第一夫君レオンハルトの恋 7
「この展開ついてけないんだけど…… こんな超美形が私の夫君に⁇ ありがたいっちゃありがたい? のかもしれないけど…… これ、どっきりじゃないよね。えっと、だから、中身五十五歳のおばさんなんですけど。それに子供とか望まれても無理なんですけど…… 」
おそらく彼女の心のつぶやきであろう呟きがそのまま口に出ている。そんな彼女もなんか可愛らしい。
超美形? そうか、じゃあチャンスはあるのか…… 彼女の言葉につい反応する。
動揺して私達の反応を見る彼女を見ながらルイスと顔を見合わせて
「全然問題ない。ハルカが気に入ったから」
一緒にそう言って彼女へにっこり微笑する。
まあ、参考までにといって彼女にルイスが説明をする。
⚫︎ 彼女の自己申告に基づいて候補者の年齢層が決められること。
⚫︎ 彼女の実年齢に合わせて前後五、六歳。直系王族は除く王族の中から最低三名選ばれること。
⚫︎ 現時点で該当する夫君候補の中で一応独身は現在はレオンハルト(私)とルイスのみであること。
⚫︎ 宰相のクリストフは一度結婚をしてはいるがすでに妻君は流行病で若くして鬼籍に入っていること。それ以降独り身であること。
⚫︎ 他の候補者は、全員既婚者であること。中には第一夫人の他に第二、第三夫人も既にむかえていること。
そしてこの国の婚姻のシステムについても説明をする。
⚫︎ 基本的にこの国は一夫多妻制。
⚫︎ 王家直系のみ十名まで妃を迎えることができる。
⚫︎ その他の王族(臣籍降下の場合も同様)は三名まで夫人を迎えられること。
⚫︎ ただし『渡り人』様が現れた場合特例として夫君になることができること。
⚫︎ 『渡り人』の夫君になる権利は、本来『渡り人』様が渡ってきた地域の領主、王族を最優先とされていること。
⚫︎ 今回はレオンの馬上の上に落ちてきたので、レオンがその権利を有していること。
その他、選考方法が色々あるらしく、それは王宮に行って詳しく説明をさせるということ。
『渡り人』の夫君制度についても引き続きルイスが説明をする。
⚫︎ 『渡り人』は女性なら一妻多夫制。男性なら一夫多妻制であること。
⚫︎ 夫君、妻君は少なくとも三名持つこと。
何故三人も夫君を選ぶのか?
⚫︎ それは『渡り人』様を守るために必要な最小限の人数とされていること。
⚫︎ 何故なら『渡り人』様の血や肉、骨ですら恩恵を授かれると言われている為に、常に危険にさらされてしまう存在であるということ。
本来は直系王族を除く王族全てと婚姻関係という名の保護によって安全を確保していたのだけれど…… 『渡り人』様が女性の場合、一婦多夫制を受け入れられず、命を絶ってしまうケースもあったため、『渡り人』からの希望がない場合は最低人数のみとすること。
等々。彼女は一生懸命にルイスの言葉を理解しようとしているようだ。こちらから見てまるでそれは百面相のようにコロコロと表情が変わっている。
少しでも負担を軽くするために先人である『大聖人・光様』と国王バルトによって施行されている『渡り人方』の説明をする。それは『渡り人』様の人権保護と安全確保の為に作られた法であること。それによると夫君は三名。それ以上を望まなければ婚姻を結ぶ必要はないということになっていること。
確か彼女のやってきた日本という国は一夫一妻の精度だと記録されていた。複数の夫を持つことへの抵抗感がかなり強そうだ。納得がいかないといった表情だ。まあ、そうだろう。いきなり別世界で夫を三人持てと言われるなんてあり得ない話だ。彼女の反応は正常だと言える。彼女に時間の猶予があればの話だが……
そこでルイスが言葉を続ける。彼女に警戒心を抱かせない口調で
「ハルカは昨日の夜のこと覚えている?」
「昨日? 号泣してそのまま寝ちゃっただけじゃないの?」
訝しむ彼女を見つつルイスが昨夜から私達が懸念している事案について彼女に話をする。
「正確には断定できないけれど…… おそらくハルカは昨夜から『マナ欠乏症』を発症してしまっていると思う。王宮の典医に診てもらうとすぐわかると思うよ」
『マナ欠乏症』聞きなれない言葉に彼女の顔が不思議そうな顔つきになる。
「僕はマナの状態を可視化できるんだ」
『マナの可視化』?
彼女の表情は全く何を話しているのか想像もできないといった感じだ。
「ハルカはこの世界に来た直後から大規模な浄化を繰り返し、数十回以上連発してる。その反動で『マナ欠乏症』が引き起こされてる可能性が高いんだ。『マナ欠乏症』は一度発症してしまうと完治はできない。他者からのマナを供給を受けない限り、常時マナが消費され死に至ってしまう。『渡り人』様にとって致命的なものになるんだ」
『死に至る』という言葉に彼女はギョッとした顔で反応した。彼女の中で『マナ欠乏症』というものが『不治の病』であり、自身の死に直結するということを認識させられたといった風に。
ルイスはそんな彼女の反応を見つつ彼女の体の状態を説明する。
「今朝、どうして僕達が貴女に密着したまま寝ていたのか……
抱き心地が良かったせいもあるのだけれど、それだけじゃないんだ」
一度息を大きく吐くと言葉を続ける。
「大量にマナが流出してしまうとある種のフェロモンが放出される。それは一種の媚薬のようなもので…… 生きる為に他者のマナを求め、供給しやすい状態を作り出してしまうといわれている。僕達のような魔力やマナが多い人間はなんとか制御できるけれど…… それほどのレベルでない場合だと貴女のフェロモンに完全に魅了されてしまう」
ルイスはそう言うと小さく咳をする。
「言い訳をするようで申し訳ないけれど…… 勿論、意識のない女性を襲うこと等ありえない。いかんせん貴女のフェロモンは強力な浄化力に比例するかのようにものすごく強烈だったんだ。僕達がほとんど初対面の女性に対して許可なくこれほど密着してしまうということはないからね」
「つまり、自分が媚薬フェロモンを無意識に出して、あなた達を引き寄せているということ? 何いってるの!」 そんな心の声がダダ漏れのように、彼女は納得がいかないといった感じで私達を強く非難めいた目で見る。
「今はそれほどでもないけど、伴侶を決めてマナを補給しないと生死にも関わることになるから。できるだけ早く決断をした方がいい」
彼女のマナの炎が大きく揺らぎ始めていく。
心の動揺をそのまま同調させているかのように。
怒りにも似た強い感情の波が彼女のマナを支配し、放出しようとしている。
ああ、これはまずい。そう判断すると
私は彼女を自分の方に引き寄せて強く抱きしめた。
「ハルカは悪くない。大丈夫。私が貴女を守る」
そう言って落ち着かせるように背中をぽんぽんと軽く叩きながら『鎮静と安眠の魔法』を展開する。
彼女は幼子がイヤイヤとぐずるような仕草をしながら、眠りに落ちていった。
「少し眠った方がいい」
そう声をかけていると、ルイスが少し過保護すぎやしないかといった半ば呆れたような口調で
「兄上、甘いな」
それに反論する。『マナの供給』ができるようになるまで彼女の症状の進行を遅らせなくては。
「ハルカに罪はないだろ? これ以上彼女に負担をかけるのは良くない。ただでさえ、環境が大きく変わって大変なのはお前もわかるだろう。感情の揺れ幅が大きいとマナが消費される。それにこれ以上『マナ欠乏症』を悪化させるのはまずい。眠らせておいた方が彼女にとって負担も少ない。それにしても確かに強烈なフェロモンだ。これほどだとは。ただし、最悪のことも想定して準備しないと…… とにかく時間がない」
彼女を横抱きにして簡易ベッドへと寝かせる。
彼女から発せられるフェロモンの香りが一層強くなっていた。




