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虹の聖樹 外伝 夫君達の恋  作者: 天の樹
第一部 第一夫君の恋
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第一夫君レオンハルトの恋 2

 彼女はじっと宰相を見つめる。まるで自分達にされたように観察している。彼女の目に宰相はどんな風に映ったのだろうか? 少し気になった。

 ルイスが『収納庫』から少し大きめの木の長机と椅子を四脚、ポンと出す。彼女は驚いたように出された机と椅子とルイスを交互に見ている。やっぱり魔法に反応しているのか?


 ああ、確か『渡り人』様の世界には魔法がないと聞いたことがある。


 魔法か。子供みたいな反応をする。好奇心の塊のようなキラキラ瞳を輝かせるだなんて。その瞳に釘付けになった。

 机の周りに向かい合うように椅子が置かれる。王宮から聞き取り調査に来た宰相である男が座った丁度真向かいの席の椅子を後ろに引き、そこに彼女に座るように促した。彼女はそれに反応して席につく。

 私とルイスも少し離れた位置で同様に席に着く。私は『収納庫』からペンと書類を取り出す。ルイスは尋問を記録する魔道具を手に持ち、彼女に向ける。

 宰相が私たち二人の方を指差し、彼女にゆっくりと話しかける。よく通るテノールで。


「彼等はここでの尋問を記録します。映像によってその尋問が正しく行われているかも同時に記録されます。なので安心して応えて下さっていいですよ」


 彼女は緊張しているのか自身の膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめていた。

 宰相はそんな彼女をつぶさに観察しながら話を続ける。まずは自己紹介だ。


「初めまして『渡り人』様。私はこのユータリア国の宰相を務めるクリストフ・ユータリアと申します」


 宰相自らが名を名乗り、隣に座る大魔法士の名前を続けて告げる。


「映像を記録するのがこの国の大魔法士ルイス・ユータリア」


 ルイスが席に着いたまま彼女に対して一礼する。


「公文書として尋問内容を記録するのがこの国の聖騎士団団長で克つ大将軍のレオンハルト・ユータリア」


 自分の名前を紹介され、私も同じく席に着いたまま彼女に向けて一礼した。彼女は少し不思議そうな顔をした。


「この三名で『渡り人』様の最初の記録を取らせていただきます」


 一通りの簡単な自己紹介を済ませると宰相も彼女に対して一礼をした。それに返すように彼女も私達に一礼する。


「早速ですが貴女の事を教えていただけませんか」


 宰相は警戒させないように、だが全てを見逃さないかのように彼女を観察しながら彼女のことを問い直す。

 少し、混乱しているような不安そうな彼女。ここが彼女の世界ではないことに気付いたのか、それでも状況を確認したかったのだろう、彼女が緊張しながらも彼女が疑問に思う事を尋ねる事にしたようだった。


「その前に質問があります」


 緊張しているのか上擦っている彼女の声。ああ、こんな声の持ち主だったのか。年若い女性ならではの少し高めの透き通るような声音。小鳥が囀るような可愛い声だ。

 自分に視線が注目するのがわかるのだろう、緊張しているのが一目でわかる。


「なんでしょうか」


 宰相に静かに問い返される。


「『渡り人』とは何ですか?」


 耳にしたことがなかったのだろう。そりゃそうだ、それはここに落ちてきた『異世界からの渡り人』に対する名称なのだ。彼女が疑問に思うことは普通のことだ。

 問いに対して宰相はまるで教本通りの答えを返す。


「我々の世界とは別の世界、異世界から渡ってきた人を総称して『渡り人』と呼ばせていただいております」


 異世界という言葉に彼女が反応した。


「古くは三千年前から記録されています。およそ百年か百五十年の間隔で渡ってこられています」


 彼女は与えられていく情報を頭の中で処理しようとしているのだろう。宰相はそんな彼女を観察しながら言葉を続けていく。


「一番最近の『渡り人』様は百五十年前に渡ってこられた『大聖人・光様』といわれ、この国の王族と婚姻を結ばれ、私達三名を含む王家の血筋の祖の一人になられております」


 『大聖人・光様』は前王である父の母方の祖父にあたる。つまり曽祖父だ。


「『渡り人』様を保護する為の『渡り人法』を定められたのも『大聖人・光様』によるものです。この法に則って『渡り人』様を保護させていただきます。又『渡り人』様に関する記録は全て公的に保管される事になります」


 彼女は、気の毒なくらい宰相の言葉に動揺している。聞きなれない言葉の羅列。それでも自分の置かれた事態を一生懸命把握しようとしている。


「『大聖人』とは何ですか?」


 わからない言葉の意味を問い続けている。

 

「『聖人』の規定は大規模な『浄化』・『治癒』ができるかどうかによるものです。

この世界は残念ながら瘴気が満ちてしまっています。

それを『浄化』・『結界』を張る事で私達を救って下さる方を『聖人』とさせていただいております。

『大聖人』はそれらの規模や功績に基づいて冠せられるものです」


 宰相の説明に納得したような、でもそうでもないようなそんな表情だ。

 彼女の質問は続く。


「『瘴気』とは何ですか?」


 『瘴気』を知らないのか?彼女の世界にはそんなものはないといった表情だ。


「『瘴気』とはこの世の全ての不浄です。それは全ての命を蝕み、腐らせ、滅ぼします。

瘴気がたまると魔の森が生まれ魔物が生まれ人々を襲います」


 何となく把握したようだ。


「『聖人』と私を呼ぶのは何故ですか?」


 彼女は自分のことをそう呼ばれていることに全く理解ができないといったように口にする。

 彼女は自分が何をしたのか、全く気付いていないのか。あれだけのことをしたという自覚もないだなんて、信じられない。

 すると宰相がすくっと席を立ち窓際に移動する。彼女の方を振り返り、今度は驚くような破顔で手招く。

 あいつがあんな顔をするなんて、氷の宰相と呼ばれる男の豹変した表情に唖然とする。


「こちらに来て下さい」


 宰相に促されて彼女は席を立ち窓のそばに行く。

 窓の外を見る。辺りは日が暮れて真っ暗だ。

 その中を遥か彼方から砦に続く光の道が一本強い光を放っていた。


 ああ、これはすごい。改めてこうやってみると彼女が作った光の道が真っ暗な闇の中を切り裂くような希望の道に見えた。


 彼女はそんな光景をただ唖然と見ていた。



「あの光の道は、貴女が『浄化』したものです。非常に大規模で強い『浄化』によるものです」


 暗闇に強く光を放つ一本の太い道を指差しながら宰相は彼女にそう話しかけた。


「貴女は『渡り人』様であり『大聖女』様ということになります」


 『浄化』という言葉に彼女は驚く。


「ものすごい悪臭で呼吸ができないから『空気洗浄』を呪文のように繰り返しただけなんだけど……」


 と、ぽつりつぶやかれた彼女の言葉に驚愕してしまった。


 悪臭? 『空気洗浄』?

 そんなことであんなことができるのか? 彼女は何者なんだ?

 宰相と大魔法士と三人で彼女の呟いた言葉の意味を確認し合おうと思った矢先、突然彼女の方から私たちの問いに対する返事をすると言い出した。


「わかりました。質問にお答えしましょう」


 彼女は再び席につき、この国の宰相を見た。


「ご協力ありがとうございます。早速ですが……

『お名前』『年齢』『お産まれになった国名』『こちらに来られたときの日付』を教えていただけますか」


 警戒心を持ったまま、彼女は自分のことを話し始めた。


高瀬春香(タカセハルカ)高瀬(タカセ)は姓。春香(ハルカ)は名前。五十五歳。出身国は日本(ニホン)。ここに来たのは二〇二X年三月X日」


「「「五十五歳だって⁇」」」


 彼女の言葉に驚きの声を放ち私を含めた三人が揃って席を立つ。

 聞き間違いか?


「すみませんが、もう一度『ご年齢』は?」


 宰相が確認するかのようにもう一度彼女に質問を繰り返す。


「五十五歳」


 あんぐりと口を開いたまま彼女を見る私達にちょっとむっときたような目をむける。


「どう見たって二十代半ばにしか見えん」


 絞り出すように言葉を紡ぐ。

 五十五歳だって? 全く嘘をついているような目はしていない。

 本当なのか? いや、だって、そんなこと、ありえないだろう。どう考えたって目の前にいる女性はよく見て二十代半ばだ。いや、もっと若く見えるほどだ。

 いつもは沈着冷静な宰相ですら、この事実をなかなか受け止められないのか


「一体どういう事ですかね、ルイス大魔法士」


 宰相が大魔法士に問う。


「あくまで私の推測ですが、あまりにも大量の『浄化』を繰り返したので、彼女のマナが消費されたのではないでしょうか」


 あくまで推定だと前置きをする。『渡り人』の公式の記録には一切残されていない事柄だからだ。

 彼女はルイスの推測に疑問を投げかける。


「それなら老化するのでは?」


 彼女の問いかけに応えるかのように大魔法士は彼女の方を見て答える。


「いいえ、単にマナを浪費するなら老化でしょう。ただ貴女は同時に『浄化』をしているので、『浄化』はその人自身を先ず『浄化』します。つまり老廃物が全て無くなって、マナを含めあらゆる細胞が活性化します。その結果老化ではなく若返る事になります」


 なるほど、そういうことか。彼女自身を先に浄化したからか。あくまで推定の見解ではあるが言われてみればそうかもしれない。宰相も一つの仮定として受け入れたようだ。

 だが彼女は納得していないようだ。再び彼女からの質問が始まった。


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