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汚染者  作者: 皇蝶々
8/11

屋上

 連れて行かれたのは屋上だった。生徒立ち入り禁止のテープを越え、あっさりと屋上行きの階段まで連れてこられた。

 先客の不良共は赤津奈美先輩のどけの一言でとっとと退出してしまった。不良の消えた屋上は広々としており、異様な程の開放感がある。


 うちの校舎は町中にあるが、5階建てで周りに視界を妨げるものは何もない。駅前のビル群から南の湖まではっきりと見える。視線を落とせば中庭で談笑するものや校庭でサッカーをするものが見える。この騒ぎに気づいてないか興味のない者たちだけだろう。


 「名前は?」


 咄嗟に返事をできなかった。赤津奈美先輩の目には先程の殺意は欠片もない。

 間近で見るほど、先輩の美しさに圧倒される。

 丸く整った顔に、少し切れ長の目がバランスよく位置する。肩先まで伸ばした髪に乱れは一切なく、風が吹くたびサラサラとなびく。


 「名前は?」

 「神崎。神崎悟志です。」


 赤津奈美先輩が距離を詰めたせいで、上ずった声になってしまった。悟志は一歩下がり、再び距離をとる。しかし距離が開くことはなく、赤津奈美先輩の顔が目の前にある。


 「急に押しかけてごめんね。うるさくした」

 「そんなこと……ありましたけど気にしなくて大丈夫ですよ。皆面白半分で集まってただけだと思いますし」


 フェンスに腰が当り、ギシギシとフェンスが軋みをあげる。高さの足りないフェンスは生徒の落下を防いではくれない。


 「私もあんなに集まるとは思ってなかった。そこはちょっと考えなしだった。でも、自分で人が集まるって考えんのなんか嫌なんだよね。」


 赤津奈美先輩の手がフェンスに添えられ、追い込まれるがように縁に立っている。肌が密着する程の距離。先輩のおでこが眼前にある。微かに香る女子特有の香りが悟志の思考を鈍らせる。


 「で、あれは何?」


 突如体が大きく浮き上がった。地面に足がつかない。胸ぐらを捕まれ、シーソーのようにフェンスに押し付けられる。フェンスと先輩の手に支えられ何とか落ちずに耐えている状態だ。

 遅れて落下するという恐怖が襲ってくる。落ちまいと必死になる。先輩の腕を掴み、押しのけようとしてもびくともしない。

 細く、華奢な腕からは想像も出来ない。足を振り、もがく度に先輩の握る力は強くなり、更に落ちそうになる。


 「早く話した方が身のため。あなたの死に顔なんて見たくない。」


 先輩の声は先程と変わらない。美人で人気者な入学当初から聞いていた先輩の声だ。

 目だ。目が全く違う。色を失い、どこまでも冷たい。全身に身の毛のよだつ恐怖が湧き上がる。


 「待って!僕は、あの手紙に関係ない!」

 

 浮遊感が全身を襲う。体が更に傾き、体が地面と水平になる。頭の下には、はるか遠いコンクリートの地面しかない。


 「で?」


 死にものぐるいで先輩の腕にしがみつく。離された瞬間に死ぬ。体を起こそうにも貧相な腹筋ではまともに体を支えることもままならない。


 「あれは、渡されたんだ。先輩に渡してくれって!」

 「中を見たの?」

 「見てない!ラブレターじゃないのか!?」


 手に込めた力が入らなくなってきた。焦りが悟志の思考を放棄させる。

 

 「誰?」

 「知らない!」

 

 自分は関係ないと無心に叫ぶ。

 胸ぐらにかかる力がなくなり、悟志の体は後方に倒れだす。正しい死の感覚が悟志を襲う。

 しかし、走馬燈が流れるまもなく、一瞬の浮遊感の後に腕から屋上に連れ戻された。


 唐突に肺を満たした空気に悟志は大きく咽返った。屋上にへたり込み、何とか呼吸を整える。眼前に立つ先輩の陰がいやに大きく見える。


 「見た目、覚えてる?」


 上から投げかけられる質問に答えようにも呼吸が落ち着かずただ悟志のむせる音だけが響く。

 何とか呼吸を整え、立ち上がる。先程とは逆に先輩が少し見上げる形になる。


 「見た目は覚えてる。明富高校の生徒」

 「明富高校…。」

 

 明富高校はここから西に3kmほどの位置にある。立地が悪く、人気もないため県内では珍しい不良高校となっている。最寄り駅がうちの高校と同じのため駅ではしばしば見かける。結も絡まれたことが何度かある。


 「金髪のロン毛で眉は剃ってた。」

 「結構覚えてるじゃん。」


 人は案外人の顔の特徴を覚えていない。顔が思い浮かんでも特徴が何かわからない。神崎が覚えていたのはこちらとしては運が良い。片っ端から総当りすればいずれ見つけられる。


 「ロン毛の金髪なんてめったに見れないし、不良にしては変に怯えてる風だったから印象に残ってる。」

 「それがラブレター渡してって来たら尚更ね。」

 「ほんとにそれだよ。」


 神崎に少しの間だが笑みが戻った。結も少しやり過ぎたと反省している。このまま手がかりを再び失うような真似は絶対にしたくなかった。手がかりを得られた今、神崎に用はない。あとは結一人で探す。見つけてまた同じように吐かせる。それだけだ。


 「私が聞きたかったのはこれだけ。じゃあね。」


 神崎に背を向け入り口の方に向かう。


 「待って!僕に手紙を渡した人、探しに行くんでしょ?」

 「そうだけど?」


 結が探そうとどうしようと神崎には関係ないことだ。


 「なら、僕も連れてって。」

 「何で?」

 「何でって…、きっと役に立つから。」

 「何で?」

 「顔、覚えてる。見たらすぐ教えられる。」


 別にそれが結にとって役に立つとは思えない。片っ端から聞くことを特にデメリットとも思っていない。


 「勝手にすれば。」


 ああなったらなんて言おうとどうせついてくる。来ようが来なかろうが大して変わらない。

 だが、神崎の顔が嬉しそうになったのは結にとっては不快だった。


 「じゃあ、先に戻ってるから。どうせ神崎が中に戻ったら色々聞かれるだろうから、私が告ってきたから振ったとか適当なこと言っといて。このことは言わないで。言ったら今度は落とすから。」


 言いたいことだけ言い捨て、さっさと扉から出ていく。

 

 「お、随分と短かったね。恋バナは終わった?」


 予想通りと言うべきか、扉の目の前に紫苑と神崎のお友達が引っ付いていた。野次馬勢はそこまでは来ておらず、踊り場にたむろしていた。


 おちゃらける紫苑を掴み、扉を離れる。


 「じゃあねー、龍くん。」


 龍くんと呼ばれた茶髪頭をおいて、さっさと階段を下る。来たときと同じように結を避けるように道ができ、難なく下の階まで降りることができた。


 

 屋上に一人取り残された悟志はすぐにはでず、一人屋上の風を満喫していた。心地よい風とは裏腹に悟志の気分はあまり良くなかった。

 落ち着くまで、フェンスにもたれ深呼吸を繰り返した。


 屋上から校舎内に戻ると、少し離れていた野次馬は一気に悟志の方に集まってきた。先輩が出てきたときは見送っただけなのだろう。気持ちは分からなくもないがこうもあからさまでは、少し困惑せざるを得ない。

 大量の質問が一気に投げつけられる。誰が何を言っているのかわからない。言っていることはわかる。


 「振られた。」


 質問が出し切られ、一瞬できた静寂の中、答えだけ教えた。

 あちこちで安堵のような溜息が漏れた。興味のなくなったものから階段を下っていく。すぐに人だかりはなくなり、龍太郎と付いて来た女子中学生だけになった。


 「で、何話してたんだ?」

 「何でもないよ。誰からもらったんだってしつこく聞かれただけ。」


 女子中学生は何の話か分からず顔を傾けている。


 「本当か?」

 「本当。だから、不良って言っといた。」


 龍太郎には悟志の言っていることは嘘とバレているのかもしれない。しかしそれ以上言及することはなかった。


 「そうだ、君名前何ていうの?」

 

 先輩にされたように全く同じ質問を女子生徒にぶつけた。

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