いつも通り 4
「おはよう」
凛の頬を揉みしだいていると、一際凛とした声が教室に響いた。
「おひゃひょうー!」
「おはよう、鈴花。」
ブレザーをきちんと着こなし、長く伸びた髪は後ろで一つにまとめられている。艶のある黒髪が腰ちかくまで伸びている。色白で高身長。女子からの人気がすごい。
背中に背負った竹刀をゆらしながら、結の席まで真っすぐに来る。
「何してるの、赤津?」
「んー。凛の頬があまりにかわいいからね、つい。」
「なるほど。」
うんうんと鈴花はうなずいてくれる。
「なるひょほらない!らんほはひてよー!」
「ちょっと無理。」
嘆きはじめた凛の頬を再度揉みしだく。鈴花にもう一度助けを求める視線を送っているが完全に無視されている。紫音の右隣の席に荷物を置き、空いている凛の横に座る。そのまま紫音と雑談し始めた。
「ひひょいー!」
凛の悲鳴が響いたが気にせず続けた。
登校する生徒が増えだした。クラスの四分の三程度は既に来ている。
結達が座っている席2つはどちらも遅刻常習犯のもので、気にせず使い続ける。凛で遊ぶのは流石にもうやめた。凛が本気で抵抗しだしたからだ。思い残りは大きいが渋々頬を開放してあげた。
ぶつくさ何か言っていたがすぐに調子を戻し、凛が得意のオピニオンリーダー性を発揮する。
「ね、ね。この記事見た?ついさっき出たばかりみたいなんだけど、この現場ここから結構近いよ。」
凛が向けてくる画面を3人で覗き込む。
昨日の汚染者数の下に現場の画像とともに記事が写る。
見ると殺人事件だった。私の大分近所だ。駅一つしか離れていない。
「怖っ。奈美の家のめっちゃ近所じゃん。」
「それな。」
「犯人目星ついてるの?」
凛が自分の方にスマホを向け、検索し直す。
「たってないって。追加で出てきたんだけど、連続殺人かもって!」
「えー。…マジ?」
「まじまじ。警察の挙げてるやつだし。」
「ちょっと見せて。」
凛からスマホを借り、記事にざっくりと目を通す。
今年に入り、県内で起こった3件目の殺人事件らしい。今回の捜査で犯行手口と現場に類似性や統一性が見つかり、連続殺人と断定したらしい。
どちらもナイフにより結構な有様になるまで刻まれていたらしい。そして、今回のも同様にひどいものだったらしい。よっぽど残酷だったのか、細かい表現はされていない。
被害者はどちらも10代後半の女子。嫌なものだ。
これまでの現場を調べてみると、一件目が県内北部、二件目が一件目の少し南の市内で起きており、今回のが更に南下した結の近所で起きている。
次の事件はもう少し南で起こるだろう。誰でもできる簡単な推理だ。
しかし、そうと仮定すると、次の事件が起こるとすれば自ずとこの学校の近くとなる。そうはなって欲しくないため、私の推理は外れてほしいところだ。同級生が被害に合うなど絶対にごめんだ。
内容をあらかた確認したところで、スマホを凛に返す。
「怖いよね。何で女子を狙うかなー。どうせ犯人はヤバい性癖のおっさんだよ。」
凛の言い分も最もだ。なぜこうも若年層の女子が被害に合うことが多いのか。男の気持ち悪い性癖に自分達女子を巻き込まないでほしい。
事件の話題はそれぐらいで雑談に戻った。
その雑談もしばらくしないうちに中断された。
一番前の席の女子から、誰か来てるよと伝言が来た。前側のドアを見ると男子が二人いた。一人は爽やか系で、もうひとりはいかにも自分スポーツマンっすというような見た目をしていた。
二人とも高身長で、クラスの女子からの視線が集中している。居心地が悪いのかモジモジしているので、早足で向かうことにした。
後ろの三人から冷やかしがあったが、いつものことなので無視しておく。
「何か用?」
「あ、あのえっと…。」
爽やか系の方が話し出すが、緊張しているのか、後ろに手を回したままどぎまぎしている。
スポーツマンな方が背中を叩き、しゃきっとしろと喝を入れる。結に一言謝罪してから深呼吸し、落ち着きを取り戻すと、今回ははっきりと話しだした。
「これ、受け取ってください。」
「ラブレター?」
後ろから差し出された手紙を受け取る。白のシンプルな封筒で、裏面に小さく赤津奈美結様とだけ書かれている。
裏面を確認した辺りで、結の言葉を理解したのか顔を真っ赤にし、慌てだした。ワタワタしている様は顔の良さも相まってか可愛く見える。
私も少し不躾だったかもしれない。
「ち、違います。あの、これは、えーと。そう!朝に渡してくれと頼まれて、その持ってきました。」
「なーる。そゆことね。」
私のはただの早とちりだったようだ。
「変なこと言ってごめんね。早とちりしちゃったみたい。」
「いえ、そんな。気にしないでください。僕の口足らずが原因なので。」
なるほどもてそうだ。さらりとフォローを出せるあたり結構な好青年に感じる。
「わざわざ届けてくれてありがとう。」
「いえ、そんな。じゃあこれで僕たちは失礼します。」
「じゃあね。」
別れ際、スポーツマンな方が、いいのかよと冷やかしたが、そのままスポーツマンを引きずって行ってしまった。その耳まで真っ赤になっていたのを結は見逃さなかったが、見なかったことにしておいた。
少年二人は見ていてなんとも微笑ましい。
扉にもたれていた背を正し、最後尾の席まで戻る。
戻ってすぐに熱烈な冷やかしが入ったが、お得意の無視技術で、素通りした。
「ラブレター?」
「さあ?取り敢えずあの子のじゃないよ。」
「そうなの?残念。結構なイケメンなのに。」
なぜ紫音がたいそう残念そうにするのか。確かにイケメンだったことは認める。しかし、私としてはもう少ししっかりとしていた方が好みだ。
他二人は何も言わず、今か今かと結の手元を見つめ続けている。そんなに開けてほしいか。封筒に差出人は書いていないため、誰からなのかは中を見ないとわからない。内容も同じだ。
十中八九予想はついている。こういうことは別に一度じゃなかった。
糊をペリペリと剥がし、中の紙を取り出す。
一段と周りの目がキラキラとしだしたのは結の気のせいではない。
先程よりも視線の数は増えている。
椅子を背にし、見られないよう、そっと紙を開く。
その瞬間、手紙を掴む手は硬直し、紙の端はくしゃくしゃに丸まった。
時計の秒針がやけにゆっくりと進む。時間が停止したように感じた。何も考えられず、頭が真っ白になる。心配している凛の声がスローモーションのようにしか聞こえない。まるで走馬灯のようだった。
中の紙には、写真と共に一言書きつられていた。
『私はこいつを知っている』
写真には、あいつが写っていた。こちらを見つめ、憐れみ、馬鹿にし、ひどく同情したような。そんな下卑た微笑みを顔面に貼り付けた女が写っていた。
あの――――――――黄色い女が…………写っていた。




