第一夫君レオンハルトの恋 8
ルイスと私は今度は念のため自分が彼女に選ばれた時のために贈る指輪とドレスを作ることにした。自分と彼女の結婚指輪だ。
ドレスは私が感じる彼女のマナの色にきめた。
白色で角度によって虹色の虹彩が放たれる生地を作り出す。その白を基調に金と銀の刺繍と繊細なレースを施していく。
ふとルイスを見るとルイスも同じように彼女のための贈り物を作っている。お互い無言だ。ものすごい集中力を駆使しながら、宝飾品と同じように緻密な紋様を生地の中に織り込んでいく。
すでに結婚をして子供もいる異母弟達が自分の妻や子供達の洋服を作っているという話を聞いて正直羨ましく思っていた。
まさかこんな形で自分が女性の為に装飾品やドレスを自分のマナから作ることになろうとは…… あの瞬間まで完全に諦めていた自分にとって、この時間すらも僥倖だなとその気持ちを噛み締めながら、眠る『彼女』を見ながら作っていく。『彼女』が私を選んでくれることを願いながら。
どれくらい時間が経ったのか、ふと彼女を見る。
少しマナの状態が弱くなっている気がする。気になって彼女の側に行き、ベットの端に腰掛ける。眠る彼女は一体どんな夢を見ているんだろうか。
彼女の濃茶色の瞳は彼女が放った『浄化』された大地のように力強く美しかった。彼女は自分自身が与えた大地への『恩恵』の素晴らしさをまだ知らないのだ。あれだけの『浄化』を自らの生命力である『マナ』を大量に使って成し遂げたのだから。その力に畏敬の念を感じずにはいられない。
彼女の瞳と艶やかな髪の色の魔宝石をいくつか自分のマナで作り出した。
彼女が私に用意してくれる指輪の魔宝石だ。彼女が私の装飾品を選んでくれた時、彼女にその中から私の為の指輪に使う魔法石を選んでもらうのだ。あらかじめそれも王妃に託すことにした。
魔力がない彼女にはマナを使ってものを作り出すことはできない。
私自身が作ったものなのだけれど……
『彼女が選ぶ』ということが重要なのだ。彼女のマナが私の為に選んだ魔宝石。
おそらく彼女の夫君候補に立候補した者は自分と同じように準備をしているだろう。
それでも彼女を直に見て触れることができた私達が彼らより確実に有利な立場であるはずだ。
そして先程作り上げたドレスも選ばれた時に『成婚の儀』に彼女が身につけてくれるように王妃に託すことにした。彼女が私のドレスを身につけ私の装飾品を身につける、想像するだけで心が躍るようだ。
一通り用意できた後、彼女のために作った『首飾り』と『指輪』を並べてみる。私のマナの色、瞳の色であるアースブルーサファイヤの魔法石。それはまるで対になったような緻密なデザイン。
もう一度手に取り確認をしながら最後の仕上げをした後宝石箱に入れて『収納庫』にしまう。
彼女のドレスと選ばれた後すぐに行われるであろう『成婚の儀』に身につける自分用の騎士服の正装も一緒に『収納庫』にしまう。
そうこうしている内に空間が一瞬揺らいだ。
クリストフがやってきたらしい。
黒いフードの男が部屋に入ってくる。
入り口付近で部屋の異常さに気付いたらしい。
『彼女』のフェロモンの甘い香りが部屋の中を充満しているのだろう。その圧倒される香りに酔いしれるように佇みながらも私の姿を探している。丁度彼女の傍に座って小動物のような彼女の頭を撫でていた。そんな私を胡乱気に見るクリストフと目が合う。彼女を起こさないようにクリストフに告げる。
「遅かったな。すまないが、陛下に『マナ欠乏症』を発症しているようなので、診察と魔力やマナの多い女性のみで隔離状態で別宮で彼女の世話をしてもらえるように…… 男性を避難させて対応していただきたいと報告して欲しい。準備が整ってから、迎えにきてくれ」
せっかくここまできてくれたのに蜻蛉返りを強いて悪いとは思うが仕方がない。ことは急を要する。
『マナ欠乏症』‼︎ と流石のクリスも驚きの声を発する。
それに応じるかのように
「この甘い香りがその症状の一つだ」
とルイスがハルカを見下ろしながら言う。
「かなり強烈だから。近寄らない方がいい。レオンの言うようにそのまま折り返し陛下に報告して早急に対策をとって欲しい。おそらく、謁見もお披露目もこの状態では危険すぎて無理だと思う」
私達二人の言葉を聞いて、クリストフは慌てて折り返すようにゲートを潜り王宮へ向かう。
『マナ欠乏症』…… それは魔力を持たずマナを自力で作り出せない『渡り人』様特有のもの。未だに治療法はなく延命のみ可能とされている。
その延命方法ですらわからなかった頃は『渡り人』様は渡られて『浄化』を行うとすぐ命を落とすことがほとんどで、記録されている中で最短で一ヵ月も保たなかったそうだ。
また延命には魔力やマナが強い者がマナを供給するしか方法がない。そして『浄化力』が強ければ強いほどマナの消耗も激しくなる。結果マナの供給者の魔力やマナもより強く多い者が求められる。
これが『夫君教育』で受けた『マナ欠乏症』に関する情報をまとめたものだ。これらは夫君候補者全員の共有知識になっている。
陛下は一体どうするだろうか。
『渡り人』に関する処遇は『渡り人法』に基づき最終的に陛下が承認する。
折角渡って来てくださったのに、歓迎の宴も開くこともできないだろう。
ほぼ間違いなく直ぐに『隔離』になる。
今頃宰相のクリストフからの報告を受けて王宮はてんやわんやの大騒動中だろう。
そんなことを考えながら、ルイスと食事の用意をすることにした。
彼女のために温かいスープでも作ろうか。そんなことを話しながら……