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9.集落

「あら、やだ、お兄さんイケメンね」


「どうも」




 オレらは集落内に入り、住民達の様子等を分かれて聞いてまわっていた。




「何か最近、変わったこととかはないですか?」


「変わったこと? そうねぇ……うちの息子が家業を継ぐのを嫌だ、って駄々を捏ねたこととか。あの子、ホント昔はあんなにいい子だったのに、最近変わっちゃってぇ!」


「はぁ、そうですか」




 正直、オレの目の前にいるおばさんの話なんかどうでもいいレベルの話だったのだが、一応表面上はそれを感じさせないようにオレは不格好な微笑みを取り繕う。オレは聞き手役というのが苦手なのかもしれん。




「長居しても悪いので、そろそろ失礼しますね」




 おばさんの話が長引きそうな予感がしたので、オレは強引に話を切って次のところに行った。


 今のところ、集落内は至って普通。平和そのものだな。ここにずっと留まっていたら平和ボケしてしまいそうだ。


 オレは怠そうな気分になりながら、それでもなお、その気分を顔には出さないようにした。


 そんな気分を表に出して集落内の人間に悟られてしまったら、最悪オレらが危険視している情報を集落内の人間から引き出せなくなってしまうからな。


 自分自身を戒めるようにそんなことを思っていたら、次の民家に辿り着いた。オレは玄関の戸をノックする。




「すみません。失礼します」


「……はい、なんでしょう?」




 民家の中から若い女性が出てきた。




「あー、傭兵団の者なんですけど、最近、何か変わったことはありましたか?」




 オレはマニュアルを音読するかのようにその女性にひとつ訊いた。




「変わったこと……そうねえ。私の弟が悪い組織に加入したらしいんですけど、最近、その組織が近隣を荒らしているとかどうとかって話とか、ですかね」


「らしい?」


「弟はいつの間にか不良になんかなっちゃって、それで暫く家に帰ってきていないんですよ。だから、言伝で聞いた話なんです」


「……なんか、すみません」


「いえいえ、こちらこそすみませんって感じで。……あ、そうだ。お詫びにお茶でもどうぞ」


「いえ、悪いですよ」


「いえいえ、どうぞ上がっていってください」


「……それではお言葉に甘えて」




 なんだか断りにくい雰囲気になってしまっていたので、オレは渋々と民家の中へ入ることに決めた。




「コーヒーとお紅茶とオレンジジュースがあるんですけど、どれがいいですか?」


「どれでも結構ですよ」


「それじゃあ、コーヒーにしますね」




 そう言って、女性は奥の方へと入っていった。


 ……上がらずに「お構い無く」とでも言って、さっさと去っておけばよかっただろうか。だが、オレにはそれを言えなかった気がする。




「コーヒーです」


「すみません。いただきます」




 差し出されて、オレは湯気の立つカップを顔に近づけた。そして、中に入っているコーヒーを啜る。




「美味しいです」


「それはよかったです」




 なんとか苦手な世辞の言葉を頭から捻り出してオレは女性と対話をしていた。




「そういえば、弟さんが悪い組織に加入したらしいと言っていましたけど、その悪い組織の名前とか、何かなんでもいいので知っていたりしますか?」


「うーん……」




 女性は悩むような仕草をしてしばらく考え込む。申し訳ない気持ちはあるのだが、これは仕事であるのでオレは聞き出さなければならなかった。




「……ないですかね」




 オレは女性が一瞬表情を変え、言い淀んだのを見逃さなかった。




「……嘘ですね。何か、あったんですよね」




 オレは女性に迫るようにして訊いていた。




「教えてください。オレは傭兵団の一員です。傭兵団の仕事は領内の平和を保つこと。反乱分子がいるのであれば、オレらがぶっ潰してやります。でも、事前に情報を仕入れられなければオレらは駆けつけることができません」




 オレは内心、その組織に対して若干の怒りを覚えつつも、努めて平静を装い、女性からその組織の情報を引き出そうとした。




「……弟がその組織に加入したらしい、と言っていましたよね。実は最近、うちの家の前にこんな紙がばら蒔かれていたんです」




 そう言って、女性はその紙をオレに見せる。




「『手始めにこの集落を襲撃することにする』……」




 オレはその紙の内容を読み、紙の下の方まで細かく確認した。下の方にはご丁寧にこの紙を書いた人物の名前らしきものまで署名されていた。




「……弟さんの名前ですか?」




 オレはズケズケと相手の領域に踏み込んで言っていた。




「……ええ」




 女性は悲しそうな目をして頷いた。




「オレらがきっと……いえ、最悪オレひとりでもこの件に関してなんとかしてみせましょう」




 オレは女性を慮るように言っていた。




 ◇




 オレは宛がわれていたすべての民家に立ち寄ることを終えて、三人の集合場所へと戻った。そこには既にメイリーとビッケルのふたりが待ちくたびれたような顔をして待っていた。




「遅かったじゃないか。何か、収穫はあったか?」


「ああ」




 オレは短く返事をして頷いた。




「どんな情報だ?」


「あー……ええと……」




 オレは女性から聞いたこの話をふたりにするかどうか迷っていた。


 ……傭兵団というものは領内の平和を保つことが仕事。ということは、領内に住む民達を不安にする輩が発生してしまった場合、オレらはそいつらを成敗しなければならない、ということになる。

 成敗なんて言葉は軽いが、言ってしまえばオレらは不穏分子を狩る。つまり、命を摘み取る行為を行うということだ。

 そして、その不穏分子というものの中にはあの女性の弟さんが間違いなく存在している。

 メイリーとビッケルだけならまだ大丈夫そうなのだが、できればオレは命を奪って悪を滅殺するよりも領外へ追い出して二度と悪さができないようにする方が良い。だが、意見の相違というものはある。この話を聞いて、傭兵団のやつらが全員オレの意見に同意してくれるかどうかはわからない。




 さて、オレはどうしたものか――。




 あのひとりの女性のために、オレは傭兵団のやつらにこの話をせず、オレだけが駆けつけに行って騒動を解決すべきか。それとも、傭兵団のやつらにこのことを話して、領内の平和を保つことができる可能性が高い手段を選択するべきか。


 オレは熟考する。


 これは謂わば心理テストのようなものだ。悲しいことに、心理『テスト』ではないのだが。


『山を歩いていたらあなたは大きい岩石が転がってきていることを遠目で確認しました。岩石の進む方には分かれ道があり、片方には一人の人間がもう片方には三人の人間がいます。あなたは超能力的な力で岩石の進む方角をどちらかの道にコントロールすることができます。さて、あなたはどちらの道にいる人間を助けますか』というような問題と状況的には似ているような気がする。


 オレは考えに考えた末、記憶を失う前のオレならおそらくこうしただろう、という方を選んでいた。




「……近々、集落内を襲撃する、という紙がばら蒔かれていたそうだ」




 オレはかなりの間を空けて、傭兵団のやつらに話すという選択を取った。




「襲撃? それは本当か?」


「ああ。だから、しばらくの間はここの集落に見張りを置いたり、厳重に見回りを行ったりした方が良いだろうな」




 オレは表面上は冷静な様子で聞いた話をふたりに話していた。




「ええー。てことは忙しくなるってことかー」




 メイリーは怠そうにしながら言った。




「さすがにサボるなよ、メイリー」


「はいはい、わかっていますよ。うるさいなぁ、ビッケルは」




 また夫婦喧嘩を始めそうな勢いだったので、オレは仲裁に入ろうかと一瞬だけ考えた。が、面倒くさいだけなので、その考えは捨て置くことにした。




「そっちは何かあったか?」


「いや、特にないな」


「メイリーは?」


「こっちもないよー」


「じゃあ、あとは西の方を見回りして終わりだな。この領の西側は山になっているから、おそらく何も異変はないだろう」




 ビッケルはオレに説明をしながら歩き始める。オレとメイリーもそれを見て、歩き始めた。




「異常はないなぁ、うーん、異常はないであります」


「こらっ、終わらそうとするんじゃない。最後までちゃんと見回りするんだ」




 メイリーの発言に対し、ビッケルはまるでメイリーの保護者かのようにメイリーを咜りつける。


 このコンビ、よくここまで無事にやってこれたな。


 オレはふたりの様子を見ながら、またまた他人事そうに適当なことを思っていた。




「まあ、もうすぐ見回りは終わるそうだし、我慢すればいいのではないか」


「えー! アルズくんは……アルズくんだけは味方だと思っていたのに……。ビッケルの肩を持つのね……。酷い! 裏切り者!」


「オレはいつからお前の味方になったんだ……」




 困惑した顔でため息混じりにオレは言った。




「じゃあ、誰の味方なの?」




 メイリーはきょとんとした顔でオレに訊く。




「誰の味方でもない」




 オレは面倒くさそうな目をして答えてやった。




「えぇ……」


「誰かの味方をするということは、そこに私情が入るということだからな。客観的な目で物事を見れなくなってしまう。だから、オレはそういうのはあまり好かん」




 オレはきっぱりと言っていた。




「真面目だなー。もしかして、アルズくんって堅物なの?」


「さあな。オレにはオレのことがさっぱりとわからないのだから」




 オレはメイリーの疑問に対し、淡々と答えていた。




「おい、悪口を言うなよ」


「べっつにー悪口のつもりじゃないんですけどぉー」




 ビッケルに言われて、メイリーは舌を出してビッケルに『あっかんべー』のポーズを取っていた。




 ◇




 オレらは無事に見回りをすべて終え、帰路に着いた。


 そして、オレらが宿舎に丁度戻ったとき、何処かから見知った叫び声が響いていた。




「……た、た、助けて! 誰か……! 誰か……! 誰かいないの……!?」




 ……それはアイリアの叫び声だった。


 なんだ!? いったい、何があった!?


 オレは焦った気持ちを抑え、腰に剣を提げていたことをしっかりと確認すると、まだ近くにいたメイリーやビッケルとともに大慌てで声のする方へとすっ飛んでいった。

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