第一夫君レオンハルトの恋 6
ルイスと二人で朝食の用意ができ、ちょうど彼女を起こそうかと考えていたら、彼女が自分の手で瞼を擦りながら体を起こした。
若い女性特有の可愛らしい声で
「おはようございます」
と私達へ挨拶をする。
「「おはよう」」
私達もそれに反応するかのように返事をする。
彼女は私達の姿と、自分が寝ていた状況を確認すると、溜息をつくように信じがたい現実を受け入れるかのように
「夢じゃなかったんだ」
と呟いた。彼女の本音は昨日ここに渡ってきたこと、そして昨夜知り合って間もない男達と同衾に近い状態で眠ったこと、全てを否定したかったんだろう。
それが不可能だと知ってしまった故の呟きだったように聞こえた。
ルイスはそんな彼女のすぐ前に立つと彼女に『洗浄』魔法をかけた。
ああ、そうだ、彼女に不快な気持ちを与えないように、自分達のことだけしか考えていなかったな。
「ここは風呂がないから、軽く洗浄魔法をかけたから、これで許して欲しい。女性なのにこんなところですまない」
弟のきめ細やかな心遣いに彼女は最初驚いたが、すぐに嬉しそうな顔をして
「ありがとう」と笑顔でルイスに礼を言う。そんな彼女に
「どういたしまして」
ルイスはにっこり笑いながら、丁度私達にはさまれる席の椅子を彼女の為に後ろにひくと、彼女にそこに座るように促した。先を越されたようで少し残念な気持ちになる。
彼女は席に着くと昨日とは違って本格的な食事が並んでいることに驚いたようだった。
家事をしている痕跡がないのに、温かな料理もある。朝昼兼用らしくたっぷり用意されていたことを不思議に思ったらしい。
「これを作ったんだろうか?」ふと彼女が何気なく口にする疑問をルイスが拾い上げる。
ルイスの屋敷で作らせたものを転移ゲートを通じて運んだことを彼女に話している。彼女はそれに納得したのか、食事を楽しむかのように味わっている。私は彼女の為に用意したデザートを『収納庫』から色々出す。
魔法がよほど不思議なんだろうか? 彼女は瞳を輝かせながら不思議そうな顔をする。彼女はデザートも気に入ったのかぱくぱく口に運ぶととろけるような甘い笑顔を浮かべている。彼女の幸せそうなその笑顔を見られるだけで幸せだと思っている自分がいる。
「お茶がいい? 紅茶も珈琲もあるよ」
ルイスが彼女に尋ねている。
「珈琲お願いします」
「ハルカは珈琲派なんだ。美味しいの入れるから、ちょっと待ってて」
彼女とルイスのやり取りを見ている。
ああ、珈琲が好きなのか。珍しい。ここでは女性はお茶を好む人が多いのだ。珈琲は嗜好品。ただ『渡り人』様の多くは男女を問わず珈琲を好んでいたと記録されている。
部屋に珈琲豆にいい香りが充満する。その香りを堪能するかのような彼女の表情にどきっとする。目の前に置かれた珈琲カップを両手で包み込むように持って、一口飲みほっと一息つく彼女の姿は一枚の絵になるなと思った。
「美味しい」
幸せそうに口にする彼女。
「良かった。少しは落ち着いたみたいで」
ルイスは彼女にぐっと顔を寄せると極上の笑みを浮かべた。
明らかに攻めに入っているルイスに半ば呆れ、半ば感心せずにはいられない。
彼女との距離をぐいぐい縮めながら彼女の右手を取りルイスがいう。
「ハルカ、改めて自己紹介したいんだけど、いいかな」
咄嗟に私の右手は彼女の左手を握りしめていた。
「昨日も少し紹介されたけど、私の名前はルイス・ユータリア。この国の魔法士団の団長で大魔法士をしている。ルイスと呼んで欲しい。左隣にいるのがレオンハルト・ユータリア。私の双子の兄で聖騎士団の団長で大将軍。ソードマスターでもある」
「やっぱり、双子だったんだ」彼女が小さく呟いた。その後彼女は私達のほうへ向き直り
「高瀬春香です。よろしくお願いします。美味しい食事や珈琲、色々なお気遣いありがとうございました」
両サイドの私達に対してそれぞれにぺこりと頭を下げて、お礼を言う。
うんうん、と頷きながら、ルイスは彼女の右手を握りしめながら、少し甘えた口調で
「今更だけどハルカって呼んでもいい?」
彼女はルイスの方を驚いたようにみる。
「いいですよ、ちょっと恥ずかしいけど」
そういう彼女に、自分も彼女の請い願う。
「私のこともレオンと呼んで欲しい。そして、私もハルカと呼んでもいいか?」
彼女に自分の名前を呼んでほしい。彼女が弱いであろう耳元で囁く。
それを躱そうと一瞬私から体を引き離そうと立ち上がりかけた彼女を制止するとリアクションに困って笑ってごまかそうとする彼女の耳元でさらに念押しをする。
「いいよね?」
「どうぞ、ご勝手に」
彼女は視線を合わせることもせず正面を向いて答える。
耳元攻撃を防止する為に握られている両手を振り払って耳を塞ぐ。耳が苦手なんだな、彼女は身震いが止まらない。そんな彼女も可愛いくて彼女の頭を撫でた。
「ハルカは結婚しているの?」
ルイスがいきなりど直球の質問をする。おいおい女性に対していきなりそれはまずいだろう。彼女は気分を害さないだろうか? 慌てて彼女の方を見る。
彼女は全く気にもしない様子で、淡々と答える。
「ううん、お一人様だよ」
お、そうなのか。
「恋人は?」
それはいるよな、こんなに可愛いんだから。
年齢云々というより、くるくる変わる表情が豊かな、そして仕草もとても可愛らしい女性に恋人がいないはずは……
「いない」
なんだって? 本当に?
これって、やっぱり…… 「彼女は私達のもの」ルイスの言葉が脳裏に浮かぶ。
彼女の答えに思わず気持ちが素直に出てしまう。
「そうなんだ」
ルイスと顔を見合わす。互いににこにこしてる。
彼女は逆に何故なんで、にこにこしてるんだろう? といった様子で私達を見る。
「私達も独身で恋人もいないんだ」
そう答えるルイスを彼女は驚いたように見る。
「ずっと忙しくって、そんな暇もなかったし」
子供の頃からの話を彼女に少しだけかいつまんで話す。
二人が子供の時から張られている結界がいくつも破られて、魔物や魔獣や瘴気等で被害が出始めて、その対応に駆り出されることも多かったこと。子供も駆り出されるの? とびっくりしている。
「一応王族だからね。国を第一線で守るのが王族の役目だから…… それに私やレオンは魔力が桁違いにあったからね。そのおかげで鍛えられて二十代半ばでソードマスターや大魔法士になれた訳だけど。それから三十年殆ど休みなく前線にでずっぱり、出会いなんてあるわけない」
ルイスはつらつらと言葉を紡いでいく。
彼女は何かに引っかかったらしい。妙な顔をして質問してきた。
「あの…… お二人はおいくつですか?」
「今年で五十七歳かな。あ、昨日のクリストフも同じ年なんだ」
え~~~‼︎ と彼女が驚いたように声を出す。
まじまじととても信じられないといった表情で私とルイスを見る。
そこで初めて彼女が自分たちを単なる若造と思っていたことに気がついた。なるほど、だからあれほど無警戒だったのか。おそらく彼女は自分の容姿が今どんな状態なのか見当もついていないのだろう。
彼女が本当に実年齢が五十五歳であったなら、見た目の容姿が二十代後半と言われている私達は彼女にとっては下手をすると息子世代とも思えるのだから。
彼女に全く異性として見られていなかったことにルイスも私も少しばかり衝撃を覚えていた。
彼女が自分たちが彼女に対して混乱していた実年齢との乖離と同じ状況になっているのが手に取るようにわかった。ルイスが彼女にフォローするかのように説明をする。
「私達はソードマスターや大魔法士になって以降あまり年を取らなくなったんだ。魔力やマナが多いのも理由だけどね。ハルカと同じで『浄化』や『結界』を発動していたから…… 自己治癒力が高まったという説が当っているんだろうけれど……」
その説明に納得できないのか
「それにしても見かけと違いすぎでしょ」とぶつぶつ呟いている。
「私達から見れば、ハルカはずっと年若のお嬢さんにしか見えないから、中身年齢とかいわれても信じがたいよ。それに一応王族だし、魔力やマナが多すぎてうかつに女性に手を出せない。気がついたらこの年になっていたというところかな」
「王族って?」
「この国の現国王は私達やクリストフの実兄なんだ。私達は同腹兄、クリストフにとっては異母兄にあたる。陛下と僕達三人の他七人異母兄弟がいるし。とはいっても、兄上が王位を引き継ぎ、その息子も同時に王太子になっているからね。その時点で兄弟全て臣籍に下っている。それぞれは領地をおさめながら大陸の結界を守る役目を担っているんだ。臣籍だけど、王位継承権のない王族。ただし『渡り人』様の夫君になる権利を有するもの。それが私達なんだ」
ルイスが私達の状況を説明をする。
彼女が明らかに引っかかっているであろう部分に気がついた。
『渡り人』の夫君になる権利。その言葉に彼女は大きく反応をした。今の彼女は当事者だ。彼女はこれを知りたいはずだ。今の彼女が置かれている状況を手短に説明をする。
「おそらく、今日にでも王命が下されると思う。『渡り人』様の夫君を選ぶお披露目が開かれる。そこで、貴女が自分の夫君を三名選ぶことになる。
希望があればそれ以上でもいいと思うけれど」
そこで言葉をきって、彼女の目を見て
「私は貴女の夫君に立候補する」
と私は彼女に求愛した。それに続くようにルイスも続けて彼女に求愛する。
「私も貴女の夫君に立候補するよ」