第一夫君レオンハルトの恋 4
部屋に戻ると彼女は石畳の上で膝を抱いている。自分の星で『核戦争』というものがあったかもしれないという衝撃から立ち直れない様子だった。彼女自身の中で整理がつくまでそっとしておこう。
先に尋問用に出した机と椅子を『収納庫』にしまう。
女性に見知らぬ男二人と同じ部屋に寝てもらうのは躊躇われるが、安全面のためだ。彼女は『渡り人』様でもある。申し訳ないが仕方がない。
彼女用に『収納庫』から簡易ベットを出す。今夜はこれで我慢していただくしかない。
自分達用に少し離れた所に二人分の寝具をセットする。とりあえず身につけていた甲冑を全て外し『洗浄』魔法で綺麗にした状態で『収納庫』にしまう。そして、自身にも『洗浄』魔法をかける。
念の為だ、女性もいるし、彼女は匂いにも敏感そうだ。誰にも訊かれていないのに自分自身で言い訳をする。
そういえば甲冑もそれほど汚れていなかったな。彼女の『浄化』を身近で浴びたからからだろうか?
ルイスと二人、寝具の上に座り、少しくつろいでいると、ようやく彼女の意識が現実に戻ってきたのか、自分の周辺を再び確認し出した。
精神的な不安定さを彼女から感じる。今日は眠れないんじゃないだろうか?
ああ、そうだ、あれなら気持ちも落ち着くかもしれない。天然素材のものだから、彼女に負荷もかからないだろう『収納庫』から緑色の液体の入ったガラス瓶を取り出す。
警戒されている? 飲むかどうかわからないけれど、彼女の自由にすればいいだろう。とりあえず、彼女に渡してみよう。
私は彼女の前に進み、目線を合わせるように跪く。
「大丈夫かい? これを飲めばぐっすり寝られる。大丈夫だから、安心して休みなさい」
取り出した緑色の液体をグラスに注いで彼女に手渡す。
そして、彼女の頭を撫でる。
あ、無意識に撫でてしまった。小さい頭だな。いや、作りそのものが違うのか。
てっきり巨漢の男だと信じて疑わなかった自分は一体何をしてたんだ。エネルギーを放出したとはいえ、女性を男性と間違うなんて。こんなに彼女は女性なのに。
グラスを手にしながら、彼女の瞳から宝石のような涙がこぼれ落ちていく。
ああ、泣かないで…… 思わず、彼女を強く抱きしめてしまう。突然日常を奪われたった一人で異世界に放り出される。男でも途方に暮れるだろうにましてや彼女は女性だ。
彼女は何かを言いかけようとするが、声にならない。涙がぽろぽろあふれて止まらない。そんな彼女の背中をあやすかのようにポンポンと軽く叩く。
決して一人ではない。ここに味方がいると彼女を安心されるように。彼女はすがりつくように私の腕の中で子供のように声を上げて泣いていた。
いつしか泣き疲れ眠ってしまった彼女を彼女のために用意した簡易ベッドへと運ぶ。
ルイスは私と彼女のやり取りを静かに見ていた。いつもは話好きの奴なのに、今日はどうしたことだろうか、珍しくあまり口数が多くなかったな。
その割には『夫君候補』に迷わず立候補していた。自分と瓜二つの双子の弟であるルイスを見る。
「あれ、用意しないと。レオンは『首飾り』にするんだろ? 私は『耳飾り』にすることにした。彼女の耳小さくて可愛いから、どうしようかな。あ、ここで作るんだろ?」
彼女が眠ったからか、彼女の眠りを妨げないように小さな声でやり取りをする。
「どうして、立候補した?」
「え? どういえばいいのかな、直感かな。落ちたのはレオンの上だけど、あ、彼女は私のだってわかったんだ。いや、私達のって言った方が正しいかな。レオンと私は一つだからね」
ルイスはふふふっと小さく笑いながらそう言った。
「なんだ、それ?」
自分のもの? 私達のもの? どういう意味だ?
時たま不思議なことを口にする双子の弟の言葉を頭の中で反芻する。
「レオンはどうなんだ? 随分と彼女を構っているし、レオンも『立候補』したよね」
眠っている彼女の方をチラリと見る。
「放って置けないというか。確かに、彼女が欲しいと思ったからだ」
自分の発した言葉に自分で驚く。
が、すぐに自分の言葉が腑に落ちる。
信じられないことだが、出会ってほんのわずかな時間しか経っていないのに……
彼女が欲しい……
ああ、彼女に惹かれているんだ。
誰かのものになんて考えたくないほどに。
抗えないほど強烈な、本能的な、初めて知る感情。
彼女を護りたい。笑顔を見たい。
そして笑っていて欲しい。
あのことを知ってしまっても…彼女にとって耐え難い悲しみが襲ったとしても彼女の側で支え、愛したい。
自分のもの…… ルイスの言った言葉、確かにそれに近い感情が芽生え始めているのを自覚した。
眠っている彼女は実年齢よりも見た目年齢よりもはるかに幼く見えた。
ルイスは夫君候補選考の時に彼女に選ばれる『装飾品』の制作に取り掛かったようだ。
彼女に選ばれたい。その為に自らのマナを使って『装飾品』を作らなくては。
彼女の胸を飾る、彼女によく似合う、清楚で優しい、高貴な彼女のためだけの『装飾品』を。
自分の内側にあるマナと魔力を練り合わせる。
指先にそれを流し、イメージした『装飾品』を作り上げていく。彼女は私の色を選んでくれるだろうか?
自らのマナで作り出した石はかつて見た青の星。
青い星の蒼と古来から呼ばれるこの瞳は王族の中でも第一王子と第二王子だけしか持って生まれてこないと言われている。特殊な青。今は琥珀色に色を変えた同腹兄もかつてはこの瞳の持ち主だった。
彼女は気づいてくれるだろうか。自分を選んで欲しい。そう願いながら、細やかな装飾を施していく。
柔らかな陽だまりのような彼女のイメージを加えながら。
「できた」と思って、彼女の方を振り向くと、なぜかルイスが彼女を抱えて立っている。
「何をしているんだ、ルイス」
咎めるように、だが、眠っている彼女を起こさないように音量を下げてルイスに問う。
「ものすごく甘い香りがする。彼女、もしかして『マナ欠乏症』を発症しているんじゃないかと思ったんだ。もしそうなら、彼女を独りで寝かせるのは良くない。もっと強くひどくなるから……」
『マナ欠乏症』? こんなに早く患うなんて記録にはなかったぞ。
独りにすると大量の媚薬フェロモンを放出して、『供給者』を呼び寄せようとするって言われてたな。
だからか…… ルイスは私達の寝具の上に彼女を寝かせた。
当初、寝具はそれなりに距離をとって用意をしていたのだが、ルイスはそれを並べるように引っ付ける。
そして彼女をちょうど真ん中に置き直す。
何をするつもりだ? ルイスの動きを注視する。すると『装飾品』の用意ができたなら、彼女の方に来いという。ルイスは彼女の背後にまわり、私には前方に回り眠れという。彼女を挟んで眠るということらしい。仕方がない。言われた通り横になる。目の前にすやすや眠る彼女の顔が見える。
睫毛、長いな。疲れ切った顔をしている。眠る直前まで泣いていたからな。
ふわっと鼻口を甘い香りがくすぐる。
ああ、本当だ、脳内が侵されるような甘く濃い酔ってしまいそうな香りだ。これが『渡り人特有の媚薬フェロモン』…… 気持ちをしっかり持っておかないと、フェロモンの影響を受けて彼女を襲いかねない、それくらい強烈な香りだ。
ルイスもかなり無理をしているんだろう。彼女に触れないように、距離を保とうと努力はしているようだ。
自分はこの特殊な『媚薬フェロモン』に対処できるように兄である現王と共に秘術を受けている。ただその秘術が発動するのは彼女の夫君に選ばれ『成婚の儀』を終えた後だ。
今はルイスと同じ条件だ。彼女のフェロモンに影響されないよう自らの意志を強く持つことだけしかできないのだ。特に成婚の儀を経ないまま『媚薬フェロモン』を放つ『渡り人』と肉体的接触(性的な意味)をすると依存という負のループに落ちてしまうという。そうなると夫君候補から外され『隔離』される。
目の前に眠るあどけなく愛くるしい彼女の顔を眺めながら、修行僧のように耐え続けなくてはいけないというのも地獄だな。そんなことを考えながら彼女との今後のことを考えていた。