第一夫君レオンハルトの恋 9
『マナ欠乏症』の症状が進行しているのか、『彼女』はよく眠るようになった。
食事の時は起こされるから仕方がなく食べるという感じで、気だるそうにしながら食べている。
なかなか王宮からの便が来ないことにルイスが時間を追うごとにイラつき始めている。
ただ…… それはそれでどうにもならないのだろう。そんなことはルイスも私もわかっている。
『彼女』が『王宮』に足を踏み入れた途端に『王宮』は完全に『封鎖』されるのだ。おそらく直系王族で王位継承権のある王太子や他の王子達も別宮へと避難させている。
当然『渡り人』様の特殊なフェロモンの影響を受けると機能不全を起こしかねない国の中枢にいる官僚も全て出仕を控えさせているだろう……
王宮内は厳戒態勢を敷いているはずだ。
本来ならば聖騎士団団長である自分や魔法士団団長であるルイスが第一線で指揮を取らなければいけないのだが…… 『渡り人』様の放つ特殊なフェロモンに曝された私達が王宮内に入ることは出来ない。
国王である兄上にとっては『渡り人』様による僥倖と脅威が同時に舞い込んできたのだ。
まあ、宰相であるクリストフが全ての差配を陛下と共にしているから、問題は起こらないだろう。
『渡り人』様が渡られてから、王宮は過去の記録、『大聖人・光様の遺言』や『渡り人法』の確認、夫君候補の選定等々大騒動になっていたんだろう。いつでも迎え入れられるように準備をしていたとはいえ突然のこと。
その上、ようやく迎えの準備が整ったと思ったら『マナ欠乏症』対策で一から受け入れ準備のやり直しになってしまったのだ。そのことで『マナ欠乏症』によるフェロモンの影響が男性よりも少ないとされる女性のみで警備も含め全ての対応をせまられることになったのだから。
『彼女』は『マナ欠乏症』の進行を遅らせるためにルイスが私の周囲に張り巡らせた特殊な魔法陣の中で眠らせられている。
クリストフが王太子を含む殿下や妃殿下の別荘への緊急避難がすべて終わり、『渡り人』様をお迎えする準備がようやく整え再度砦に戻ってきたのは翌日の昼だった。
砦に戻ってきたクリストフに対してルイスが
「遅い。状態もあまり良くないんだ。早く供給できる体勢にしないと……」
苛つきを隠せないように口を尖らせる。
ルイスがイラつくのも無理はない。『彼女』は私の腕の中で意識がなくなっていたからだ。
クリストフは陛下から預かった飴の入った瓶を取り出す。
あれは……
「これを『渡り人』様に食べさせてくれ。『大聖人・光様』が次の『渡り人』様の為に用意されたマナで作られた緊急用の飴だそうだ。それから、ルイス、陛下からこれのレシピの記録も残されているから同じものが作れるか確認して欲しいそうだ。それから……」
クリストフは『彼女』にそれを食べさせるようにルイスに言うと、ルイスが彼女の口を開けてそれを含ませる。
それを確認しながら私の方を見ながら今度はフェロモン拡散を防ぐ為の銀色のシートを手渡す。
「フェロモン拡散防止の為のシートだそうだ。これで彼女の身体を覆うように」
銀色のシートは『光様』が作られたもので『マナ欠乏症』に伴うフェロモンの拡散を防いでくれるものだ。
この二つは父王から成人の儀の後、第二継承者までが受ける『渡り人』様に関する特別な秘儀を受ける為に王宮の地下にある特別な部屋に時に行った際に特殊な保存魔法で封印され保管されているのを見たことがあった。
当時、父王から『渡り人様がマナ欠乏症に罹患した時に緊急対処する為に用意されたもの』だと説明を受けた。
そうか、陛下はあれを準備していたのか、さすがだな。
秘儀を受けても『成婚の儀』を受けなければ『マナ欠乏症』によるフェロモンの影響を受ける事になる。
最悪一度目の夫君に選ばれなくても、症状が進行すれば生きていくために必ず『渡り人様』の夫君は増えていく事になるのだが…… 最終的には必ずフェロモンの影響を受けていない『秘儀』を受けた者が『渡り人様の夫君』になるように予め決められていた。
『渡り人様のフェロモン』の影響を受けない秘儀を受けた『夫君』は最終的には『渡り人様の最期を看取る』と同時に『渡り人様の封印』になるからだ。
それは『渡り人』様が脅威になった時、この星を守る為の最終的措置とされていた。幾段階もそれを封じ込める為の措置が厳しく決められているのだ。
基本的に秘儀を受けた第二王位継承者が主体になるが、それらが押さえ込むことができない場合は、マナや魔力が最も強いの国王が禅譲して封印する事になる。
『大聖人・光』様の時には国王バルトが最終的に彼を『封印』したと父王から説明を受けたことを思い出した。
彼の死後、彼の作った『マナ欠乏症』に関するものはそのレシピも共に特殊な保存魔法と共に王宮内に秘匿された。
『渡り人』様が『マナ欠乏症』を発症した時に緊急対応できるように。
『フェロモンの拡大防止』と『渡り人様の延命』のために。
その第一段階が始まったのだと現王フリードリッヒがクリストフに手渡した二つのものを見ながら自分の胸に鋭利な刃物が突き立てられたような気がした。
いや、まだ大丈夫だ。やっと出会えたのだ。『彼女』を守らなくては。
自分の腕の中で眠る『彼女』を見ながら気持ちを切り替えた。
『彼女』の医師による公式な診断によっては『夫君候補へのお披露目』は大幅な変更の示唆があるとクリストフから告げられる。
私は『彼女』の身体を銀色のシートで包むように覆うと、再び『彼女』を抱きかかえる。そして三人は開かれた移動用のゲートの中に消えた。