11 リオン(“騎士様”)視点です
……フィーネと出会ったのはいつだったか。
確かあの頃は、冷静で、無表情な天才魔法使いの少女なんて言われていた。
当時はまだ騎士団もまとまりきっておらず、戦力も非常に弱かった。少女を加えるのに少し抵抗はあったが後ろの方なら大丈夫だと判断した。
順調にやってくれていた。
だが、その彼女の瞳に光はなく、淡々とこなす姿が印象的だった。討伐が終わればすぐに去ってしまうため、ほとんど話したことはなかったし、みんなも接し方が分からなかったようだった。
魔物が凶暴化したあの日。
怪我をした俺を庇うように前に立つ少女。
ふわふわと周りが光りだし、一瞬時が止まったようだった。
彼女の瞳には確かに光が宿っていた。辺りは優しく光に包まれ、俺の傷はあっという間に治っていった。
本人は気づいていなかったらしいが、あの時彼女の髪も光り、まるで雪のように白く綺麗だった。
彼女の援護は素晴らしく、今までにないほど効率よく魔物を討伐できた。
よくやったと褒め合う騎士たちの中で彼女は確かに笑っていた。
それからなんとなく彼女を気にかけるようになった。だんだんと顔色が良くなり、生き生きとしていく彼女。最初はただそれが嬉しかった。
『騎士様!』
あんなにきらきらとした瞳で好きだと言ってくるから少し照れてしまった。
何回言っても諦めない彼女。
あの子ただの後輩のようなものなのだからと言い聞かせた。きっと勘違いだ。憧れか何かだろうと。
彼女の想いにどう反応すれば良いか分からなかった。気持ちには応えられないと思っていた。あんなにまっすぐできらきらとした目をされたことはなかった。もともと女性に好意を持ったことはなかったし、近寄ってくる人がむしろ嫌だった。爵位に目がくらんだだけだと。その瞳の中には恐怖か、欲しかない。私を映してはいなかったから。
彼女はそうではないと分かっていた。
けれど、あの瞳が変わってしまうのは怖かった。
ある時。
魔物討伐が終わり、騎士団のみんなを讃えて、食事会をすることになったのだが。体調が少し悪かったが、団長だし、残らなければならなかった。
酒が体に周り、くらくらとする。
熱いし、すり寄ってくる女性たちが正直鬱陶しかった。どこから来たんだ。
少しだけ休もうと外へ出た。
「……戻らないと……」
「騎士様っ!?」
「……フィーネ」
正直面倒だなと思った。
この状態で彼女に会うのは…
「顔色が悪いですよ!? 早く帰ったほうが良いですって! あ、今から帰るところですか!?」
「……違う、今帰るわけには……」
「そんな! ダメです帰りましょう。良いから、ほらっ!」
手首を掴まれ引っ張られる。
彼女の瞳はきらきらとしていて、吸い込まれてしまいそうだ。
「何かあれば、私に連れ去られそうだったとでも言えば大丈夫ですよ〜! それじゃ、ちゃんと休んでくださいね」
「待っ」
気づけば魔法で自室に飛ばされていた。
彼女はいつもそうだった。
好意を示すがそれが決して嫌だと思うことはしない。優しい子だ。
そうして接していくうちに、気がつけば彼女は今日も来てくれるだろうかと思ってしまっていた。
きらきらと輝く少女。
触れれば壊れてしまいそうだ。
『話すことなんかない』
そう言う彼女は、出会った頃に戻ってしまったように思えた。あのキラキラとしていた瞳が、濁って悲しく辛そうに見えた。
『好きじゃない!』
今でもあの悲痛な表情が目に浮かぶ。
最近では、いつも笑っていた彼女のあんな顔を見るのは初めてだった。
『大嫌い』
その言葉がひどく頭に残って突き刺さる。彼女はよっぽどそんな言葉は使わない。だからこそ辛い。暗闇の中から抜け出せない。
皇帝に呼ばれたあの日。
魔物を多く倒した褒美だと言われ出された縁談。
あれさえなければ。
いや、俺がもっと早く行動していればあんな顔させずにすんだはずなのに。
俺のせいだ。
いっそのこと、ここから逃げ出してしまえば、またあの頃のように戻れるだろうか。なんて、
『ふんふんふふーん』
そう鼻歌を歌い、指をくるくるしながら魔法を打つのは機嫌のいいフィーネのくせだ。風が吹き花が舞っていた。
皇女様が同じようにしていたから、ついフィーネかと…
皇女様には、悪いことをしてしまった。フィーネのことしか頭になかった。なんて、騎士失格だ。
『ーー騎士様っ!』
皇女様は最初に俺のことをこう言った。
俺を“騎士様”なんて言う人は、フィーネしかいなかった。それはいつしか、フィーネだけの“特別”になっていた。
だから、嫌だと思ってしまった。皇女様にそう言われるのは。
その時の光景が間に浮かぶ。やめてほしいと言った時の彼女はどんな顔をしていただろうか。
……
『心に決めた相手がいる』
と、そう言った時は?
フィーネは、
『わざと何も言わなかった!』と言った。
何も言わなかった……皇帝の命令は急だった。それを知らないのかと思ったが……
『ずっとそばにいるんですよ』
あの時聞こえたのは、夢ではなかったとしたら?
魔法を打つときにわずかに光るフィーネの髪。
悲痛な表情。
どれもが2つに重なる。
まさか。
『思い出して』
って、それって、
いやそんなことは、だが、
もしかしたら
「大変です、リアン様! アダル山の魔物が凶暴化したと……!!」
「……分かった、すぐに行く」
早く確かめたい気持ちをなんとか抑えて俺は、アダル山へと向かった。