6.魔術師
オレは魔法を鍛練する場所に移り、魔道の書を持つ。
「なあ、こんな感じでいいのか?」
「ええ、そうですね。じゃあ、実際に魔法を詠唱してください」
「詠唱か……」
アルゴリーに言われ詠唱しようとするが……そもそも詠唱の仕方を知らんのだが。
「おい、オレは詠唱の仕方など知らないぞ」
「あー、すみません。キミの間抜け面があまりにも面白くて、わざと教えていませんでした」
「なかなか、お前は皮肉を込めて嫌味を言ってくるなぁ」
オレはため息混じりに呟いた。
「それで、詠唱はどうやってやるんだ?」
「ああ、えっと。こちらの方に基本となる魔法の詠唱呪文を書いた紙があるので、こちらを参考にしてください」
「そりゃ、親切にどうも」
オレはアルゴリーに渡された紙を読み始める。
「ダメだ。何書いてあるのか全然わからねえぞ」
「えっ、それはただの文字ですよ。特殊な魔法が掛けられた文字でも特殊な技法を用いた文字でもないですし、読めるハズ……」
アルゴリーはオレのことを不思議に思いながら紙を見た。
「ダメですか?」
「ああ。オレは記憶を失う前、学がなかったのかもしれねえな」
オレはそう言って頭を搔いた。
「…………」
「……なあ、アルゴリー」
「なんです?」
「この隣の女も……シャイリーって言ったっけか? こいつも魔法を使うのか?」
「ええ。まあ、ボクの魔法とは系統が違いますけどね。彼女は闇魔法専門ですから」
「そうか」
オレはシャイリーの方から意識的に顔を反らしてやって、アルゴリーの話に相槌を打った。
「ところで……アイリア。なんでお前まで魔術書? を持ってんだ?」
「一緒に教わろうと思って……」
「珍しいですね。アイリア様がこちらに顔をお見せになるなんて」
アルゴリーが間髪入れずに言った。
「そうかしら」
アイリアが惚けたような口調で返していた。
「まあ、とりあえず詠唱してみてください」
「うーん……? 読めなきゃ詠唱できねえんだがなぁ……」
オレは首を傾げながら言った。
それにしても読めないのは何故だろうか。学がないとは言っても、多少なら読めそうなものではあるのだが。
……もしかしたら、オレが育った地域とはまったく違う、遠い遠いところで倒れてしまっていたのかもしれない。そうだとするならばオレは……元々、亡命者か何かだったのであろうか。
……とにかく、オレの故郷はおそらくここではなさそうだ、ということだけはわかる。
「ええと、光る光る大地より出でし……」
「なんか、面倒くさそうだな。アイリア。まあ、こんなんでも実は出るんじゃねえか。魔法よ出ろ!」
そう叫んでオレは手を前に突き出していたら、次の瞬間、オレの手からは雷のような何かが世界という空間を切り裂くかのように凄まじいエネルギーを発して飛び出していた。
……あ? なんだ、これは。こんなもん誰かに当たったら、危ねえじゃねえか。
「……驚きました。まさか、きみ、無詠唱でこんな凄まじい威力の魔法を打てるとは……」
アルゴリーは腰を落とし、まるであり得ないものでも見るかのような目で、オレの魔法で焼け焦げてしまった壁を見つめていた。
「オレも驚きだよ。元々、オレは魔法の才能があったのか?」
オレも困惑した顔でその壁を見つめていた。
「こんな、如何にも肉体派な見た目をしていて元魔術師とは、オレは到底思えないのだが」
オレは魔道の書を一回パタリと閉じて、チラリと横を見る。
「怪我はねえか、アイリア」
「ええ、平気よ。それにしてもあなた、魔法もできる口なのね」
「いや、こっちに関してはオレも信じられないくらいなのだが……」
オレは否定でもするかのように言う。
「よーし、アルズ。お前、魔術師になれ!」
オレの背後からライドの声がした。
「あれ、お前いつの間に戻っていたのか。さっき、呼ばれたとかなんとか言ってなかったか」
「ああ、メイリーを送り返して来たんだ。ビッケルが『またサボったのか……』って顔していたな」
ライドはコロコロと表情を変えて言った。
「ところで、今『魔術師になれ!』とか言ったか?」
「ああ」
「これはさすがにオレに扱えるかも不明だしやめとく」
「何故だ!」
「いや、何故も何もないが」
「くぅ……お前がこのまま剣士になると言うのであれば……俺と役割が被ってしまう!」
「まあ、いいじゃねえか」
ライドは地面に突っ伏して、ドンドンと地を拳で叩いた。こいつ、やっぱり変なとこあるよな。
「なあ、お前。闇魔法はどうだ? どんな感じなんだ?」
「…………」
オレはシャイリーとかいう女にも話し掛けてみたりはしたのだが、やはりこの女、返答はないようだった。
コミュニケーション取らないで、傭兵なんてやっていけるものなのだろうか……。それは甚だ疑問である。
「考え直さないか、アルズ。ほら、魔法はいいぞ~」
「おいおい、やらんって。それに、剣使いという点ではお前はリエンと既に役割被ってないか? だから、気にする必要はないだろ」
「ちがーう! ちがちがちがーう! フォローの仕方がなってないぞー! アルズ!」
「ええ、面倒くさい」
オレは嫌々しそうに言ってみた。
まあ、べつに嫌々しく言う必要もないし、そういう心証でも特にはなかったのだが、あえて言ってみた。ノーと言える人間でなければ、後々面倒事に巻き込まれたときに、自分が大変な目に遭うパターンというものを回避できないからだ。
「それにアレだ。オレが魔術師になったら、今度はアルゴリーやシャイリーと役割が被ってしまうだろ。ダメじゃないか」
「……む、それもそうだな」
オレに言われて、ライドは素直に頷いた。しっかりしてくれ、団長さん。
「それなら、お嬢さんが決めてくれませんか!?」
「え、私が?」
「おい、巻き込むなって。それと、オレの意思は尊重してくれ」
オレはまたため息を吐いて言った。
「魔法がダメなら……ううん……」
「いや、そんな考え込まなくていいぞ? ライドの言葉なんか無視していい」
「えー……」
ライドが「あちゃーそう来たかー」みたいな顔をした。いや、なんだその顔は。お前、もしや、オレ以外の下っ端にも実は呆れられているのでは。
「……あ、退いて」
「えっ」
聞いたこともない声が聞こえてきて、そちらの方を向くと、真っ黒に染まった何かがオレ目掛けて飛んでくる。
……次から次へといったいなんなんだよ。
オレは一応次の鍛練のために持っていた槍を構えて、それを叩っ切る。……どうやら、物理的に切れるもののようだ。
「これが闇魔法ですよ」
先程まで打ちひしがれていたかのような状態のまま突っ立っていたアルゴリーが、急に元気を取り戻したかのように正気になって、オレが切ったものの名前を説明した。
「ああ、シャイリーか……」
オレはシャイリーの方を見た。先程の可愛らしい声は、どうやらシャイリーが発生源のようだ。
「なんだ? 暴発でもしたのか?」
「…………」
「ああ、答えてくれないのな……」
オレは嫌われているのだろうか。
「…………」
「…………」
「あなた、何しているの……」
「いや、真似してみたらこいつの気持ちがわかるかと思って」
「変な人ね」
「それはオレは自覚しているが……まあ、こんなんでわかるわけねえか」
オレはあっさりとした口調で言った。
それと、アイリア。そのセリフは是非、ライドにも言ってほしい。
「ちなみに、アルゴリー。普通の魔法と闇魔法っていうのは、何が違うんだ?」
「ああ、それでしたら、普通の魔法は食らったら物理的に苦しんで死にますけど、闇魔法は食らったら精神的に苦しんで死にます。つまり、簡単に言いますと、物理的苦痛を伴うか、精神的苦痛を伴うか、という違いがあります。人はどっちの魔法を食らう方がいいのか。……どっちの魔法を受けてもがき苦しんで死ぬのがいいのか。フフフ。興味が湧いてきませんか?」
「いや、興味なんざ湧いてこないが」
オレは即否定をした。
「またまた、ご冗談を」
「いや、冗談ではないのだが」
「…………」
なるほど。魔術師というものはどいつもこいつもちょっと頭がイカれたやつらがなるもんなんだな。
オレは何かわかったかのような顔をしてしみじみとした気持ちで謎に頷いてみせた。
「ねえ、アルズ」
「なんだ?」
「私はどっちの魔法が似合うと思う?」
「いや、知らんけど」
アイリアに訊かれて、オレは如何にも面倒くさそうに答えた。
「闇魔法の方が似合う?」
「知らん」
「それとも、普通の魔法の方が似合うかしら?」
「知らん」
オレは無愛想に言った。
「あなたはどっちがいい?」
「オレはどうでもいい」
「……答えになっていないじゃない」
オレの返答を受けて、アイリアはムスッとした顔で言った。
「じゃあ、どっちも似合う」
「『じゃあ』」
「……どっちも似合う」
どうやらオレは、出会ってたった一日で懐かれたらしい。まあ、悪い気はしないからいいか。
「それじゃあ、私、魔術師になる」
「ボンボン家系? の、お嬢ちゃんがなっていいものなのか?」
「べつに制限みたいなのはないでしょ」
アイリアに即返答される。
「……何故、魔術師になりたいんだ?」
「えっ、それは、その、ええと……う、うるさい」
「えぇ……」
アイリアに頬を赤らめながら怒られたので、オレはどういった反応をしたらいいものか、困ってしまっていた。
「さすがに素質みたいなものは必要なんじゃないか?」
「そうね。えっと、アルゴリーだっけ? と、アルズ。ちょっと見ていなさいよ」
「アルゴリー、お前、名前覚えられてもらって良かったな」
オレはそんなことを言いながら、アイリアを見守った。
「ええと、魔法よ出ろ! ……アレ?」
アイリアは当惑した顔で何も起こることのなかった目の前を見た。
「まあ、普通はこんなもんなんじゃないか。アルゴリーもオレが無詠唱で魔法が出せたこと自体に驚いていたしな」
「むむむ……」
アイリアは悔しそうな声で唸った。
オレらはその後しばらく、アイリアが諦めてやめるまで見守りながら、いろいろと話に花を咲かせていた。