7.大男
「……おっと、時間的に次が最後かな。あとは追々見学していってくれ」
「わかった」
ライドに言われてオレはコクリと頷く。
「最後は、スケジュール的にループスはもういないかもしれないし、メイリーはビッケルにお説教タイムされているかもしれないから……タイディーのところに行こうか」
「ああ、あのデカブツのところな」
オレは考える仕草をしながら言葉を返す。
タイディーとかいうやつは、化け物じみた巨体だったはず。あいつの腕はおそらく参考にする価値があるだろう。
「ちなみにタイディーは何使いだ?」
「彼は斧だな。お前のイメージ通りだろう?」
「ああ、そうだな。あの巨体だものな。一目見ただけで腕力がヤバそうだったし。その巨躯を支える脚の筋肉の付き方も異常なほどだった」
オレは分析をするかのように言った。
「斧は……さすがにアイリアには向かないと思うぞ?」
オレはアイリアを見て言った。
「ええ、それくらいはわかっているわよ」
アイリアはオレのことを見つめ返して言った。
「領主様に怪我でもさせたら、大変な事態になってしまうだろうし、見学程度にしておいてくれ」
「だから、わかっているって。……あと、あなた、領主のことをお姫様か何かと勘違いしていないかしら?」
「立場的にも境遇的にもオレはアイリアのことをお姫様のようなものだと思っているが」
オレはきょとんとした顔で返した。
「私はべつにお姫様でも、女王様でも、なんでもないわよ」
「おい、そんなムスッとすんなって」
「ムスッとしていない」
強気な口調で言われるので、オレもそれ以上は言わないことにした。
「……それにしても、広いな。アイリア。お前、使用人とか雇わないのか?」
「……使用人? 何故、雇う必要があるの?」
「えっ、いや、だって、大変だろう……? 手入れとか手入れとか手入れとか……」
「手入れは傭兵団の人に任せているし……私のことは私ひとりでやれるし、べつに……」
「そうか」
オレは短く言葉を返した。
「……あっ。もしかして、あなたが使用人になってくれるの?」
アイリアが目をパァッと輝かせて明るい顔で言ってきた。
「いや、やらんけど。……オレ、今、傭兵なわけだし」
「そう。残念ね」
本当に残念そうな表情でアイリアは言った。
「……あと、めちゃくちゃこきとか使われそうだしな」
「……~ッ! あなた、ホントに一言余計!」
「ああ、悪い悪い。つい、からかってみたくなったんだ」
「ウウウウウッ! ガウッガウッ!」
アイリアは狼のポーズをしてオレに向かって吠えた。そろそろひっぱたかれそうだから、からかうのはやめておこう。
「驚いたなあ」
「ん、何がだ?」
「お前、まさかお嬢さんとそんなに仲良くなれるなんて……」
「この、今にも噛みつかれそうな状況を見て、そう思えるか……?」
オレは驚いた顔をしているライドに対抗するかのように、驚いた顔をして言葉を返していた。
「……お前とアイリアは親しくないのか?」
「ハハッ。どうだろうな」
気まずそうな顔をしてライドが言うので、なるほど、これはなかなか闇があると見て良さそうだ。
「おい、オレの後ろに隠れるな」
アイリアがライドを避けるようにしてオレの後ろに下がり、オレの片腕をしっかりと両手で掴んでライドのことを見ていた。
「そういや、お前、たまに傭兵団の様子を見に来ていたんじゃなかったのか?」
「……あれはただの監視よ」
ボソボソとギリギリオレには聞こえるくらいの声でアイリアは呟いた。
「そうか。そりゃ、ご苦労なこった」
オレもひそひそ話をするかのように小声で返してやった。
「さあ、そうこう話していたら着いたよ。ここが斧の鍛練場さ」
ライドがそう言って止まったところは……森だった。
そういや、魔道の研究所を出てから屋外をずっと歩いていたもんな。
オレはそんなことを思って独りでに納得をする。
「あれ? ライドと新入りとそれから領主様じゃないか。どうしたんだー?」
タイディーはニコニコしながらのっそのそとこちらに向かって歩いてきた。
「見学と実際に斧を試してみたいそうなんだが、今、平気か?」
「おう、全然平気」
タイディーはやはりニコニコとした顔で言った。
「じゃあ、ちょっと見ていてな。……どっ、せーのっ!」
ズドン!
タイディーが斧を振り上げて木の根元に当てると、木はまるでドミノを倒すかのようにいとも容易く倒れ、強い衝撃がこちらにまで伝わってきて、地響きも起こっていた。
こりゃ、スゴいパワーだな。
そう、オレは感心したように思った。
「お前も斧を振るってみるかい?」
タイディーに言われて、オレは斧を渡される。
「斧を振り下ろす所作とか知らないのだが……」
「気合いでなんとかなるさ! 頑張れ!」
オレはタイディーに雑にそう言われて、さてどうしたものかと思案しながら斧を握ってみる。ああ、結構な重さがあるな。斧を振る感じって、大木で大木を殴り倒しているような感じなんだろうな。
オレは斧についての感想を心の中で述べていた。
「じゃあ、いくぞ?」
「おう」
「……あ、待て」
「……うん? どうしたんだ?」
「こんなにむやみやたらに木を伐り倒してしまって、いいのか?」
オレは当然の疑問をタイディーにぶつけた。
「アルゴリーのやつが悪戯で勝手に木に魔法を掛けて、すーぐにょきにょきと再生するようになっちまったんだよ。だから、伐らないと、いずれ屋敷の中にまで森に侵食されてきてしまう」
タイディーが愚痴をぶつけるように言った。
「ああ、それでここが斧の鍛練場になっているわけか」
オレは納得がいったかのような顔をして森の方を見た。
「まあ、それならば、いいや。遠慮なく伐り倒させて貰おう」
オレは全神経を腕に集中させて再び斧を握り締めた。
「……ふぅ」
空気を勢いよく吐いて新鮮な空気を吸い、それを肺腑に染み渡らせていく。全身の力は一度抜いた。心は乱れていない。雑念はない。
……よし。今だ。
オレは斧の柄に強い力を掛けて、身体いっぱいにしてその斧の刃の部分に勢いをつけていく。
「……はあああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!」
オレは斧を思いっきり振り下ろし、目の前の大木にすべての力という力を集中させた。
そして、それは鈍い音が響き渡るのと同時に、ゆっくりとオレの目先の方へと崩れるように地に倒れ落ちていた。
「す、すごい衝撃だ……た、立っていられない」
後ろを振り返るとライドとアイリアは地面にしゃがみこんでその強い衝撃に堪えていた。
それを安心するように見たオレは斧の方へと振り返り、そしてここで漸く異変に気づく。
……ん? 斧の柄が、ない……!?
オレは倒れた大木の横に斧の刃らしきものが転がっているのは確認できたのだが、本来それを支えるように付いているハズの斧の柄がその刃の根元には付いておらず、それの存在を確認することができない。
……おかしい。何処に行った?
「し、下……」
「下……?」
オレの横にいつの間にか移動していたアイリアが、脅えるような顔でオレの真下を指差す。そこには、バラバラに砕けちった斧の柄の残骸が散らばっていた。
「す、すげえパワーだな! お前! オイラ、びっくりしちまったぞ! オイラより力のあるやつに遭遇したのは、初めてだ!」
タイディーは驚愕した表情で言った。
「お前、斧使いになれ!」
タイディーにそう言われるのだが、オレは渋い顔をしてその誘いを遠回しに断る。
「ど、どうしてだ?」
「この残骸を見てみろ。いちいち振り下ろしていく度に壊してしまうような武器を扱うのでは、それは傭兵としては役に立たん。いざというときに人を守ることはできねえ。それに、オレが斧を振り下ろすと刃の部分と柄の部分が分離してしまうわけだ。これじゃあ、オレには危なくて使いものにならん。……まあ、オレはともかくとして、今ひょこひょことオレの後ろにくっついてきているこいつとかと一緒にいる状況だったら、まず扱ってはいけねえな」
オレは言い終えて、親指でアイリアのことを示した。
「そ、そうかー」
タイディーは未だに驚いたような様子でオレのことを見ていた。
「その身体でどうやってそんな力を出せるんだ?」
「そんな意外でもないだろ。オレはガタイは良い方だし、背丈も長身の部類だと思う。身体のデカさに関してはお前が異常なだけだ」
オレは言い終えて「あれ、この言い方は少し失礼じゃないか?」と微妙な罪悪感を覚える。
「お前は記憶を失う前、とても力のいる仕事をしていたみてぇだな」
「そうなのだろうか」
「いや、そうでなければ普通、こんな力は出せないだろう?」
タイディーはオレのことを観察するようにしてジロジロとオレのことを見た。
「それについては俺も同意見だな」
ライドがタイディーの意見に対して同意していた。
「……まあ、この様子から考えると、オレに弓は確実に無理だろうな。あれは繊細に扱わなければ、まず、武器として扱うことですら難しいだろう」
オレは散らばった破片を黙々と片付けながら言う。
「すまなかったな、タイディー。お前の斧を壊してしまった。あとで弁償させてくれ」
オレはタイディーにひとつ詫びを入れる。
「いや、気持ちだけ受け取っておくよ。あの斧はそんなに高価なやつじゃないし、簡単に手に入る」
タイディーは相変わらずの低くて重圧感のある声でオレの償いをやんわりと断った。
「一先ず、これで終わりだな。アルズ、お疲れさん」
「どうも」
「どれが一番しっくりきた?」
「今のところどれも……」
「そうか」
オレらはそんな短い会話のやり取りをして、宿舎の方へと戻っていく。
「またな、アイリア」
「ええ、また遊びに行くわ」
オレはアイリアと分かれて、自分の部屋へとゆっくり戻っていった。