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5.鍛練

 翌日。




「じゃあ、まず剣から試そうか」


「ああ」




 ライドに言われて、オレは鍛練用の木剣を構える。感覚としちゃあ、木の棒を持っているのとほぼ同じだ。




「貴様をボコボコにして身体で経験を積んでもらおうか」




 攻撃的なトーンでリエンはオレに言う。




「頑張れ~」


「おい、待て。メイリー。お前、サボるな。いつもサボっているだろう」


「えー、リエンうるさいー。あーあー聞こえないー聞こえないー」




 メイリーは自分の手で耳を塞いで、煩わしそうにリエンのことを見た。


 どうでもいいけど、ちゃっちゃと始めようぜ。




「……はあ。疲れるやつだ。まあ、いい。始めるぞ、新入り」


「ああ。手合わせ頼む……と言いたいところなんだが……」




 オレはチラリと横目で観客席の方を見た。




「どうした?」


「いや、支障はそんなにないんだが……何故、今日もアイリアがいるんだ」




 オレはアイリアの方を向き、ため息を吐いた。




「そんなもの、ぼくに訊かれても困るが」


「そうだよな。悪い」




 アイリアが小さく手を振っていたので、仕方がないから振り返してやった。隅っこの方で丸くなりながらいるもんだから、なんだかあいつが小動物か何かのように見えた。




「貴様……さては、余裕だな? 油断していると痛い目見るぞ」


「ご忠告どうも」




 オレは木剣を握り締め、集中し始めた。




「いくぞ」




 リエンのその合図とともに、オレらの木剣と木剣のぶつけ合いが始まる。お互いの木剣がぶつかってしなり、鈍い音が辺りに響く。




「ほう、貴様、やるじゃないか」




 つばぜり合いになりながら、オレらは木剣越しに睨み合う。




「貴様如きに本気を出してやろう」




 最初から本気を出せ。という、ツッコミは野暮なのかもしれない。




「はあ……っ!」




 ヤツの雄叫びとともに木剣はさらに軋んでいき、今にも折れそうな心臓に悪い音を奏でている。


 ……なるほど。




「どうした。受けきるのが精一杯か?」




 リエンはニヤッと笑いながら、オレのことを煽る。


 ……が、オレはその誘いには乗らない。


 何故かって? 怪我をさせてしまったら元も子もないからだ。

 戦力不足だとライドが嘆いていたのに、負傷者を出させてオレが戦力を削らせてしまうのは申し訳ないじゃないか。




 だから、オレは少しでいい。少しの力で受け止めてやればそれで充分だ。




 これは戦ではない。命の奪い合いをするわけではない。ただの鍛練だ。たかが鍛練で力を使って意味もなく相手をぶちのめしてしまったら、オレは欠陥のある人間ということになってしまう。それだけは避けなければ。


 それをしてしまったら、オレがオレではいられなくなってしまう――。




「キツいか? 限界か? その腐った性根、叩きのめしてやるよ」


「……ある意味キツいかもな」




 オレは嫌なものでも思い出したかのように言った。


 オレは弱い。オレは悉く味方をダメにしてしまった。……そんな、過去があったような気がして。




「アルズ、お前、受けてばかりでまったく攻めないな? どうしたんだ?」




 ライドが横からオレを気にするように言った。




「……本気を出したくないんだ」


「あ? 本気を出したくない……だと? つまり、貴様は全力を出さず、腑抜けた顔をしながら、ぼくと相対している、と? 貴様、何処までぼくを侮辱する気だ!」




 リエンは激昂した。激昂するのは無理もない話だ。




「くそっ……!」




 ヤツは木剣をむやみやたらに振り回して、オレの木剣に当てていく。




「一方的な暴力になってしまう。ダメだ。記憶が微妙に戻ったのか知らんが、ダメとオレの身体は言ってやがる」




 言っていて、オレはリエンに対して侮辱感を与えているのもわかっているし、態度として最悪なことも理解している。相手からすれば自分の力を否定され、さらにあろうことか敵に心配されている、ということになってしまう。おまけに自分のことを見くびっているのだ、という印象も与えてしまっている。


 だが、オレはその方がマシだと考える。体格差もオレの方が勝っているし、何より力も勝っていることはもうわかってしまっている。味方をボコボコにする意味はない。




「リエン、だっけか」


「……なんだ」


「少し、お前に見せたいものがある」


「見せたいもの?」




 オレらはぶつけ合っていた木剣を一回引いて、戦闘態勢を解除する。




「見とけ」




 オレはそう言って、木剣を『普通に』握った。




 ……ボキッ!




 そんな音が辺りに鳴り響くとともに、木剣はバラバラの木粉となってオレの手元からパラパラと舞い落ちた。




「握っただけでこれだ。まず、木剣では話にならん。真剣ではないとダメだ」




 オレは残念そうにため息を吐く。




「だが、真剣では良くても致命傷を負わせてしまうだろうな。だから、本気を出せん」




 オレはそう言って、またため息を吐いた。




「貴様……ぼくを舐めているのか……?」


「お前、オレの話聞いていたのか? オレが全力を出してしまったら、お前は死ぬかもしれない。さっきの加減でもうそれはだいたい把握することができた。傭兵団の同士の命をオレが摘み取る理由はない。オレにとってはデメリットしかないだろう。だから、やめだ。手合わせ等による鍛練はオレにはできん」




 オレは淡々と答えてやった。




「ライド、他の鍛練方法や他の武器を紹介してくれ」


「あ、ああ……」




 ライドは驚いたような困ったようななんとも言えない顔をしながら、数秒置いてオレの言葉に頷いた。




「アルズ。あなた強いのね」




 いつの間にかオレの近くまで駆け寄ってきていたアイリアがそんなことを言った。




「おそらく、タイディーよりも力があるだろうな~」


「タイディー? ああ、あのデカブツか」




 ライドに言われて、オレはタイディーのことを思い出す。


 ああ、そういや、あいつは見た目は屈強そうだったな。あいつなら、堪えられるかね?


 ……いや、でも結局真剣だ。いくら鍛えて身体を仕上げているとしても、鉄の塊と筋肉ならさすがに鉄の塊が勝つだろう。肉という肉がズタズタに切り裂かれて、ヤツが血だらけになっている姿は容易に想像できてしまう。やっぱり、ダメだ。




「じゃあ、次は魔法にしよう」


「いや、オレは魔法はたぶん無理だって言ったような気がするんだが……」


「まあ、試してみないとわからないじゃない?」


「そうよ。試してみなさい」




 ライドに続いて、アイリアが優しい口調で言った。




「ぼくはとりあえず、仕方がないから孤児院に行ってくる」


「ああ、リエン。行ってらっしゃい」




 ライドはニコニコと微笑んでリエンに手を振った。




「……孤児院?」


「あー……リエンは小さい頃に親を亡くしてね。妹さんとふたりきりになってしまったんだ。それで、孤児院の世話になった。親が亡くなったのはね、自分に力がないからだと考えたらしくてね。それで、ある日、うちに志願してきたのさ。妹さんと孤児院の子ども達の平和を自分の手で守って楽させてやるためにね」


「言葉に困る」


「ええと……ごめん。ペラペラと話したのもあれだし、この話題を話したのも悪かった。……まあ、そういうわけで、彼はいつも必死になってやってきているんだよ。で、稼いだお金をたまに孤児院に仕送りに行っている。……この話はこれで終わろうか」




 ライドはまたニコニコと微笑んでオレの方を見た。




「オレはあいつに対して……最低なことをやってしまったのかもしれないな」




 オレは罪悪感を覚えながら、後悔を口の中で呟いた。




「それにしても、キミ、すっごい力があるんだね~」




 ニコニコ顔のメイリーがオレの顔を見て、ツンツンとオレの頬を突っついてきた。




「そういや、サボるなとあいつが言っていたけど、お前、サボっていて大丈夫なのか?」


「へ? もちろん、ダメだけど?」


「ダメなんじゃないか……」


「まあまあ、細かいことはいいじゃない。人生は楽しんだもの勝ちよ~」




 おちゃらけたような顔でメイリーは言う。




「ね? アイリアお嬢ちゃんもそう思うでしょ?」


「え、私?」




 驚いたような顔でアイリアはメイリーの顔を見つめた。




「おいおい、巻き込むな巻き込むな」


「巻き込んだ方がいい感じ!」




 ……よくわからんが、どうやらこいつはなかなかにクセのあるやつのようだった。




「ライドはサボりに言及しないのか?」


「うーん……俺は放任主義だから、まあ、いいかな、って」


「お前、本当に団長か?」




 オレは疑るような目でライドのことを見た。




「ちなみに、団長ってどうやって決めたんだ?」


「えっ? 決め方かい? そりゃあ……やる気とあと投票かな?」


「ちなみにアルズくん、アルズくん。立候補者はたったの三人しかいなかったのよ」


「おまけに今より団の人数も少ないからな。なんか気づいたらなっていた」


「それ、一番ダメなやつなのでは……」




 オレはジトーッとライドのことを見た。真似するようにしてアイリアも同じくジトーッとライドのことを見ていた。




「まあ、根気だよ。根気。あと、やる気。それがあればみんなわかってくれるものさ。お前だって、きっといつかおそらくわかる……ハズ!」


「スマン、これ今何の話をしているんだ」




 オレは冷めた声で答えた。




「話しぶり的に、メイリーはこの団の古参なのか?」


「ええ、そうよ。創設以来、私はずっとライドの保護者役ね」




 フフン、と得意気な顔をしてメイリーは笑った。


 おい、保護者。お前が保護者役なのであれば、しっかりとライドを操ってやって団をちゃんと纏めろ。


 そうは思うオレではあったのだが、保護者役がちゃんと機能していなかったおかげでオレは今無事に入団し、食い扶持を賄えそうにあるわけなので、文句はそこまで言えないな、とも思った。




「古参は私とライドと……それからビッケルの三人かな。あとは途中加入」




 メイリーは指を折り曲げて数えながらオレに話してくれた。




「ビッケルはしっかりしてそうなやつだからともかく、古参のうちのふたりがこんなんで大丈夫なのだろうか」


「む、アルズくん。私のことを侮っていますね? ふふん。ちっちっちっ。甘いよ、甘い。私がどれだけしっかりしているか知らないってことが甘いよ。甘々よ」


「現にお前はサボっているじゃないか」


「あたーっ! そ、そこを突かれると弱りますなぁ……」




 メイリーは焦り顔で言う。




「大丈夫か、この女……」




 オレはまたしてもため息を吐いてしまっていた。

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