第一夫君レオンハルトの恋 10
当然のことだが王宮内での魔法は禁じられている。
移動用の転移ゲートもあくまで王宮の入り口まで。
今回『渡り人・ハルカ』様用に用意された『月の光』という別宮は王宮内でも本宮と離れた奥にある。そこも以前父王から『夫君教育』の一貫で説明を受けたことがあった。
本来なら本宮内で国王との謁見後、そのまま過ごせるように準備をされていたのだが、『マナ欠乏症』による特殊なフェロモンが放出されているため、本宮から離れた別宮が用意され直接向かうことになったと転移ゲートに向かう直前にクリストフから説明を受ける。
『彼女』は銀色のシートで完全に覆われ、私が抱いたまま、王宮内に一歩入った。その後をルイス大魔法士と宰相のクリストフが続く。
それまで何の反応もなかった銀色のシートがバタバタと身体を動かしたと思ったら、ボンと何かがはじけたようにまぶしい光りが周囲を包んだ。辺りの空気が洗浄されたように澄み渡る。
ああ、これはまずい。
ルイスと目が合う。お互いの顔が強張っているのがわかる。
クリストフは初めてなのか何が起こったのか少し混乱をしているようだ。
ルイスが立ち止まり、通信用の魔道具を取り出し、おそらく魔法士団にだろう連絡を取り始める。自分はそれを横目に別宮『月の光』へとスピードをあげて向かう。その後には驚きの表情を隠せない宰相が続く。
再びボンと銀色の包みが光を放つ。徐々に大規模な光りになっていく。それを何度か繰り返して王宮全体を包み込むかのようにあっという間に光りのドームが出来上がった。やっとのことで別宮『月の光』に着く。その宮に入ると最後にもう一度銀の包みがボンと光を放った。
「これが『浄化』?」
クリストフが私を見る。
「ああ」
それに応えながら私は『彼女』を用意された寝台に降ろし、銀色のシートに包まれた『渡り人』様を見る。
フェロモン拡散防止シートに包まれているはずなのに甘い『彼女』の匂いが強くなっている。
「『マナ欠乏症』を発症しているのに、これだけ大規模な『浄化』をするとかなり危険な状況になっている。陛下に報告をお願いしたい」
そういうと私は彼女に視線を戻す。
クリストフは踵を返し国王の執務室へと急いだ。
別宮『月の光』に戻ると王妃と妃とその侍女達が『渡り人』様の世話をする為に集まっていた。私は王妃に臣下の礼をとり王妃に引き継いだ後別宮の外にいた。
「状況が流動的であること。
典医による診断後、直ちに『渡り人』様に夫君候補のマナによる装飾品の選考ができるように手配する事になったこと。
自分もクリストフも全てが終わるまで本宮の別室で待機すること」
宰相のクリストフが陛下と交わした会話を話す。その後私とクリストフの二人はそのまま本宮に用意された別室に向かった。
別宮『月の光』は『大聖人・光様』の為に時の国王バルト・ユータリアによって建てられた宮だ。日本にあった温泉をテーマに和テイストが色濃く反映されている。ただここにある温泉は普通の温泉ではなく、マナを大量に含んだ温泉で『マナ欠乏症』を発症した『渡り人』専用の治療の一環として作られたものだ。
この別宮は『大聖人・光様』が亡くなって以降百年以上使われていなかった為にマナの源泉は枯れていた。ところが今回『彼女』がこの宮で『浄化』を行なった途端に、枯れていたはずのマナの源泉を含んだ温泉が再び噴き出していた。
今、『彼女』はマナを大量に含む温泉の中にいると説明を受けた。
『マナ欠乏症』特有の意識混濁から徐々に身体が回復しているのだそうだ。
よかった。
ほっと息をつく。
それからしばらくして女官が彼女の医療記録を持って控室にきた。
国王に向けたものと同じものだ。
夫君候補に立候補を希望するもの全てに配られる。
それを踏まえて最終的に立候補の意思の有無が再確認される。
その後は、立候補者の作ったマナによる装飾品による選考が始まる。
最終確認をとりにきた女官に夫君候補立候補の継続の意志を伝えた。
クリストフも継続するらしい。
今、魔法士団への指揮をとっているルイスも、おそらく継続するのだろう。
再び彼女の医療記録へと目を落とした。




