9年前の始まり
――某国 都市圏
「ただいまー。」
夕暮れの空は一段と濃い橙赤色に染まっている。
夕焼けの余日で家内も淡い赤に染まっている。
手洗いとうがいだけ済ませ、そのまま階段を駆け上がる。ランドセルを部屋に投げ捨て、また階段を駆け下りる。
いつもと違う所はほとんどなかった。強いて言うなら、静かだった。いつもならただいまに対して、おかえりぐらいの何らかの反応があった。
リビングに入り、もう一度帰ったよ、と言おうとした。
しかし、その言葉が私の口から出ることはなかった。
西日が更に赤く室内を照らす。窓の多いリビングは真っ赤に染まっていた。
そう、深紅だった。
肉塊があちこちに飛び散り、血と脂で部屋全体がテカっている。温かささえ感じる。腐臭など全くしない。
血の酸っぱい匂いが部屋全体に充満している。
黄色い女がいた。
肉塊が誰かはわからない。でも部屋に女がいる。
両親は台所にいた。
「あれれ、見ちゃった?」
黄色い女が何か言っているが何も聞こえない。脳が受け入れることを徹底的に拒否する。
自分の心音と動機だけが響く。
一瞬が永遠に感じる。何もわからない。何も感じない。
「――――――逃げて…。」
両親の最後の言葉はそれだった。
その言葉を最後に両親は両親でなくなった。
いるのは人間だったものと黄色い女だ。
私の目の前で両親は"汚染者"へと成り果てた。
「――可愛そう」
黄色い女のつぶやきは何も聞こえなかった。




