汚染者
首筋からどす黒い血が流れ出し、鮮血が飛び散る。
下野が、自身のつくった血溜まりに崩れ落ちる。口から血泡を吹き、血溜まりが更に広がる。目は生気を失い、一目で死んでいるのがわかる。
え?はえ?え、どうしたら………。まず、救急車、いや、警察…。
「ゴホッ。ゲホッゲホ…。」
痛む腹を支え、なんとか起き上がる。何が起きているのかわからない。状況に頭が追いつかない。
人が、死んでる、死んでる。自分の目の前で、殺された。
息ができない。うまく空気を吸い込めない。起き上がった状態を維持できずに、再び蹲る。
女の人が下野の首に噛み付いて…噛み付いて………。
状況を理解しようとするたびに吐き気がおとずれる。
「ゲホッ。ウ、ウェー。オごボォ――」
吐しゃ物が目の前に広がる。内容物が喉に詰まり、余計に息が詰まる。胃液独特の甘酸っぱさが口に広がる。
「「ウヮ――!やめろ!来るんじゃねぇ!」」
女がデブを押し倒し、のしかかるように襲っている。デブもなんとか押し返そうとしているが、腰が引けているせいで、ジリ貧状態に陥っている。
救急車…救急車…。
鞄からなんとか携帯を取り出す。神崎は緊急通報のボタンを押。
神崎の前をセーラー服が駆け抜けた。
結は走る勢いのまま、左腕を女にかけ、引き剥がす。そのまま車の合間まで引きずりこむ。
立ち上がる前に蹴り飛ばし、更に奥に押し込む。
「佐野雄二!手をかせ。」
倒れているデブを引きずり向きを変える。突っ立っている佐野を正気を失う前に呼びつける。人は理解できないとき、理解できることに縋りつこうとする。佐野が状況を理解する前に結の命令で上書きする。
「そっちから、脇に肩を通して膝を支えて。せーので持ち上げるから。いくよ。せーの!」
体を浮かせ、神崎の元まで一気に運ぶ。
女はまだ起き上がっていない。
「佐野。不良ならナイフの一本ぐらい持ってない?」
デブをコンクリにもたれさせ、神崎の背中を擦る。
神崎の手から携帯を抜き取り、コール音の鳴る電話を切る。
「持ってねーよ。普通に不良が持ってると思うな。けど、下野は持ってる。」
「下野ってあそこで死んでるやつ?」
「そ。確か、前ポッケに入れてたはず……。」
佐野が血まみれの死体を裏返し、スラックスのポッケを漁る。
「神崎悟志。落ち着いて。ゆっくり吸って、口からフーって言いながら吐いて。」
神崎の呼吸に合わせ背中を押してやる。少しずつ神崎の呼吸がゆっくりになり、体の震えがなくなる。
「落ち着いた?」
神崎がうなずくのを待つ。
「よし。じゃあ、横のデブにも同じようにしてあげて。動転して完全に正気を失ってる。何回かしたらすぐに落ち着くと思うから。あと、通報はまだだめ。折り返しの電話がくるから、間違いと伝えて。」
「お。あったぞー。」
佐野が、見つけた下野のナイフを投げてよこす。神崎を擦る手と逆の手で受け取る。不良が好きそうないかにもなバタフライナイフだ。
安物ならまともに使うこともできない。だが、あるだけマシだ。折れないよう、うまく脆弱さをカバーするしかない。
バタフライナイフを開き、逆手に構える。
「あんたは、死体、平気なんだ。」
「まあな。友達の死体は……もう見慣れた。そういうあんたも随分慣れてるみたいだけど?」
「内心震えてるかもよ?」
結は車の間から飛び出した女めがけて疾走する。
結をつかもうと突き出される腕を下に屈んで避ける。がら空きの横腹にバタフライナイフを突き立て、すぐに引き抜く。
そのまま背後に周り、膝裏を蹴りつけることで女の重心を崩す。女が振り返るより速く、後頭部に膝蹴りを打つ。
頭を掴み、コンクリの地面に叩きつける。頭蓋骨の砕ける音がなり、血溜まりが生じる。
とどめに首元に突き立てたナイフが寸前のところで止まる。ナイフが手を貫通し、女の顔にボタボタと血が滴る。結の全体重をかけようともそれ以上びくともしない。
貫かれたのと逆の手が結の腕を握りしめる。肉が潰れ、骨が軋むような痛みが結を襲う。
「なんつー、握力してんのよっ!」
ナイフを持ち替え、結を掴む手の筋を切断する。すぐさま腕を捻り、握りつぶそうとする手から逃れる。
表皮が薄くめくり取られ、ジクジクと血が滲み出す。かがんでいた状態から飛び起き、女から距離を取る。
女も起き上がり、フラフラとしているが、はっきりと結を見据える。
砕け散った頭部が血霧を上げながら修復を始めている。潰れたはずの脳が再生し、骨ができ、皮が覆い、何事もなかったかのように元のままの女が結の目の前に立つ。
「……ほんとムカつく。これだから汚染者ってのは!」
奇声をあげながら突進してくるのを横に避け、再び横っ腹にナイフを突き立てる。ナイフが折れる憂慮を捨て、思いっきり縦に横腹をかっさばく。
深々と刺さったナイフは内蔵にまで達しており、切り開かれた腹からは腸の断片のようなものがこぼれ落ちる。
女の髪を掴み、顎を上にあげさせる。がら空きになった喉に軋んだナイフを何度も突き刺す。
頸動脈が切断され、一気に血液が流出する。喉のあらゆる部位が貫かれ、骨だけが女の頭と体を繋いでいる。
女の横腹は既に血霧を上げており再生が始まっている。腹が閉じるより前に、腹の中に腕を突っ込む。ぐちゃっとした内蔵の感触が手のひらを伝わる。まだ熱い血液が結の腕を伝い、白い制服の袖を赤く染める。
波打つチューブのように心臓の鼓動に合わせて腸が動く。それを鷲掴みにし、勢いよく引き抜く。
横腹からただただ赤い臓器がぶちまけられる。体の血液が一気に流出し内蔵まで抜けたショックに女が痙攣し、そのまま崩れ落ちる。
掴んだ腸を放り投げ、再び腹の中に腕を突っ込み内蔵を引き抜く。女の内部から血の蒸気が生じ、結の腕を焼く。閉じかけている首元に再びナイフを突き立てズタズタにする。まだ、血霧は出ている。血霧が出ている限りは再生が進んでいる。生きている。
そこからも内蔵を抜き出し、首元を貫くを繰り返し続ける。まだ心臓には届かない。血溜まりが生じ、血の酸気のする臭いが充満し、内蔵の内容物が更に悪臭を放つ。視覚的にも見ていられないような光景が広がっている。腸はすべて出し切った。女は白目をむき痙攣し続けている。容赦をするつもりはない。
完全に殺す。
「それ以上やると死んじゃうよー?」
喉元に振り降ろそうとしたナイフが空中で止まった。




