《番外編》思い出して ③
死ぬわ、コレ。
「フィーネ」
ぎゃぁああああ!!
と叫びそうになったし、ていうか多分叫んでたんだけど、手に口を押さえつけられる。
「落ち着け」
「き、騎士様……」
まじで新しい敵かと思った。騎士様か、私も修行が足りないな。
ってうわぁぁああ!! 私の口に、騎士様の手、手が、さっきまでくっついて!! どうしよう口臭くないかな、騎士様の手に移ってたりしてないよね!?
「狼の魔物か。フィーネ、傷を治せるか? 倒してくる」
別の意味で叫びそうな私をよそに、騎士様は冷静だ。
むぐぐ……治せる、治せるけど。治せるけど!! 魔力が……うぅ、帰れなくなる。本当に。いや、1人だけなら転移できるけど。
「今回で分かっただろ、危険だ。治したほうが色々と良い」
……自然に治した方が騎士様の体を思えば良いんですけどね……はぁ、しょうがない。それが良いと分かってる。というか騎士様に言われたら断れない。
「……騎士様こそ、無茶しないでくださいね」
ふわりと光りそれに狼が感づく。飛びかかろうとするところで治癒魔法は完了して、騎士様は持ってきていた剣を大きく振りかぶった。
三匹の狼たちは全員吹っ飛んでった。
……三匹?
「なかなか良い魔石が取れたな。フィーネ、動けるか? 早くここを離れよう」
「はい……」
まさか狼の数が増えてたとは。全然気づかなかった。……今日見たあの悪夢のせいだ。多分。頭が痛い。ぐるぐると夢の光景が回っている気がする。悪魔なんて忘れないと。それに私は魔法に依存してたから……あまり使えない今がこんなに危険だなんて。
「……騎士様」
「なんだ?」
「その、ありがとうございました。助かりました」
なんだか恥ずかしくて騎士様の顔を見れない。俯いたままでいるけど、無言なのが怖くてちらりと顔をあげる。目を見開いてるな、意外。何に驚いてるんだろと思ったその瞬間、くしゃりと、騎士様の顔は笑っていた。
「気にするな」
騎士様は私が落ち込んでるのもお見通しらしい。ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれた。いつもなら嬉しくてたまらないのに、なぜか泣きそうになった。
結局あと2日は寝ないと帰れなさそうだ。魔力を治療にだいぶ使っちゃったから。治す時間も短かったから、余計に魔力がない。何度も言うが私は良いのだ。騎士様と居られるから。けど、騎士様に申し訳なくてたまらない。そうして落ち込んでいるたびに『フィーネがいなかったら俺は死んでた』とか言うから怒った。
その後は何事もなく進んだ。一緒に料理して狩りして、色々とお話ししたりして。私の魔力温存のために敵は騎士様が全て倒してくれた。あの後二回くらい魔物が来たから。めっちゃ守ってくれたよ騎士様。ほんとにかっこよかった。まじ神。楽しかったな。そうして明日には帰られるかという時、また、夢を見る。
嫌な、夢だ。
◇ ◆ ◆
真っ暗だ。ここはどこだろう。暗くて黒くて、なぜか重い。それなのに自分の姿ははっきりと見えた。変な感じだ。
それに嫌な感じもする。早くここから抜け出したい。おかしいな、体が重い。思うように動かない。思わず座り込んで、手を床につけてしまう。
汗がダラダラと流れる。暑くはないのに。暑いのに寒いのに。本当におかしい。何だここは。
そう思っていると足音がする。
逃げないと、せめて顔を上げて。動いて、早く。早くしないと、
「フィアーネ」
「こう、帝陛下」
何でここに? 何しに来た? こんな暗いところに? なんかバレたのか、捕まってるのか?
「お前の味方など1人もいない」
息が乱れていく。まるでその言葉が、頭を殴りつけているかのようだ。そして、何かが内側から暴れ出す感じ。だめだ落ち着かないと、息をしなきゃ。息を吸わないと。取り込まないと。それなのにヒューヒューと音がするだけで吸えない。
? 前に誰か、皇帝じゃない人がいる。
あれは……ハンナ?
「っはんな、助け……」
お金なら好きなだけあげるから、お願いだから、たすけて。息が吸えない。怖い。痛い。辛い。
「はんな……!」
ハンナの服にしがみつく。その服は、侍女用の服のようだが、私が見たことのないものだ。
「誰、ですか。あなた。離してください」
「ハンナ……?」
ひゅ、ひゅっと、音がする。肺が凍りそう。口が乾いて苦くて仕方ない。ハンナは私を振り払い、駆けていく。その側には何人か人がいて、楽しそうに笑い合っている。
私はそこに混ざれない。
ハンナはふわりと消えてしまった。また真っ暗な中で、ひとりぼっちだ。頭が痛い。胃も痛い。汗は相変わらず滝のように流れて、息も吸えない。前が、霞んでいく。
ぽたぽたと落ちる涙と、存在を主張する私の心の穴。だめ、見ちゃだめ。
「お前は……」
「っ、きしさ」
「誰だ?」
あぁ、誰も覚えていない。私のことは誰も、覚えていない。
泣き叫ぶ私の声はあまりにも小さい。フィアーネの声だ。姿もフィアーネ。街の人もアデルも騎士様も、みんな私を忘れてる。分かってくれない。誰も気づいてくれない。ハンナでさえも、なぜか私のことを忘れていた。
誰もいない。私の元には誰も。
何もない。
だって私は偽って、騙しているから。
崩れていく音がする。
私が、壊れる。
手を広げて見てみると、手にはただ、黒いギトギトとしたものがついている。あぁ、汚いな。全部全部。
ハンナにも、アデルにも、街のみんなにも、……騎士様にも、忘れられて。皇帝たちに馬鹿にされて。真っ暗で怖くて痛くて。呼吸もできない。汗もびっしょりで気持ち悪い。涙も止まらない。暑い。寒い。
忘れないでよ。
気づいてよ。
思い出してよ、騎士様。
私の声は、届かない。口から出てすらくれない。
……あぁ。
もう、だめだな。
ゆっくりと目をつむる。暗闇の中に溶け込む。息が、できる。ちょっと、涼しい。
そんな中、ぐわりと引っ張られる。
そしてびちゃ、という音が鳴る。
「きし、さま?」
騎士様は倒れていて、動かない。血が、真っ赤で、暗い闇の中でそれだけは鮮明に見える。
何で、騎士様が?
死んじゃう、騎士様が。
私のせいで。
やだ、いかないで。
やめてよ治ってよ!!
魔法が使えない。何度やっても光ってくれない。
手は赤黒いまま。何度呼びかけても、騎士様は起きない。
嫌だよ、やめてよ。
お願いだから死なないでよ。
ひとりにしないで。
……私はひとりでいいから、生きていてよ
「っ! ハァッ!……ぅぐ、はぁ、うぅ」
飛び起きたらしい。涙はぽたぽたと落ちる。汗も流れていく。頭痛と、胸の痛みと、心の穴も、あの夢と変わらない。夢、だったのか。あれは、夢、だったのに。
怖い
怖い
暗い
やばい、痛い。
「大丈夫か、……いや大丈夫じゃないな」
騎士様が、そう言いながら優しく背中をさすってくれる。光が差し込んだように。生きてる。手から温かさが伝わる。手も、握ってくれている。
「水は飲めそうか」
まだ荒い呼吸のまま、こくりと頷く。騎士様はゆっくりとコップを私の口に当て、傾けてくれる。こぼれたのは、水なのか私の涙か汗か。もうよく分からない。
「もっと早く起こせたら良かったんだが」
まだ落ち着かない。あぁどうしようか。名前を呼んでほしい。覚えてるって、忘れてないって言ってほしい。誰なのか分かってない相手にこんなに優しくしてくれないかもしれないけど、騎士様だし。見た目クールでも優しいし。それでも不安でたまらない。
「き、しさま」
なんて言おう。何を言おう。そうだ、お礼、お礼言わなきゃ。その前に呼吸落ち着かせた方がいいかな、涙はそう止まりそうにないな。どうしよう。暗い森の中が、夢と重なってしまう。暗闇なんて、別に怖くなかったのにな。おかしいな。
どうしよう。落ち着けないや。怖い。逃げ出してしまいたい。ねぇ、君は誰だ、なんて騎士様にまた言われてしまったら、どうしたらいい? そんなの、聞きたくないよ……
「フィーネ、こっちを向いてくれ」
大人しく騎士様を見る。騎士様の瞳は、綺麗だ。キラキラ輝いていて、不安そうに心配そうに、それでも力強かった。
「大丈夫だ、フィーネ」
目を合わせて、あまりにも真剣に言ってくれる。
あぁ、良かった。名前を呼んでくれた。忘れてないや。
騎士様が大丈夫だって言ってくれたおかげで、安心した。強張っていた体の力が抜ける。息ができる。相変わらず汗は気持ち悪いけど、涙も止まっている。
「良かった、落ち着いたな」
あぁ、優しいなぁ騎士様は。眩しいや。真っ暗で怖かったのに。騎士様がいるだけで怖くない。明るい。輝いてみえる。いつもほしい言葉をくれちゃうんだから。
抱きしめてほしい、なんて。
駄目だよ、これ以上望んだら。
騎士様が困っちゃうでしょ。
また、辛くなっちゃうでしょ。
私は騎士様がくれたあったかいお湯の入ったコップを、ただただぎゅっと握っていた。




