でも、救われたことに変わらないだろう? ありがとうな、フィーネ」
……騎士様は、ずるい。上手いなぁ、話すつもりなんてなかったのに。そんなこと言ってくれるとか、すごく嬉しい。良かった、騎士様の役に立てていて。騎士様が苦しんでなさそうで。いや、苦しかったんだろうけど、それでも、少しでも緩和できたのなら良かった。
この話はもちろん、嘘じゃないだろう。私に話させるつもりなのは、そうなのだろうけど。ものすんごく上手くいってるけど!!
「今度は俺の番だろう?」
私はそんな騎士様に負けてつい話してしまう。
顔を俯かせて、ちょっと考えて、口に出した。
「……真っ暗で、1人で。誰も、覚えてないんです。私のこと。みんな、忘れちゃう……騎士様も。それで、目の前で」
死んじゃう夢。
なんてさすがに言えなかった。口に出すのも怖かった。涙が出てきて止まらない。
「大丈夫だ、フィーネ」
騎士様は、ひどく優しい。
「俺は忘れてない。忘れないから」
ほしい言葉を、くれてしまう。
優しくて、暖かくて、綺麗で眩しい。
「もし、また悪夢を見たら、俺のところへ来ればいい。何回でも、忘れてないって言ってやるから」
「はは、……夜中に騎士様の部屋に押しかけられるわけないじゃないですか」
「なら部屋に入らなければいいのか?」
「そうじゃないです」
そうじゃない。確かにそうだけどそういう問題じゃないと思う。夜中に会いに行くだけで、騎士様を誘惑してると思われるじゃないか。フィーネが騎士様を好きなのは公認の事実だし。なんで、こんなに広がったかなぁ。……今回のも、やばいんじゃないかな、大丈夫かな。大丈夫じゃないな。
「安心しろ、何もしない」
「それも違います」
逆です、逆。
騎士様の方が危険なんですよ。私に襲われちゃいますよ……!
何にこっと笑ってるんですか騎士様。自信満々なのが可愛い。
「……じゃあ、もし。もしですよ? 騎士様のところに行って、それで、忘れてたら?」
我ながら意地悪な質問だ。それでも聞かずにはいられなかった。
騎士様は忘れることなんてないだろうと思ってるだろうけど。けど、私は分かってしまう。あれは、きっと、フィアーネ(皇女)としての私だ。フィアーネ(皇女)のこと、騎士様は知らない。きっと、フィアーネで会ったら、夢みたいに『誰だ』って言われちゃう。
忘れてるわけじゃ、ないって分かるけど。仕方ないけど。私が繕ってるだけだし。だから、分からなくても騎士様は全く悪くない。だって、分かるわけがないから。傷つくなんておかしい。
あと何回、こうして騎士様と話せるんだろう。フィアーネは、どうなるんだろう。逃げちゃおうか、なんて。たとえ逃げたとしても、私は……
貴族である騎士様と、一緒にはなれないのだし。
……いつか、きっと会えなくなっちゃうんだろうなぁ。そしたら、夢みたいに忘れられちゃうかな?
……いいや、みんなきっと覚えててくれる。優しくて温かい人たちだから。
私は、フィーネだけど、フィーネじゃない。
フィアーネ(皇女)の側に、騎士様たちはいない。私には気づけない。
「そうだな、その時は……」
彼はニカッと笑った。
「必ず“思い出して”やるから。だから、心配するな」
泣いていたのが嘘みたいに、パッと明るくなった気がした。キラキラと、騎士様は輝いていた。
けど、本当は分かってる。
騎士様は思い出せない。だって、思い出すんじゃあないんだもん。無理だ。声も姿も違う。会うことすらあるかどうか。たとえ、会ったとしても。
「ほら、これもできたぞ」
そう言って渡されるのはハンカチだ。騎士様が刺繍をしてくれた、あの時のやつ。私にくれるんだね。まぁ、私が頼んだんだけど。とっても欲しかったけど。結構歪で、不器用だなぁと思う。けど、そこが愛らしい。それでも、不器用でも、縫ってくれたのが死ぬほど嬉しい。
「……ありがとう、ございます」
嬉しい。優しい。
ぎゅっと握りしめる。温かい。今でも心の穴は空いているけれど、きっとフィーネでフィアーネ(皇女)である限り、なくならない。きっとずっとこの穴とは一緒だ。けれど、
今だけは、喜んでいたかった。フィーネとかフィアーネとか。そんなこと考えずに、ただただ騎士様の優しさを噛み締める。
たとえ、いつか終わりが来ようとも。私を忘れても。
「約束、ですよ? ……きっと“思い出して”くださいね」
たとえそれがフィーネじゃなくても。それでも、きっと思い出してね。お願いだから。
……なんて。
そんな日は、来ないだろうけど。
私と、……いや、フィアーネと会って、それがフィーネだと思い出して。なんていう約束。言葉に含みを持たせすぎだ。可哀想に。騎士様にそんな約束をさせてしまった。守られることなんてない約束。
それでも気づいてほしい。私を見つけ出してほしい。
そんなこと起きないだろうけど。
願うことくらい許して。
私がこの約束に込める意味を、騎士様は知らない。知らなくていい。
分かっているのに。
こんな約束しちゃダメだって。
それなのに、
「あぁ、必ず思い出す……!」
そう笑って指を絡めて約束してくれる。いつもはそんな感じじゃないのに、語尾を強めてくれた。
もしかしたら、なんて思ってしまうほどに、騎士様の姿は頼もしかった。
泣きそうなほど、騎士様は優しかった。
その後。
普通にその後眠って起きて、転移魔法の次に実行犯に魔法かましてそいつらのボスも捕まえてやった。
うちの騎士様に手出すやつは許さん!!




