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汚染者  作者: 皇蝶々
9/11

明富高校

 昼頃からかかりだした雲が今では空を分厚く覆っている。冷えた空気が下校中の生徒の首をすくませる。

 

 結は木製で無駄に小綺麗な下駄箱からスニーカーを取り出し、下靴に履き替える。さすが私立と言うべきか靴箱も広く、靴と上履きを入れても有り余るスペースがある。

 踵を合わせ、昇降口を出る。

 部活に向かう生徒がほとんどのためこの時間に下校する生徒は少ない。いつもなら結も武道場に向うところだが、今日は異なる。

 東昇降口から出てきたお嬢様方を迎えに来た車が、ロータリーを占領している。 

 結の出てきた西昇降口にロータリーなどはなく、トタン屋根の駐輪場しかない。


 予想通りと言うべきか校門前の花壇に神崎がいた。自転車を片手に棒立ちしている。

 結は特別声をかけるわけでもなく、素通りした。

 校門を抜け軽く膝を曲げ伸ばし体をひねる。慌てて出てきた神崎が結の横に並ぶ。全く反応を示さない結に何も言えずオロオロとしている。


 体を慣らし終わった結は鞄を背負い直し、勢いよく走り出す。重心を真っ直ぐにし、鞄に振り回されないよう腹筋に力を軽く込める。腕は軽く振り余分な体力はできるだけ使わないようにする。

 鼻で一回息を吸い2回口から吐き出す。

 脳が落ち着きを取り戻し、すぐさま走ることに意識が切り替わる。足の回転にピッチがかかり、更に加速する。


 出遅れた神崎が必死なペースで結の横に並ぶ。


 「明富まで走って、行くの!?」


 息を切らしながら叫ぶように神崎が尋ねる。


 「15分もかからない。」

 「15分!」


 神崎はそれ以上話しかけるのをやめ自転車を漕ぐことに集中している。明富まで緩やかな坂になっている。この道はかえって自転車の方が進むのがしんどい。ぐんぐん加速し続ける結に神崎も必死で並走する。信号もないため走るのは随分と楽だ。


 

 結の予想通りきっかり15分で到着した。神崎は結の隣で息を切らしながら自転車を押している。校門前の適当な場所に自転車をおき、さっさと校門を越えていく結を追いかける。

 明富高校は不良高校として有名だが、特別不良まみれというわけではない。確かに他の学校と比べるとだいぶ多いが、こうして見る限り、不良の姿は見えない。一般の生徒たちが喋りながら校門を抜けている。


 やはりどこにいても結さんは目立つ。白と濃い紺のセーラー服に赤いリボン。それを着ているのが超がつく美人。自然と生徒たちの視線は結さんに集まる。自分に向いていないとわかっていても緊張してしまう。


 しかし、その緊張も一瞬で吹き飛んだ。校門前からは見えなかったが、校門を越えてすぐ不良の山が目に飛び込んできた。植え込みの前に十数人の生徒がしゃがみ込み、タバコをふかしている。絶対に関わりたくないタイプの人種が群れていた。

 神崎も不良を見たことがないわけではない。駅や近くのコンビニに数人でいるのは何度も見てきた。しかし、こうも柄の悪いのが集まっているのは初めてだった。目を反らしていたいが、結さんは目的地はそこだと言うように一直線に不良達の元に向かう。

 男としてはみすぼらしいが結さんの後ろをこそこそと隠れるように追いかける。


 「ねえ。ロングの金髪の男知らない?」


 なんの躊躇もなく結さんが不良に話しかける。


 「ああ?」


 背を向けていたのが振り返り結を睨みつけた。奥の何人かは早いうちから結に気づいており、汚い顔で結を見ていた。


 「聞こえなかったの?金髪の男、知ってる?」


 「黒だ…………。こいつのパンツ黒だぜ!」


 一番手前にいた刈り上げの男の下卑た笑いが響く。奥の男どもも下品な笑みを浮かべている。


 結の足が鞭のようにしなり、男の側頭部に直撃する。何が起こったかもわからないまま男が横に吹き飛ぶ。男の首から明らかに嫌な音がしていた。

 神崎も状況が掴めていなかった。ゴキンという音と吹き飛んび動かなくなった男を見てやっと理解した。自分の喉からヒュッという嫌な呼吸音が響き、冷や汗が流れる。

 

 状況を理解できていないのは不良達も同じらしく、皆が呆けた顔のままかたまっている。


 「わからないかな。き・ん・ぱ・つ のアホを知ってるか聞いてんの。」


 不良を挑発するかのように結さんが同じことを聞く。不良達が正気に戻り、怒りをあらわにする。


 「てめ!舐めたことしてんじゃねーぞ!」


 飛び上がった茶髪の不良が殴りかかる。朗らかだった学校はあっという間に喧騒に埋め尽くされた。


 結は男の手首を支え手前に折り曲げる。殴った勢いのままに茶髪の手首が鈍い音をたてて外れる。男が悲鳴をあげ崩れ落ちる。

 手首をひき、横腹を蹴りつける。

 不良達の暴言だけが響く。結は勢いよく前に飛び出す。大振りのせいで隙だらけの横腹を殴りつける。親指を少し突き出し肝臓を的確に打つ。これでなら力の弱い女性でも相当なダメージを与えられる。

 

 「クソが!!」


 一人が結の胸ぐらを掴み拳を振るう。左手で軽く弾き、顔面への直撃をさける。


 「ほんと、馬鹿は単純で助かる。」

 「ああ?!」


 結は掴んでいる手を掴み、左手で手首を固定する。右手で相手の手首を包み込み一気に体重をかける。ゴキンという音とともに相手の手首が壊れる。

 不良は無駄に胸ぐらを掴みたがる。あんなのはどうぞ手首を壊してくださいと言っているようなものだ。

 呻く不良を横に蹴飛ばし、すぐさま次のに飛びかかる。

 繰り出される拳を内側に避ける。上に飛び上がり、左膝を相手の肩に当てる。頭を両手で掴み膝蹴りを顔面に打ち込む。鼻が陥没し鼻血が吹き出す。

 結は血がつかないよう体を支えに後ろに大きく飛んだ。


 「四人目」


 余裕の態度で結は不良の前に立つ。奥に不良はまだまだいる。

 

 神崎は後ろでただ結の戦いを見ていた。それは戦いというより、一方的な暴力だった。

 不良の何人かは完全に動けなくなっている。威張っていた不良が呻きながら地面に倒れている。それでも神崎は生きた心地がしなかった。

 

 周りで好奇の目を向けていた生徒もいつの間にかいなくなっている。

 目の前ではただ不良たちが結に殴られ、蹴られ、地面に倒れていく。


 不良が段々と及び腰になり、結の前には始めにいた不良の三分の一ほどしか残っていない。

 ただやられるわけにはいかないと不良達がかたまりになり、後ろにさがる。結もむやみに突っ込むことはしない。


 「で、金髪の男は知ってるの?知らないの?」


 返答はなく、ただ暴言を吐きながら束になって結に殴りかかる。所詮束になったところでただの不良。連携もクソもなく、なんの効果もない。先程と同じように結は一人ずつ確実に潰していく。


 「お前ら!―――― 一旦下がれ。」


 一際野太い声が響き不良が一斉に固まる。先程までの騒がしさが嘘のように、そそくさと後ろに引いていく。


 「おい。お前、金髪ロン毛を探してるんだよな?」

 

 「そうだよ。てか、あんた誰?ふんぞり返ってただけみたいだけど。」


 なんとかこらえているが、男の頭にうっすらと青筋が浮かんでいる。

 

 「堀沼だ。これ以上は一旦勘弁してくれ。」


 「で、金髪ロン毛は?」


 「チッ……。お前の探してる金髪は佐野雄二だ。ついさっき帰ったばっかだ。」


結の目の前の堀沼は明らかに頭にきている。どうであろうと結には関係ない。


 「ふーん。じゃあ、どこにいるか知らない?」


 「おい。誰か雄次の行き先知ってるか?」


 「コンビニです。駅前のパチンコ店のすぐ隣りにある。」


 奥に引っ込んでいた痩せ型がおずおずと前に出てきたが、それだけ言うとまたすぐに引っ込んでいった。


 「だそうだ。」

 

 「あっそ。ありがと。」


 結はそれだけ聞くと不良に背を向け再び校門へと向かう。

 一人取り残された神崎も慌てて結を追いかける。


 「おい!待てや、ゴラ!」


 先程まで大人しくしていた一人がいきり立ち結めがけて飛びかかった。


 「待て!」


 堀沼の野太い声が響くがもう遅い。伸び切った腕を掴み、逆手を肩に当てる。遠心力を使いそのまま押し倒す。足で肩関節を固定し、体重をかける。

 関節を外れる音がなり、不良の絶叫が響く。


 「不良なんて死ねばいいのに。」


 結はきめていた肩から足を外し、立ち上がる。そのまま人気のない校門を抜けた。


 雲は依然として分厚く、夕暮れはより暗澹としている。



 加藤はただ呆然としていた。突然現れた女に仲間達がばたばたとやられていった。はじめは遊んでやるだけのはずだった。しかし、斎藤が一発でやられた。次に前下もやられた。関節を壊され、急所を射抜かれ、殴りかかったほぼ全員が動けなくなり、痛みに呻いている。

 加藤は一度も殴りかかりはしなかった。ただ怖かった。人をなんの躊躇もなく壊していく女が怖かった。

 中学時代喧嘩は何度もしてきた。それでも殴り合い程度だった。意図的な骨折なんてほとんどなかった。あったとしても憎悪や快楽、何らかの感情があった。

 こんな虚無に満ちた暴力を加藤は知らなかった。


 「クソが!」

  

 ブラスチックの砕ける音が響き、堀沼先輩の太足に植木鉢が蹴り倒される。


 「ああ!!何が死ねばいいのにだ!舐めたことしやがって!」


 花壇に当たり散らし、花を踏み潰す。堀沼の限界点をゆうに超えていた。

 

 加藤は先輩が落ち着くまで、ただ黙っているしかなかい。

 

 「―――――絶対にぶっ殺してやる。」


 加藤は早くこの悪夢が終われと祈ることしかできなかった。 

 

 


 

 


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