第一夫君レオンハルトの恋 1
『渡り人・ハルカ』の第一夫君レオンハルトサイドからの物語です。
『彼女』との出会いは突然だった。
かけがえのない宝物。奇跡の贈り物。愛しい人……
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丁度『浄化』作業を場所を移動して行うために馬に乗った時だった。すぐ斜め上空から光る物体が落ちてきた。
それが人? だと何故なのかわかった。
慌てて馬を落下地点へ移動させる。
光る物体はまるでそれを感知するかのようにスピードを緩め、やがて馬上の上に落ちてきた。
どんとぶつかる衝撃。
人? 人だよな? 生きてるのか?
低い背丈にしては恰幅のいい男?
そいつはモゾモゾっと身体を動かした。
何かをぶつぶつ呟いたと思った瞬間、ぼんと大きく弾けるような光がそいつから放たれた。
それが何なのか、最初判断がつかなかった。
それまで瘴気に覆われた大地が明るく輝き、空気も澄み渡っていく。
それは五十七になるまで一度も見たことがないくらい壮大で大規模な『浄化』だった。
これは……
瘴気は肌に触れると病を引き起こすため、全身甲冑の上を結界魔法で覆っている。
大魔法士のトレードマークの濃紫のマントを目で探す。あそこにいた。手を上げて、そばに呼ぶ。
「一体どういうことだ」
「こいつがしたのか?」
「わからん」
「しかし、これはすごい規模の『浄化』だな」
「即結界壁を張ることにする」
「ああ、そうしてくれ。私はこのまま砦に向かう。お前もついて来い」
聖騎士団団長である私の指示に大魔法士の率いる魔法士団も結界壁を展開する数名の魔法士を除いて合流して最寄の砦へと馬を走らせる。
丁度、落ちてきた男が放った『浄化』のエリアを抜けた次の瞬間再び男が『浄化』の光をぶっ放す。
「こいつは一体何なんだ⁇」
大魔法士は再び魔法士団に結界壁を張るように指示を出す。
砦に着くまで数十発、男は光を放ち続けた。なんか、小さくなっていってないか? 恰幅の良かった男の体が光を放てば放つほど小さく軽くなっていく。
こいつ、大丈夫なのか? 何度か抱え直す。甲冑越しでも萎縮して行くのがわかる。
ああ、生きててくれよ。そう願いながら砦に着く。馬を降り男を抱き抱える。
服もダボダボだ。一体どういうことなんだ。
馬から降ろしてやったのに男は動かない。動けないのか?
巨漢だったはずがすっかり子供のように小さくなった男を横抱きの抱えて砦の中に入ると、男は再び大きな光を放った。
私はそいつを抱えたまま大魔法士と共に砦の部屋に入る。
大魔法士はその部屋に『防音』と『結界』魔法を展開する。
念の為甲冑を身につけたまま大魔法士と会話をする。
「この規模の『浄化』をやって退けるだなんて…… こいつはあの『渡り人』か?」
大魔法士はそれを肯定するかのように頷いた。
「おそらく、間違いない」
「そうだな。でなければ、確かに説明がつかない」
男は怯えたように警戒するかのように私達を見上げた。
巨漢だと思っていた男は痩せ細った小男になっていた。
話しかけてみるが、通じないのだろうか、反応が薄い。
大魔法士がグローブを外し、人差し指を小男の額につけ呪文を唱えると、男の額に金の魔法陣が吸収されていく。もう話しかけても大丈夫だと目配せを寄越してくる。もう一度男に話しかける。
「こんばんは。『渡り人』様」
男は、躊躇しながらも応じた。
「こんばんは」
声は小さいがはっきりと返事をした。
もう一度男を見る。武器も持っていなさそうだ。攻撃的でもないし大丈夫だろう。大魔法士と共に兜を外した。男がまじまじ私達の顔を見る。私達も男を観察する。
短い明るめの黒髪。象牙色の肌。つぶらな濃茶色の瞳。
薄く赤い唇。男にしては細く華奢な首筋、肩。目線を下に落とす。大きくはないが明らかに男とは違う胸の膨らみ。
あっ、一気に顔が火照り、顔を背ける。見てはいけないものを見てしまった。そんな感覚に陥る。
「君、女性だったんだ」
ああ、男だと思い込んでいた。なんてことをしてしまったんだ。女性をあんな扱いをしてしまったと自己嫌悪してしまう。いくら何でも、ダメだろこんな失態。
おそらく、男だと間違って乱暴に扱われたことに気付いたのか、『彼女』は少々機嫌を損ねてしまったようだ。
男二人と同じ空間に閉じ込められて緊張しているのか警戒しているのかこちらの様子を伺いながらも言葉を発しない。
まあ、当然だろう。こんな若い女性が一人で……
大魔法士が彼女に話しかけようとするのを目で静止する。
「クリスが来るまで待った方がいい」
「そうだな」
「緊急事態だから、ゲートで来るだろう」
突然『渡り人』が現れたんだ。非常事態だ。
「しかし、女性だとは…… これはもめるな」
ふうっと大魔法士と顔を見合わせ互いに溜息をつく。
ちらちら彼女の様子を伺いながら会話を続ける。
「しかし、すごい浄化力だったな」
それもとんでもない規模だ。
「お前くらいかな、レオン」
訊かれて頭を振って即答する
「いや、はるかに強い。強すぎる」
「聖騎士でソードマスターのお前以上ってことか」
到底敵わない。あのレベルの『浄化』を立て続けに数十回も放つなんてこの大陸中どこにも存在しないだろう。
丁度会話が途切れたなと思った時、突然『彼女』の方からキュルルと大きく音が鳴った。
お腹が鳴る音? …… 音のする方向に反応してパッと振り返る。
男二人に見つめられて彼女は恥ずかしそうに顔を朱く染めてあたふたしている。
それが小動物みたいで可愛らしい。
「レオン、何か食べれるものある?」
大魔法士も彼女の反応に相好を崩す。
「何かあるかも」
確か非常食が残っていたな。
空中に閉じていた『収納庫』を開く。
ああ、スコーンがあった。これなら食べられるだろう。蜂蜜でいいかな? もっと甘いクリームかジャムを用意しておけば良かった。彼女の目の前に持っていく。
何かにすごく驚いている?
魔法を見るのは初めて? 警戒してる? 毒は入ってないんだけど。
躊躇して身動きが取れずにいる彼女に声をかける。
「こんなものしかないけど」
スコーンを二つに割ってさらに一口大にちぎる。彼女の小さい口ならこれくらいかな? それに蜂蜜をとろりとかけたものを彼女の口先に持っていく。
躊躇して警戒している彼女は、まるで賭けに出るかのようにパクりとそれを口に入れる。
え? 手で受け取るかと思ったのに。
もぐもぐサクサク口を動かして食べる姿は野生のリスか何かのようだ。可愛い。
まるで餌付けをするかのように彼女の口元に同じように持っていってみる。
今度は躊躇いもなくパクりと口に入れる。
あっはっ、思わずその可愛らしさに自分の口が綻ぶのを自覚する。小さな子供みたいだ。
それを繰り返して行くうちに彼女の警戒心が解かれて行くのを感じていた。
目の前にいるのは庇護欲をそそる可愛らしい少女のような女性だった。
日が暮れて気温が少し下がってくると大魔法士「ルイス」が彼女のために自らの左手の手の平を上向きにして呪文を唱えると結構大きめの光りの玉を作る。
丁度三人のいる中央にそれを置くとそれは温かな熱を放ち、冷えていた石畳の部屋を暖めていった。
砦の中は石畳でほとんど部屋の役割を果たしていない。そのため彼女とこの砦の一室に入った時に結界魔法を展開している。そうすることで外気は遮断され、防音効果もある。
驚くほど無警戒な彼女がその温もりでうつらうつらとしていた時、部屋の中に人が入ってくる気配がした。
顔を向けると黒いフードを被った男が部屋に入ってきたのが見えた。
「遅かったな」
彼女を起こさないように私は黒いフードの男、宰相に声をかける。
「いろいろ準備があるんだ。それに本当に『渡り人』で『聖人』なのか?」
溜息まじりの低い声で確認するように言う。
「ああ、確実にそうだ。ただ『聖人』ではなく『聖女』だ」
今度はルイスが答える。
「『聖女』? それは面倒な事になりそうだ」
宰相は、厄介ごとを抱えてしまったかのように言う。
「そうか… 仕方がない。記録を始める。二人が記録と承認になってくれ」
そう言いながら宰相は黒いフードを脱いだ。
次回からは日曜日正午に更新します。